【参考情報】安全は徐々にないがしろにされる性質がある(?)

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日本貨物航空が所有航空機の整備を怠っていた事案

日常生活ではあまり耳にしない会社かもしれませんが、「日本貨物航空」という空運会社があります。日本郵船の傘下ではあるものの、大手海運会社とANAが共同出資して設立された国際空運会社です。

この日本貨物航空という会社が最近国土交通大臣から受けた業務改善命令に対し、「改善措置」を提出しました。国土交通大臣からの業務改善命令という厳しい措置に対し、自社の業務実態を調査した上で問題を洗い出し、その対策をまとめたものです。

 

なぜ、日本貨物航空は国土交通省から業務改善命令を受けたのでしょうか?

それは、所有する航空機(ボーイング747)11機の整備について安全上必要な対応を取らなかったり、整備記録を改ざんしたり、という対応を繰り返していたためです。中には2017年1月にはシカゴ空港から離陸する際、機体に鳥が衝突し、損傷していたのですが、マニュアルに定められた整備作業を行わず、軽微な補修で済ませていたという事例も含まれていました。

 

実は日本貨物航空は2016年10月にも国土交通省からエンジンボルトの不適切な整備作業について厳重注意を受けています。同注意に対し、日本貨物航空は「再発防止に全力を尽くす」としていました。今回業務改善命令、というより強い措置、また日本を拠点とする航空会社としては初めて、所有する航空機が毎年国の検査を受けなければないという「連続式耐空証明取り消し」措置に至ったのは、前回の厳重注意直後から組織的に不正を繰り返していたことが背景にあったと思われます。

 

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日本貨物航空による原因分析

それでは、国土交通省に提出した改善措置のうち、公表されている内容、特になぜ、業務改善命令に至ったのか、を分析した部分に注目してみましょう。赤字部分は日本貨物航空のHPに掲載されている発表内容をそのままコピーしたものです。

 

(1) 整備部門の背景要因に対する対策不足
2007年7月の自社整備体制確立後、ボーイング747-400Fを運航していたが、2012年よりボーイング747-8Fを順次導入したため、1機種に比べ整備業務量が増加した。また機数についても、2011年度に比べ2016年度は約1.6倍の機数を運航していたにもかかわらず、整備部門の人員数は、微増にとどまっていた。結果として、運航規模に比べ整備部門の人員数が徐々に不足していった。

⇒簡単に言えば、業務量が増えているにも関わらず、安全対策に直結する整備部門の人数が増えず、整備業務が追い付かなくなっていた、ということですね。

 

(2) 整備現業部門へのサポート不足
このような業務量増加のため、整備部門のマネジメント層・スタッフ部門が整備現業部門を組織的に十分サポートできなくなり、整備現業部門からの信頼低下、独自判断・解釈を行う環境が醸成された。そのような中、経験・知識を有する者の権威が高まり、経験者への意見が言えない組織風土が生まれ、その結果として整備記録の改ざん、隠ぺいにつながった。

⇒簡単に言えば、整備部門の経験が長い人が、権限を持ちすぎ、本来あるべき整備方法を属人的な理由でないがしろにしていたケースが生じていた、ということですね。

 

(3) 不十分な厳重注意の対策
2016年10月に国土交通省から厳重注意を受けた事例の対策が効果的に機能しなかった原因は、問題発生の背景把握もふまえた対策が適切に行われなかったことが挙げられる。特に役職員の安全意識とコンプライアンス意識の徹底について、知識付与にとどまりそれを個々の実行動として定着させるための施策がなされなかったこと、また厳重注意に至った事象について個人が特定されることを過度に恐れたことから具体的な事例共有が全社で行われず、全社員への情報共有、意見聴収が行われなかったことが考えられる。

⇒簡単に言えば、前回の国土交通省からの厳重注意を受けたにも関わらず、「再発防止に全力を」尽くしていなかった、ということですね。

 

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急成長期に、徐々にないがしろにされる性質があるもの

 

こうしてみていくと、日本貨物航空の安全軽視体質が浮き彫りになるのですが、こうした現象は果たして日本貨物航空だけの問題でしょうか?他の日本企業でも、安全をないがしろにする傾向は発生していないでしょうか?

 

例えば、2005年4月25日に発生したJR西日本の福知山線脱線事故。当時脱線した列車が線路沿いのマンションに激突し、ぐちゃぐちゃになった状態が空撮されて何度も放送されていたことを思い出します。

この事件は乗客の安全よりも「定時運行」を優先するJR西日本の社内風土の中、遅延が何度か発生していた運転手へ過剰なプレッシャーが発生し、なんとしてでも列車の遅れを取り戻そうとしてスピードを出しすぎたことが原因とされています。

 

例えば、不二家赤福、船場吉兆といった名門企業が本来守られているべき原料や製品の賞味期限ルールを無視して、製品の出荷を継続していた問題。

これらの事件は大きな健康被害は出ていませんが、消費者の安全を脅かしかねない行為であることは間違いありません。「利益」や「効率」を優先するがゆえに、消費者の健康(安全)が置き去りになってしまった事件です。

 

直接的な人体への被害は発生していませんが記憶に新しいコインチェックのNEM流出事件も「成長(口座数増加)」を優先し、顧客の仮想通貨保護よりCMや営業費用への投資を優先したという意味では安全をないがしろにした事件と言えるかもしれません。

 

 

このように、複数の企業で、目の前の急成長や利益が見え隠れすると、本来あるべき安全対策が高じられなくなる傾向が観察されています。それもそのはず、安全は目に見えないものです。お金や時間というリソースを投入しても「何も起こらない」が成果物ですので、投資が意味があったのかどうか、も判断しづらいのです。

ただ、上に挙げた事件でいずれも各企業は相当な代償を払っています。安全対策を少しばかり手を抜いたからといって、すぐに副作用が出るとは限りません。が、ひとたび安全に綻びが出始めると、その負の影響は壊滅的なものになってもおかしくありません。

 

安全は目に見えない、だからこそ、特に企業の急成長期にはないがしろにされる傾向があるのです。なぜか?と問われると合理的な因果関係を説明できません。ただ、電位と電流の「オームの法則」がそうであるように、経験則としてそういった法則が成り立つとすると納得がいくことも多いようです。

 

安全対策に関わる人間として、安全は時と場合によって軽視される傾向にある、という性質を頭に入れておかなければならないでしょう。粘り強く(しつこく)安全対策を訴え続ける必要があるのも、やはり安全というものの性質に理由がありそうですね。