日本企業のグローバル化に欠けている日本人安全管理人材というピース
日本企業が海外展開を進める上で、貿易実務や為替管理といった金銭面、そして日本とは異なるノウハウが必要な海外向けマーケティングと同じくらい重要なのが安全対策です。テロや反政府デモ、治安悪化などのリスクを軽視すれば、人的被害だけでなく投資凍結、企業レピュテーションの棄損、株価下落といった長期的な負の影響を招きます。これまで多くの日本企業において、海外事業の安全対策責任者は日本政府外務省の危険情報に基づいて保守的な判断を行うか、あるいは外部の委託先とのメッセンジャー役という位置づけが多かったのではないでしょうか。
しかしながら現実のビジネスは想定外の事態の連続ですし、そもそもフィジカルなリスクがある場所に事業進出するのかどうか、はまさしく経営判断の一つです。海外事業を担当できる従業員は今やその企業にとって貴重な戦力でしょうし、万が一死傷するようなことがあればその人材の担当業務の穴埋め、本人やご家族への補償、同等レベルの人材採用コストと追加の費用負担、手間がかさむことは言うまでもありません。こうした背景を考えれば、安全対策責任者こそ、経営者の参謀役として事業戦略に安全視点を織り込む存在へと進化しなければなりません。

例えば海外進出戦略を考える際に、経済的合理性や過去の取引実績だけで判断できる時代はすでに終わりました。かつては市場規模が大きい、既存の顧客がいる、といった要素だけで進出可否を決めることもありましたが、今やそれは危険な発想です。地政学リスクを検討せずに進出先を決め、駐在員や出張者を派遣する、のは企業の社会的責任を放棄するに等しい行為です。現地の治安情勢や政治的安定度、国際関係の緊張度合いを見極めずに進出すれば、事業そのものが短期間で頓挫する可能性が高く、従業員の生命を危険に晒すことにもなりかねません。
さらに、現代のグローバルビジネス環境では「安全対策=コスト」ではなく「安全対策=投資」と捉えるべきです。安全を軽視して事故や事件が発生すれば、企業は巨額の損失を被るだけでなく、社会的信用を失い、長期的な事業継続が困難になります。逆に、事前にリスクを分析し、適切な安全対策を講じることで、従業員の安心感を高め、現地での事業基盤を安定させることができます。これは単なる危機回避ではなく、持続的な成長を支える戦略的投資なのです。したがって、海外進出を検討する際には、財務指標や市場分析と同じレベルで安全対策を議論しなければなりません。安全対策責任者は「規則を守らせる人」ではなく、「経営者の参謀」として、地政学リスクを読み解き、事業戦略に組み込む役割を担うべき存在です。
企業・組織の垣根を超えた安全管理人材育成の枠組みを
近年、企業間で女性管理職候補を育成する「クロスメンタリング」が広がっています。社外の幹部がメンターとなり、利害関係のない環境で本音を語り合うことで、昇進意欲や自信が高まる効果が確認されています。一つの企業の内部ではまだそれほど女性管理職、特に女性で経営中枢を担う方が少ないだけに、企業の垣根を超えて経験の共有や情報交換を行いながら人材育成を行うことに優位性があるのでしょう。
こうした仕組みは危機管理人材の育成にも応用可能です。企業横断で安全対策責任者候補、実務担当者を育成し、複数社を渡り歩きながら経験を積む安全管理の専門人材を形成する。社内だけでは得られない多様な視点を持ち、様々な危機管理上のトラブル事例を知っている、国際的な安全課題に対応できる人材が育つはずです。

財務・経理や法務的なトラブル対応と違い、犯罪やテロ対策、あるいは海外渡航者の突然の疾病・けが対応は、一つの企業内でノウハウが蓄積されるスピードが遅いという特徴があります。悪い出来事をあえて起こしてシミュレーションするわけにもいかない以上、企業・組織横断的に事例や教訓を共有し、人材育成を行うことが必須です。もちろん個別の事案には個人情報やプロジェクト機密が含まれるため公開できない部分もありますが、関係者が被害に遭う際の典型的なパターンや、海外渡航者向けの効果的な注意喚起などは十分に共有可能です。
一方で、大手セキュリティコンサルタントが起用を提案する外国籍セキュリティ企業の元特殊部隊出身者やインテリジェンス機関出身者といった肩書は魅力的に見えます。日本には本格的な軍人はいませんし、また統合的なインテリジェンス機関の創設に向けての試行錯誤が続く日本において、グローバルに活躍可能なインテリジェンス人材は極めて限定的ですのでこうした外国人材の活用には一定の意味はあります。しかし、そうした人材に企業・団体のセキュリティを全面的に委ねることは、機微な情報を自社のコントロール外に渡すことを意味します。半導体産業で「産業のコメ」を外国依存にしてはいけないと日本連合が形成されているように、安全管理においてもコア部分を外国籍企業やその委託先人材に任せてよいのか、今一度再考する必要があります。
手間はかかっても、日本企業同士でノウハウを蓄積し、各社内で危機管理人材を育てることが重要です。そして、いざという際には各社内に危機管理の司令塔として実務を担える人材が存在するという「内製化」が不可欠です。クロスメンタリングの発想を危機管理に取り入れ、企業横断で人材を育てつつ、最終的には自社内に司令塔を持つ。この二重構造こそが、日本企業が海外で持続的に事業を展開するための現実的な道筋ではないでしょうか。
日本人安全対策専門家の「生態系」を作る具体的な取り組み
安全対策責任者の育成は、もはや一企業の課題ではなく、日本経済全体の持続的成長のための国家的テーマです。海外事業現場の実態を把握し、語学も堪能、そして何より安全管理ノウハウを十分に蓄積する、そんな極めて専門性の高い「ジョブ型専門家」として海外の安全管理担当者を社会全体で育て、複数社を渡り歩きながら経験を積む仕組みを整えること。それこそが、これからの日本企業が海外で生き残るための原理原則になるだろうと我々は見ています。
現下の日本の人口動態を見れば、少子高齢化による労働力不足と国内市場の縮小は避けられません。経済状況も成熟市場ゆえに成長余地が限られ、企業が持続的に利益を確保するためには海外進出が不可欠です。新興国市場の拡大やグローバルサプライチェーンの再編に対応するため、日本企業は積極的に海外展開を進めざるを得ない状況にあります。しかしその一方で、海外進出に伴うセキュリティリスクは過去数十年で最も高まっています。
- ウクライナ戦争の長期化による地政学リスク
- パレスチナ情勢の激化と中東全域への波及懸念
- アメリカ国内の分断と政治的対立の深刻化
- 欧州各国で相次ぐローンウルフ型テロの発生
- アジア、アフリカを中心に共鳴・拡散する若者中心の抗議デモ
こうした動きは少なくとも2020年以前には海外事業のリスクとして日本企業がほとんど意識してこなかった(意識しなくてよかった)要因です。
日本国内の事情、そして海外の事情双方を考慮すれば、経済合理性だけを根拠に進出先を決めることは危険です。安全対策を経営戦略に組み込み、駐在員や出張者の生命を守る仕組みを整えることが、企業の社会的責任であり、事業継続の前提条件となります。
この両立のための解の一つは、間違いなく自社内で危機管理を「内製化」することです。ところが現状、日本国内には日本人の危機管理担当者を体系的に育成する仕組みがなく、また専門家ではないながら各企業で奮闘している担当者同士が実効性ある情報交換を行える場も限られています。
そこで、安全管理本部が日本赤十字社の協力を得て開催する12月15日のネットワーキングイベントは、数少ない貴重な機会となるでしょう。

イベント開催概要(予定)日時:2025年12月15日(月)15:45〜17:30頃会場:日本赤十字社会議室(東京都内)※詳細は参加者に別途通知
主催:(株)海外安全管理本部
参加費:無料(第三部の会食は各自負担)
プログラム構成
第一部|国際情勢と2026年主要リスクの概観(15:45〜16:15)
海外安全管理本部/海外安全.jp代表の尾崎より、2026年に向けて注目すべき国際リスクの動向を簡潔に解説します。
現場での判断に直結する「実務者目線で来年に備えるための知識」を簡潔に提供させていただきます。
※第一部はオンラインにて尾崎とスライドのみが映った状態で無料の配信を行います。配信はリアルタイムのみとなります。第二部|ショートトーク+フリーディスカッション(16:25〜17:15)
ご参加いただいている方の一部にお願いするショートトーク(5分程度×3〜5名)を皮切りに、現場の課題や取り組みを共有する自由な対話の時間を設けます。
※飲み物と簡単なスナックは(株)海外安全管理本部がご用意します。第三部|ネットワーキング/会食(17:30〜)
近隣飲食店にて希望者による自由交流の時間を設けます。
※飲食費は各自負担となります。
日系企業が海外事業を持続可能とし、管理専門家の「生態系」を作るという意味でも、現在安全管理業務を担当されている方、そして海外事業の安全管理に課題を感じている経営層の方にはぜひご参加いただきたいと思います。
この項終わり





