海外で犯罪被害に遭う日本人の数(邦人援護統計)から考える安全対策の第一歩

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海外は本当に危ないのか? ― 外務省発表「海外邦人援護統計」から見える現実

当サイトでは繰り返し、海外に渡航する際には事前の情報収集をして、現地ではご自身で身体や貴重品の安全を守ってくださいね、と繰り返しお伝えしています。ただ、普段日本にいらっしゃる方は「そもそもなんで安全対策にそんなに口うるさいのだろうか?」と思われるかもしれません。

 

例えば企業の危機管理担当者や、学生を送り出す学校関係者の方々からも「日本にいると現地の危険を実感しにくい」という声をよく伺います。業務としては海外での安全管理に注意を呼び掛ける立場でいらっしゃるのですが、ご自身で犯罪被害を体感することがないことがその要素でしょうか。加えて、

 

 世界一周から元気に帰ってきた友人がいる
 知り合いの家族は海外駐在を楽しんでいる
 自分も何度か旅行したけれど、特に危険な目には遭わなかった

 

という声や記事は一定数皆様の周りにあふれているように思います。海外の治安事案を報じるニュースでテロ事件が報じられることはあっても「邦人の被害は確認されていません」と添えられることが多く、日本人が日常的に巻き込まれている印象はないでしょう。身近に被害を受けた方がいなければその危険性を認識することも難しいのは当然です。「海外は本当に危ないのだろうか?」と疑問に思う方が多いのももっともですよね。

 

そこで今回は、外務省が2025 年12月に発表したばかりの最新版(2024年版)「海外邦人援護統計」と、国際的な安全指標である世界平和指数(Global Peace Index)、そしてGallup Global Safety Reportを手がかりに、海外の安全をあらためて見ていきたいと思います。日本政府の中で世界各国との外交関係に加え、邦人保護業務を担う外務省は、世界各地に所在する日本国大使館/総領事館がトラブルに遭い相談を受け付けた日本人の数を毎年まとめています。ここでいう「援護」とはスリや詐欺で手荷物を奪われてしまった場合や身体に危害を加えられるような殺人・暴行、あるいは事故・トラブル等に巻き込まれて在外公館に助けを求めた方、ということになります。(ごく一部、日本にいる家族から世界各地にいるご家族や友人の捜索願等も含まれてはいますが全体の傾向としてそれほど多くはありません)

 

日本政府外務省が発表する海外邦人援護統計を読み解く際に注意したいのは、この数字はあくまで各国の大使館/総領事館に相談があった件数であるということ。つまり被害に遭っても届け出をしなかった人や自力で解決した人、相談先を知らなかった人、は含まれていないという点です。言い換えれば世界各地で犯罪被害を中心に何かしらのトラブルに遭った「最低限の日本人の数」ということになります。

 

 

この統計、じっくり見ると非常に興味深いのですが、まず2024年の1年間で何らかの援助が必要となった日本人の数は10,287人。2024年に海外に渡航した日本人の数は約1300万人だそうですから、海外に渡航した日本人の1300人に1人がトラブルに遭遇しているという計算になります。そのうち約3分の1に相当する3,103人が犯罪の被害者です。金品を盗まれたり、詐欺被害に遭うかたがほとんどではありますが、注目したいのは「殺人」「傷害・暴行」「強姦・強制猥褻」「強盗・強奪」「テロ」「誘拐」といった身体に直接的被害が及びうる犯罪被害者の数が325人に上るという事実。世界のどこかではほぼ毎日のように日本人が身体に深刻な影響が及びうる犯罪被害に遭っているという計算になりますね。

 

身体にそこまで深刻な影響がないと思われる窃盗や恐喝を加えてみると約2,500人が被害に遭っています。ペース的には一日あたり8人以上が犯罪被害に遭っているわけですが、一般的に日本語のメディアでは逐一取り上げられません。そのため日本にいると海外でトラブルに遭う日本人がほとんどいないといった感覚に陥ってしまうのも無理ありませんよね。

 

なお、上記統計はコロナ前と比べて6~7割と言われる2024年の被害統計であり、コロナ前の2018年、2019年はもっと多かったのです。1300人に1人の割合で被害に遭うというのを多いと見るか、少ないと見るかは皆さん次第ですが、日本で報じられていないだけで世界のどこかで、毎日1人以上の日本人が身体に被害が及びうる犯罪被害に遭っている、というのはなかなかインパクトがあるのではないでしょうか?

 

mofa-crime-stats-2018

 

もう一つだけ、この統計が明確に示しているのはどの大使館・総領事館に日本人の方が援護を求めてきているかというデータ。こちらが2024年版のデータですが、この数年は毎年タイ(バンコク)の日本国大使館が相談件数トップ。日本から比較的近く、滞在費もそれほどかからない上に治安も安定している、というのがタイの首都バンコクのイメージでしょう。もちろんそのイメージはそれほど間違ってはいませんし、海外旅行初心者の方にもおすすめできる行先ではありますが、日本人のトラブル件数は一日あたり約3件。繰り返しますがこの数値はあくまでタイ日本国大使館に相談があった件数であり実際にはもっと多くのトラブルに巻き込まれた日本人がいるはずです。

 

「世界各国の中で相対的に治安が安定している」は「日本と同じように過ごしていても犯罪被害に遭わない」というわけではありませんね。他にも中国、韓国、イギリス、フランス、といった日本人が大勢旅行する国が上位に入っています。渡航者が多い国ほどトラブル件数も増えますが、「多くの日本人が行く=安全」というわけではありません。むしろ“油断しやすい国”として見直す必要があります。

 

 

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国際比較で見える「日本の特殊さ」

さて、海外でどのくらいの日本人が犯罪被害に遭っているかを確認した上で、日本と海外では安全面にどれほど差があるのかを別の統計で確認してみましょう。

国際的に一定の信頼度がある統計としてここでは二つご紹介したいと思います。一つは世界平和指数(Global Peace Index)と呼ばれる統計で、世界163か国を対象に犯罪率、暴力、治安、紛争などを総合評価した指標です。日本は例年10位前後に位置しており、指標からみれば「世界でも有数の平和で安全な国」と評価されています。日本国内でも当然殺人や強盗は発生しているわけですが、人口10万人当たりの犯罪数で言えば他国よりもかなり少ないというのが評価されているポイントです。

もう一つの調査は、世論調査などを担当することの多いギャラップ社が実施しているGlobal Safety Reportです。こちらは客観的データというよりも各地で暮らす人々の本音を多数集めて分析したもの。世界約140か国以上で「夜道を一人で歩けるか」「警察を信頼できるか」といった質問を投げかけて、国民目線で自分の国が安全かどうかを指標化しています。本年9月に公表された2025年版の内容概説は当サイトでもコラムとしてご紹介させていただきました。

【参考コラム】Global Safety Report 2025 年版概説~日本との比較から考える海外安全対策

こうした統計での日本への評価を総合すると

夜に一人で歩いても大きな危険を感じない

落とした財布が戻ってくる

公共交通機関でスリを警戒する必要がほとんどない

こうした環境が当たり前になっています。日本では飲食店などでスマホや財布を席において注文カウンターに向かう方がほとんどです。国によっては貴重品から目を離した隙にあっというまに誰かに持っていかれてしまう、という現実もあります。海外では日本で当たり前になっている前提が通用しません。むしろ多くの国では、「油断している人から順に被害に遭う」というのが現実です。

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ファーストフード店で見かけたスマホによる「席とり」。日本ならではの光景

 

海外でトラブルに遭う方が思いのほか多いのは、渡航者数の回復だけでなく、日本人が日本にいる時の感覚のまま海外に出てしまっているといった事情もありそうです。渡航先の国の気候に合わせて必要な衣類、防寒具等を用意するように、安全面でも現地の治安状況に合わせて準備と意識の切り替えをしなければならないのです。

 

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まとめ:海外に出る時は「日本とは違う次元の自己防衛」を

冒頭ご紹介したように多くの方が海外旅行を楽しめる時代ですし、実際に1300人に1299人はそこまで深刻なトラブルには遭遇していません。紛争地の真っただ中に出かけていくならまだしも、一般的な旅行先であれば海外が危険だらけというわけではありません。ただし、「日本と同じ感覚で行動しても安全が保たれる国はほとんどない」という事実は、知っておく必要があります。

 

日本政府外務省が発表している邦人援護統計でトラブルに見舞われる人、犯罪被害に巻き込まれている人の数をあらためてご確認いただけたかと思います。おそらくは思っているほど人気の旅行先も安全とは言い切れないことを感じておられるのではないでしょうか?海外にいらっしゃる際に大切なのは、必要以上に恐れることではなく、世界の大部分では「日本とは安全の前提が違う」ことを理解したうえで、少しだけ自己防衛を意識することです。ほんの少しの情報収集と意識のあり方だけでも自分自身を守り、家族を守り、そして海外を安心して楽しむことができるのです。

この項終わり