【事案分析】NZクライストチャーチモスク襲撃事件

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トップ画像は襲撃犯がライブ中継していた襲撃に向かう車内の様子からキャプチャ

事案の概要

〇 2019年3月15日現地午後1時40分頃ニュージーランド南島クライストチャーチ市内のイスラム教モスク2か所で銃撃事件が発生し、合計49名が死亡、40名以上が負傷

 

〇標的となったモスクはクライストチャーチ市内の中心部に位置しており、一か所はハグレイパーク向かいのAl Noor Mosque、もう一か所はLinwood Islamic Centerだった

〇被害者のほとんどはモスク内で金曜日の礼拝に参加していた一般のイスラム教徒。なお直前までAl Noor Mosqueにいたクリケットバングラデシュ代表チームの選手らは難を逃れている

〇実行犯は連射機能付きの小銃を5丁保有し、順番に使用していた模様

〇死者のうち41人はAl Noor Mosqueで発見されている。ただし、Linwood Islamic Center付近では3人の女性がモスクの外で殺害されていた

〇ニュージーランド警察は事件直後から対応を開始し、事件開始から約2時間半後に実行犯1名を拘束。

襲撃現場となったモスク二か所及び実行犯の拘束現場の位置関係(globalnewsのHPより)

  〇実行犯はクライストチャーチから南方に約360キロ離れたダニーディンに住む28歳のオーストラリア人

 〇犯行直前に73ページに及ぶ「犯行趣意書(Manifesto)」をインターネットに投稿した上で犯行の状況をフェイスブックでライブ中継を行っていた

 〇犯人の自宅を捜索した警察は爆発物処理班を出動させた

 

 

 

 

〇現地警察は実行犯以外に男女3名を拘束し、取り調べ中

〇ニュージーランドのアーダーン首相は本事案がニュージーランド史上最悪のテロ事件であることを認め、政府はテロ警戒レベルをlowからhighに引き上げ。ニュージーランドでテロ警戒レベルがhighに引き上げられたのも初めて

〇事件翌日の3月16日から実行犯に対する裁判所での聴取が開始されている

〇なお、アルカイダやIS等イスラム教に基づく過激な活動を行っている集団の支持者がインターネット上で復讐攻撃を呼びかけている

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簡易な分析コメント

 

〇本事案はこれまで大きなテロが発生してこなかったニュージーランドで発生した大規模なテロ事件です

〇また、アルカイダやISのようにイスラム教に基づく過激主義に由来するテロではなく、反イスラム教思想、反移民思想に基づくテロという点で、最近発生したテロとは一線を画すものです

〇加えて、犯人はインターネットのSNS上で犯行の様子をライブ中継しており、一時インターネット上で暴力的な動画が出回りました。ニュージーランド警察が動画のシェア等控えるよう呼びかけた他複数のSNS運営者が関連動画を削除するに至った点は過去のテロ事件と異なる新たな展開でした

 

〇犯人が公表した「犯行趣意書(manifesto)」には、イスラム教徒や共産主義、グローバル資本主義等への強い反感が記載されています。過去にイタリア、スウェーデン、ノルウェー、イギリスで反移民、反イスラム的殺傷事件を起こした白人に倣ったとの記載もあります

〇犯人は事件の二年ほど前からテロ計画を練っていたとのこと。銃や爆発物を集め、標的を選定するなど入念に準備していた様子がうかがえます

〇犯人はテロ実行にあたり直接支援を受けたグループはおらず、単独で実行している旨記載しています。

〇犯人は当初自分が住んでいるダニーディンのモスクを襲撃しようとしていたものの、礼拝に参加するイスラム教徒の人数や属性を考慮し標的を切り替えたとの記載があります。テロ実行の底流にある思想はともかくとして、冷静に標的を定め、治安当局に察知されず準備、下見を行ってテロを実行した点はテロリストとしての高い能力を有していたと評価せざるを得ません

〇なお、ニュージーランドでは銃を用いた殺人事件はあまり一般的ではありませんが、450万人強の人口に対し120万丁の銃が登録されています

〇加えてイスラム教徒が最も多く礼拝に集まる金曜日午後の時間帯を狙ったことも被害をより大きくする狙いがあったものと想定されます

〇犯人は特に2011年7月22日に発生し、一人で実行されたテロとしては史上最悪の77人が死亡したノルウェー連続テロの犯人ブレイヴィクを英雄視しており、彼の手法にインスパイアされたと述べています

〇実際に彼が公表したマニフェストはブレイヴィクが公表した「2083 A European Declaration of Independence (欧州独立宣言)」と構成等似ているようにも見えます

犯人がインターネットに投稿していた犯行趣意書(manifesto)の一部。ドイツやトルコへの強い反感が表現されている

 

〇実行犯は有名になりたいといった欲求はない旨記載していますが、動画を配信するという手法や、テロ事件が広く報道されることを念頭に標的を選択する等、反イスラム教、反移民思想が広がることを強く望んでいたことは明白です。この点で実行犯が拘束されていますが、本人の目的を十二分に達成したと言えます

〇ただし、実行犯は世界情勢を十分理解し、咀嚼した上でテロを計画・実行したとは言えません。欧米の影響が強い地域、白人が支配していた地域で直近イスラム教徒や移民が増加していることへの危機感をテロ実行の端緒としていますが、自分が生まれたオーストラリアやニュージーランド、また旅行で訪れたフランスにおける移民の状況等や各国の歴史的経緯は触れてはいません。今回のテロを正当化するだけの合理的な説明はなされておらず、独自の世界観の中でイスラム教徒や移民への憎悪を増幅させていったことが伺えます

〇マニフェストの引用サイト等から、実行犯の情報源は主としてインターネットであるようにうかがえます。この点で、SNSの活用に伴い指摘されている「エコーチャンバー」現象が実行犯の憎悪を増幅させ、誤った世界観に基づくテロ実行のロジックを形成していったのではないかと推測されます

NHK「クローズアップ現代」で紹介されたエコーチャンバーのイメージ

 

〇今後取り調べが行われる中で協力者や今回のテロの背景が詳細に分析されると思われますが、今後ニュージーランドを含む欧米の影響が強い各国では以下二種類の活動に注意が必要と考えます

 1)反イスラム教、反移民を訴える現時点での多数派住民による排斥運動

 2)今回の事件をイスラム教への攻撃とみなす過激なイスラム教国際テロ組織による報復活動

〇少なくとも上記1)についてはニュージーランド全土でのモスク立ち寄りを控えるよう警察当局が呼びかけているほか、カナダでも同様の呼びかけがなされています