日本人セキュリティ人材を育てる工夫を

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海外進出企業の安全対策予算感

こんにちは、尾崎です。日本国内はもちろんのこと、欧州や米国でもかなりの酷暑が続いています。カナダでは山火事の被害が大きいですし、世界各地で予想外とも言える高温の影響が続いています。また、日本でも先週は九州北部、今週は秋田、と甚大な豪雨/洪水被害が発生しているのは報道されているとおりです。これは日本に限った話ではなく、インド北部や韓国でも大洪水が発生しています。いわゆる気候変動の影響があるのか、科学的には明確な立証は難しいのかもしれませんが、少なくとも体感として過去数十年の常識が通用しない時代になっているように感じるのは尾崎だけはないハズです。

当然ながらこうしたニューノーマル(新常態)に備えるために予算や人員配置などは再検討しなければなりません。行政の仕組み上、国も地方自治体も財源や職員数をドラスティックに変化させるのは難しいのかもしれません。しかしながら時代に適応し、住民の安全を守るために柔軟な予算・組織体制・人員配置にしていただきたいものですね。

【参考コラム】100年に1度が毎年起こるという現実

さて、翻って当サイトの専門である海外での安全対策はどうでしょうか?新型コロナウイルス感染症による全世界一斉の混乱にウクライナ/ロシア問題が発生、加えて複数の国で大規模な抗議活動や国民暴動なども確認されています。2022年、2023年の2年だけでも以下のような事例が報告されています。政権交代(崩壊)や権力者の追放に至ったケースもあり、日本人を含む外国人も警戒度を引き上げざるを得なかった事例も含まれている点にご注意下さい

 

スリランカ   大規模反政府デモ発生後大統領が一時国外逃亡し辞職

ペルー     デモ及び治安悪化に伴い非常事態宣言が発令。一部地域では現在も発令中

パキスタン   物価高騰の責任追及も一因となり首相に対する不信任案が可決。政権交代が実現

アルメニア   首相交代を求めるデモが大規模化。隣国との紛争も再開

イタリア    光熱費等の支払い拒否が拡大。選挙にて極右勢力とされるポピュリスト政党が勝利

イスラエル   司法改革に抗議する国民の大規模なデモにより政権側が再検討を余儀なくされる

フランス    年金改革法案に対する大規模なデモやストライキで主要都市部混乱

 

セキュリティの専門家の間では、少なくともこの十数年(現時点で現役のセキュリティ専門家が経験したことのある時代)の中で今が一番情勢が不安定で先行きが見通しづらい、という話がしばしば聞こえてくるタイミング。それにも関わらず、残念ながら海外で事業展開する日本企業が自社の従業員やビジネスを守るために安全対策に割く予算は極めて限定的です。

以下、2022年12月に発表された大手保険会社AIGのアンケート調査からの抜粋です。まず安全管理に割く年間予算は全体の70%以上が100万円以下。企業の事業活動において100万円というのはしばしば「誤差」の範囲内と言えなくもない程度の金額しか使われていないというのが現実であることがわかりますね。

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確かに安全管理に使う予算というのは、短期的に売り上げ/利益にはつながりません。それどころか、コストの増加要因として利益を押し下げるため、予算を割り振りづらいという事情は分かります。ただ、ここで注目したいのは、海外事業で成功している、との認識を持っている企業は安全管理により多く予算を割いている点。災害対策に似て、安全管理は「いつ、どんなことが起こるかわからないけれども、ビジネスの継続性を担保するためには一定の備えを常にしておく必要がある」という性質があります。この点で、海外事業で成功し続けている企業がより多く安全管理に予算を割いているというアンケート結果は興味深いですね。多少のトラブルが発生しても大きな損害・損失を出さずに事業を継続できるため、

「安全管理に予算を割いていたがゆえに海外事業で成功できている」

という解釈をした方がよいのかもしれません。

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そもそも相談相手がいない/わからない問題

もう一つAIGが実施したアンケート結果の中で興味深い調査項目があったのでご紹介します。日本企業の海外での安全対策がなかなか進まない要因として予算が少ないことに加えて、「そもそも誰に相談すればいいのかわかっていない」という傾向があります。

海外事業で成功していると感じている企業は安全管理を含む海外でのリスク管理を相談できる相手がいるという回答が多いのですが、その相談先として顧問弁護士、JETRO等の海外進出支援機関、現地の事業パートナーが太宗を占めます。法務面でのリスク管理が必要なので顧問弁護士というのはよくわかりますが、少し疑問なのが「あれ、リスク管理なのにセキュリティコンサルタント」という言葉がそもそも登場しないのはなぜ?という点。

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尾崎自身もセキュリティコンサルタントとして活動していて、うすうす気づいてはいましたが…

 

「セキュリティコンサルタント」という存在はもしかして知られていない???

 

という事実を改めて痛感させられます。法律問題なら弁護士、税金関連なら税理士、資金繰りなら中小企業診断士や取引銀行といった具合に、ビジネスを進める上でテーマごとに相談する相手が明確になっている専門分野があるのはご存じかと思います。では安全管理について相談する相手は?と聞かれても困ってしまう方が多い様子が上記アンケートから伺えますね。

 

ひとまず弁護士に聞いてみるけれども、よくわからない。海外事業の支援を行っている日本貿易振興機構(JETRO)や各地の商工会議所等に相談してみようか、というのが一般事業会社の方の行動でしょうか。海外の実態を日々分析し、リスク管理の理屈を熟知している専門家もある程度いるのですが、一般事業会社の方にはなかなか知られていません。海外での安全対策にお金をかけないという方針であれば、なおさら優秀な=ある程度高額なサービスを提供する専門家を活用しようというインセンティブも生まれてこない、という背景もあるかもしれませんね。

 

ただ、尾崎はこのループが日本企業のリスク管理能力がなかなか上がらない要因になっているのではないかとも思います。

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先述のAIGアンケートをもう一度振り返ってみて、興味深いデータがあります。それは年間5000万円~1億円を安全管理にかけている企業がゼロなのに、それよりも多い年間数億円単位で安全管理にお金をかけている企業が複数存在すること。そして海外事業に成功している企業とそうでない企業の割合の差が最も大きいのもこのゾーン(海外事業で成功していると感じている企業の中で1億円以上安全管理に予算を割いている企業が、成功していないと感じている企業の二倍以上います)。

 

なぜ、ここに二極化が生じているか、というと年間数億円を使う企業は(おそらく)外資系のワンストップサービス型セキュリティコンサルタントを活用しているからです。海外の元軍人を活用したり、危険度の高い地域での工場やプラントを丸ごと守る場合に多く見られる契約形態です。こうした企業の場合社内に危機管理部門が設定されていることも多いのですが、こと安全管理についていえば、ワンストップサービス型セキュリティコンサルタントのアドバイスを無視してリスクをとることはなかなか難しいという事情があります。そのため、海外に拠点があるコンサルタント企業のアドバイスに従うことがほとんどになってしまい、独自のリスク判断力を事実上放棄するケースも見られます。日本人のリスク感覚と外国人のリスク感覚の違いや、自社のビジネスモデルを把握した上で、細かく代替案を検討する、というレベルでセキュリティコンサルタント企業を活用するケースは稀といえるでしょう。

 

これらを踏まえて、尾崎は日本企業の海外事業を取り巻くリスク管理体制に二つの不安があります。

一つ目は日本企業がリスク管理は年間数億円かけるレベルでなければ必要ないと感じ、危機管理体制構築への努力が止まってしまうこと。もう一つは日本企業が海外でのリスク管理にお金を使わないことで日本人のセキュリティ専門家が事業会社の内外で育たないこと。

 

一点目については現在既にその傾向がはっきり見て取れるのはデータでお示しした通り。数億円も安全管理に支出することが不可能な企業はたくさんあるでしょう。外資系セキュリティコンサルタントに依頼して、元◎◎軍特殊部隊の隊長をセキュリティマネージャーとして雇用して…とやり始めるとすぐに年間数億円の予算規模になってしまいます。この点で、数億円も用意できないわが社では安全管理予算はいらないな、と判断してしまうと結果的には「なんの準備もせずに普段着で富士山に登って遭難した素人登山者」と近い結果になりかねません。

数億円なければ安全管理ができないのか、というと決してそうではありません。年間100万円ではできることがかなり限られてしまいますが、500万円あれば世界各地の事情を知る日本人専門家の知見を活用することが可能になります。これは従業員/関係者全体を守るために必要な予算であり、実質的には一人の正社員を雇用するよりも安価で済むケースがほとんどです。

この点で日本人のセキュリティコンサルタントの活用、あるいは弊社が得意とする社内での危機管理人材育成に数年間投資する、という取り組みをぜひ検討いただきたいと考えています。皆さんの大切な従業員/関係者の命を守るための予算として数百万円ですら高い、ということであれば尾崎はそれ以上なにも言いません。ただ、海外の事業活動を中長期的に成功させている企業の多くが100万円以下ではなく、数百万円から1000万円くらいは予算を使っている点、改めてご確認いただき、セキュリティコンサルタント活用の価値をご検討下さい。

リスク管理業務への支出は一見コストに見えるが、予想外の事態で当たり前が崩れた際の損害(含む人命)を防ぐという点で効果がある「投資」と言える

 

後者についていえば、安全管理技術の大部分は誰でも習得可能なものです。

 

首相や大統領の警備のような「要人警護」

日本ではめったにお目にかかれない防弾車が運転でき地雷を避けることもできる運転手

銃で武装したグループが海外拠点を襲撃してきた際に銃器を用いて撃退するチーム

 

といった特殊な安全管理業務は一般の方には対応不可能でしょう。しかしながら、連絡網を丁寧に更新する、担当する国・地域で発生している事件や事故のリストを整理する、直近の治安情勢と自社のビジネスモデルを踏まえて持続可能な事業の在り方を検討する、といった行為であれば少しの訓練でできるようになるのです。

【参考コラム】基本技術を学べば安全管理業務はできる

前者にも関係しますが、現在日本人でセキュリティコンサルタントとして経済的・能力的に持続可能な形で業務に従事されている方はごく少数です(大きな外資系企業所属者を除く)。その間接的な証拠は弊社の運営するこの海外安全.jpが「海外安全管理」とグーグル等で検索すると外務省よりもどの競合会社よりも上に表示されるのはライバルが少ないから、とも言えるでしょう。

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「海外 安全管理」で検索すると当サイトはトップに表示されるハズ。「海外 安全」でも外務省やNHK等についで上位の表示。一度お試しあれ

尾崎が危惧するのは、一般事業会社からのセキュリティコンサルティングで日本人に依頼が来ない、という現状が続くと現状と同様に日本人で信頼できるセキュリティコンサルタントが育たないという点です。尾崎が信頼されていないだけ、ということであれば私自身の能力と人格の問題ですが、日本人のセキュリティコンサルタントが構造的に育たないというのは中長期的には課題でしょう。

なぜなら、今後一層のグローバル化が進んでより多くの日本企業が海外事業に取り組む際、安全対策について相談できる人が専門家ではない、という事態が続くからです。加えて、海外進出している企業が一斉に何らかのトラブルに巻き込まれた際、いかに大きなセキュリティコンサルティング会社/アシスタンス会社と言えど、一斉に全部の会社の従業員・関係者を救うことは不可能です。また、特に外資系企業の場合、日本企業だけでなく、他の国の企業とも救援の優先順を取り合うことにもなりかねません。

日本人で頼りになるセキュリティ人材を育てないまま年月が経過してしまうと、いざ本当に助けて欲しい時に助けてくれる人が誰もいない、という事態になりかねません。年間何億円も弊社を含むセキュリティコンサルティングと契約してください!とは申しません。しかしながら、年間数百万円程度の安全管理予算、それも皆さんの大切な従業員・関係者の命を守る予算として割いていただくことは中長期的に日本のセキュリティコンサルタント企業・日本の危機管理人材を育てることに繋がります。いざという時、海外に展開する日本企業の皆さんができるだけ多く支援できるためにも、改めて何も起こっていない時期の危機管理予算について再検討いただきたいと思います。

この項終わり