紛争多発時代のお金の動きに敏感になろう
お久しぶりです、代表の尾崎です。
先日来、国際機関の依頼で海外出張に出ており、当ウェブサイトのコラム更新も少しご無沙汰してしまいました。久しぶりに私自身が全文を執筆する代表のつぶやきをお届けします。
皆さんもご存じの通りウクライナや中東で軍事衝突が継続しています。また2025年1月に大統領に返り咲いたトランプ氏率いるアメリカ政府による各種政策は世界各地の勢力図を塗り替えかねない様相です。まさに時代の転換期ともいえるタイミングであり、世界各地で事業展開されている企業の皆さんにとっては、従業員・関係者の安全管理により一層神経をすり減らしているのではないかと感じています。
一般的に世界各地に派遣する出張者・駐在者の安全を守るために意識されるのは、現地の一般犯罪/殺人発生率であったり、テロ事案の発生状況であったり、あるいは交通事故の数・規模であったりではないでしょうか。これに加えて、各国の政治的な緊張感の高まりや周辺国との軍事衝突の可能性といったいわゆる「地政学的な」情報にも気を配るようになってきているのが昨今の日本企業の現状だと思います。こうした情報は各国に長く住み政治や軍・治安当局の動きの情報もある程度把握している人物、あるいはそうした情報を専門とする企業・団体から入手する必要があり、どんな会社でも情報収集できるようになるわけではありません。また、信頼関係を構築できるまではたとえ接点があったとしても重要な情報は入手できないという傾向があり、一朝一夕に地政学的な重要情報を把握できるようにはなりません。
では皆さんの会社が事業展開している海外での治安情報、政治関連の動き、あるいは周辺国を含む地政学的な情報を入手しようとした際、短期的になにもできないか、というと実はそうではありません。直接的に重要な情報にアクセスすることは難しくても、入手コストの低い情報を丁寧に積み重ねていくことで、かなり精度の高い推測を構築することは可能です。入手コストの低い情報の代表例は「オープンソース」と呼ばれる一般に公開されているデータや統計情報です。特に株価の変動や為替レート、あるいは各国の経常収支等国際金融に関する情報は信頼性が高い情報がほぼ無料で手に入ることは皆さんご存じの通り。
例えば2025年に入ってから株価の変動が大きくなっていること、過去数年多額の資金を引き付けてきた米国から資金ら流出していること、あるいは欧州各国が防衛費を引き上げているといったニュース、日本政府も防衛装備品の発注を増加させている、といったお金の動きから各国の政治や治安の先行きを読むこともできなくはないのです。こうしたマネーの動きは国際統計や上場企業のIR資料などで誰でも入手できるようになっており、いわゆるオープンソース情報の一部です。各国の情報収集・情勢判断を行う際にはぜひこうしたお金の動きの要素も念頭においていただくことをおススメします。
マネーの動きをヒントに治安・政情を予想する具体的事例
具体的な事例をあげてご説明しましょう。2025年3月4日欧州委員会のフォンデアライエン委員長は「欧州再軍備計画」と名付けられたEUの防衛力強化を提案しました。EU加盟国の財政ルールの一時的緩和や加盟国に対しEUから資金援助の枠組みを設定することなどが含まれておりロシアの軍事行動に対し、あらかじめ経済的な備えを行えるようにとの意図がうかがえます。EUの動きに呼応する形で防衛産業に分類される企業の株価は上がっており、明確に戦争に用いられる機材や設備に資金が流入していることがわかります。
こうした状況を常識的に考えれば、深刻な武力衝突の可能性が高まっていると解釈ができますよね。武器をそれほど持っていない国同士が対峙している状態と、緊張が高まり双方が攻撃可能な武器を調達した状態では当然ながら後者の方が衝突が大規模化・深刻化するからです。武器の調達や戦闘機開発への投資、関連企業の株価動向は特殊な人脈や情報源がなくても一般の新聞・テレビ等で報じられますので皆さんでも比較的簡単に入手可能です。
さらにもう一つ考えて見ましょう。中東地域に多額の資金が集まる原因は何かと言いますと原油です。再生可能エネルギーの開発が進んだとは言え、依然として世界全体のエネルギー消費は原油(石油関連製品)に依存しており、特にサウジアラビアやイラン、カタール、UAEといった国では原油生産による資金が国の力を支えていることは明白です。ただしこの石油は投資対象商品、いわゆる「コモディディ」の一つとなっておりその価格変動は非常に大きいのも事実。石油による収入が国家財政に直結するといっても過言ではない中東の国々においては、国際的な原油価格の変動は国力にも影響します。原油価格が高い間は国民への福祉や教育等に回すお金も十分にありますし、国民の多くが生活に満足している状態を保てますので政権や王室への不満が極めて高くなることはまずありえません。このため、ウクライナとロシア、あるいはイスラエルと周辺国の和平交渉における仲介役をこなし、外交的に重要な役回りを担うことも可能です。
他方で、原油価格が下落し、国家財政が厳しくなってくると国民への還元を削らざるを得ません。このため国内の不満が高まらないようにすることを優先せざるを得ず、国際的な問題への関与は後回しになりがち。もし原油価格が50ドルを下回る時期が長く続き中東の主要国が内向き傾向を強めればどうなるでしょうか?これまで積極的に和平仲介役を担ってきた国がいなくなるわけですから、あちこちの紛争はより着地点を見失うことにもなりかねません。
(こうした経緯から当サイト主催の世界情勢解説セミナーでは「原油安は世界情勢のリスク要因の一つ」として指摘し続けています。)
また、おカネの動きは非常に正直である、という特徴もあります。「危険な場所」「変化が大きそうな場所」「政治的に不安定になりそうな場所」からは実際の紛争・テロ等が起こるよりも早くまずお金が逃げ出すという性質もあることをぜひ覚えておいてください。つまり治安や政治の変化の先行指標として経済ニュースが登場することもあるわけです。皆さんが日々接しているような為替や株価、あるいは設備投資・売上の情報のほうが我々セキュリティコンサルタントよりも早く異変に気付くことだってあり得るでしょう。そう、おカネの動きを丁寧に追うことで治安・政情の先行きを予測することもできるのです。

世界中のほぼすべての人間が共通言語としているおカネの動きであるがゆえに、皆さんの関心も向きやすいですし、情報を調べやすいハズ。海外の治安情報なんか手に入りっこないよ、とあきらめるのではなく、経済ニュース等皆さんの進出先国、事業対象地のニュースを組み合わせることで、事業の持続性と関係者の安全確保、両方を実現することだってできるのではないでしょうか。
真の安全対策専門家に必要な要素
なぜ、安全管理の専門家である尾崎が金融やお金の動きについて語っているのか、と言いますと私自身が日本証券アナリスト協会認定の証券アナリスト(CMA)であるからです。CMA資格取得者は2025年時点で約三万人。銀行や証券会社、保険関連等非常に多くの従業員・関係者がいる金融分野で3万人しか取得できていないとも言え、金融分野で一定の専門性を有している証拠として一定の認知度を得ています。尾崎は銀行や証券会社等で勤務した経験はありませんが、実は金融の専門知識も有しているのです。
証券アナリストの資格保有者は専用のページから会員限定の情報交換ネットワークにアクセス可能です。また、定期的に行われる金融業界のセミナーに参加して金融だけを専門にしている方からも情報を入手しています。治安分析を専門にしている方とは一味違った情報源を持つことで、尾崎は多角的な視点をもって世界情勢を見ています。経済ニュースを見てパッと関係しそうな国・地域の情勢変化を思い浮かべられること、今後の帰結を予想できるのはやはり経済・金融に関する体系的知識を持っているから、と自覚しています。

開発途上国での実務経験を通じて培われた安全管理ノウハウ、国連機関や世界銀行の研修に参加して得た危機管理や紛争予防の体系的かつ理論的な知識に加えて金融業界の情報を持っていることが尾崎の強みといえるかもしれません。世界的に見て安全管理の専門家として活動されている方は警察や軍(日本人であれば自衛隊)のOBが多いですがそういった方々は金融や経済にはそれほど詳しくない方も少なくありません。もちろん強みは人それぞれですし、一点集中で素晴らしいノウハウをお持ちの方もおられるので尾崎自身をことさらPRすることは気がひけますがお金の動きからも治安・政情分析を行っているのが「海外安全.jp」である点は覚えていただければ幸いです。
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