節目の年に「忘れない」を考える

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2021年は節目の年

皆様あけましておめでとうございます。

2020年に引き続き、本年2021年も新型コロナウイルス感染症の影響が世界的に継続しています。日本国内では関東地方1都3県に緊急事態宣言が再発令される見通し(5日夜現在)となっています。本年も日本人/日本企業のための海外安全情報、安全対策に役立つコラム等を発信してまいりますが、皆様のご健康も心よりお祈り申し上げます。

 

さて、年が変わって2021年となりました。今年は二つの大きなテロ事案から節目の年となります。

一つは2001年に発生したアメリカ同時多発テロ。ニューヨークの貿易センタービルを含む4か所が標的とされ、約3,000人が命を落としたテロ事案です。残念ながら日本人も24名がなくなられています。

もう一つは2016年に発生したバングラデシュ首都ダッカでのレストラン襲撃事件。ラマダン(断食月)最後の金曜日、外国人も多く利用するレストランをテロリストグループが襲撃し、日本人7名を含む22名が犠牲になりました。

 

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ダッカレストラン襲撃事件の現場(ダッカトリビューン紙のウェブサイトよりキャプチャ)

 

いずれの事件も発生直後には連日大きく報道されていましたが、時間の経過と共に、メディアで取り上げられる頻度は下がってしまいます。日々次々とニュースの種は生まれますので、古い事件の情報量が減ってしまうのはやむを得ません。

 

しかしながら、事件から時間が経過したからと言ってその影響がなくなるわけではありませんよね。特に、直接被害を受けた方にとっては恐怖の記憶も強く残るでしょうし、場合によっては後遺症の影響もあり得るはずです。それだけではありません。家族や近しい友人を亡くされた方にとっては大切な人がいなくなってしまった日常がいまも続いています。

 

悲惨なテロ・襲撃は時間軸の「点」でしかありませんが、その影響は被害者ご自身やご遺族にとって「線」として残るのです。

 

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被害者・ご遺族にとって事件は一生終わらない

大きなテロや襲撃事案などが発生すると、その直後には世の中の一定数が関心を持ちます。原因究明や再発防止に向けてさまざまな意見も出ますし、被害者やご遺族への同情も多数集まります。しかしながら、事件に巻き込まれなかった多くの人にとって、そうした情報量や反応は「瞬間風速」でしかないことが一般的ではないでしょうか。

 

直接被害を受けた方や近しい方を亡くされたご遺族にとっては、「瞬間風速」では終わりません。事件が発生した後数年から数十年にわたってずっと強い風が吹き続けることになります。

 

テロや襲撃ではありませんが、多くの日本人の方がイメージしやすい事例を一つ挙げたいと思います。1985年に発生したJAL123便墜落事故、いわゆる御巣鷹山墜落事故です。昨年、2020年はこの事故から35年が経過した年でした。35年、という歳月は人間の一生と比較してもかなり長い歳月と言えます。しかしながら、今でもご遺族の多くは生存されていますし、ご遺族同士連絡を取り合いながらの活動も続いています。事故の当事者となったJAL社内では専門の部署を設け、今でもご遺族に寄り添った対応が続けられていると伺っています。

 

特にご遺族同士の活動の中心となっている連絡会(8.12連絡会)の継続的な活動の成果の一つが2011年国土交通省によって発表された『日本航空 123 便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての解説』です。ご家族が納得できなかった事故報告書(1987年のもの)をより一般の方が理解しやすいように説明した文書を日本政府国土交通省が作成するに至りました。解説書が発表されたのは2011年ですから、事故発生から26年目のことです。これだけの期間関係者は活動を続け、再発防止に向けた調査・検証が行われていたと言ってもよいのではないでしょうか。

 

現在JALで働いている社員の半数以上にとって、1986年の事故は入社前、人によっては生まれる前の出来事です。これは時間の流れを考えれば当然です。しかし、JALでは決して悲惨な墜落事故を忘れてはならない、という決意を込めて社員研修のための「安全啓発センター」を設置、運営しています。墜落した機体の一部や、事故機に乗っていたお客様、そしてキャビンクルーの墜落直前の手記なども保存/展示されており、同社の「二度と事故を起こさない」という意思を感じます。

 

 

この事例からわかることはなんでしょうか?

1985年に発生した墜落事故そのものはその日の出来事です。

捜索や救援も数か月で終了します。

事故原因の正式な報告書完成も2年ほどで完了します。

 

しかしながら、事故の生存者やご遺族、そして事故機の運航者だったJALにとって事件は今でも終わっていません。大きな事件、事故の場合被害者、ご遺族にとっては一生「終わり」はないのです。

 

これはすなわち、事件や事故で被害者が発生した企業・団体、あるいは留学生を送り出す学校法人にとっても対応に「終わり」がないことを意味するのです。

 

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「忘れない」/再発させないための取り組み

1985年の御巣鷹山JAL123便墜落事故、2001年のアメリカ同時多発テロ、2016年のダッカレストラン襲撃事案、いずれも時間の経過と共に一般の方の記憶からは少しずつ消えていってしまいます。その一方で、一生事件や事故の記憶・記録と共に生きる方もいらっしゃいます。

 

大きな事件や事故がひとたび起こると、被害者やご遺族、当事者企業・団体の対応には「終わり」はありえないと言っても過言ではありません。関係した方々に寄り沿った対応を継続することそして「忘れない」ため、後輩に同じような目に合わせないための再発防止活動は必須と言えるのではないでしょうか?

 

企業や団体、あるいは留学生を海外に送り出す学校法人にはまずこの事実をご理解いただきたいと考えています。もし、御社、貴団体、貴学校の関係者が海外でテロや事件の被害者になったらどうなるでしょうか?直接的な事件/事故対応は長くても1年程度で終わるでしょう。

しかしながら、被害者やご遺族への対応に終わりはあり得ません。JALと同じレベルで専門の部署を作るかどうかはさておき、ご本人、ご家族に寄り添った対応をされるはずです。加えて、事件・事故で犠牲を出した当事者としてその事案を忘れない努力も継続していただくことになろうかと思います。社内の研修で被害を伝えたり、再発防止のための安全対策教育を行うことも検討されるでしょう。

事件や事故に巻き込まれた方から直接体験談を語り継ぐこと、あるいは本社・本部で不眠不休の事件対応を経験された方のご経験を語り継ぐことも貴重な施策と思います。場合によってはJALのように事件・事故に関連する記録や関係者の証言、関連の品々を展示し、後世に語り継ぐ施設を設けることもあり得るでしょうか。あるいは特定の企業の枠を超えて、業界として再発防止のための勉強会を行うといった発展的な活動も「忘れない」ためには重要と考えます。

 

なお、そういった長期にわたる対応を担われるのは現在海外で実務を担われている方ではないように思います。事件に巻き込まれた国の事業拠点だけで反省や教訓を語り継ぐことは十分な対応ではないでしょう。むしろ企業/組織全体の問題として、本社・本部・大学事務局等が中長期的に予算と人員を確保し、時間をかけて取り組むことになるのではないでしょうか?

 

実際に海外に駐在・出張されている方は、海外の環境にもある程度慣れているので、

 

「この程度はよくあること」

「自分は今まで被害に遭ったことがないから大丈夫」

「本社・本部は心配しすぎ」

 

などなど、えてして事業実施優先のコメントをする傾向も見られます。が、実際に事件・事故が起きた後、中長期的に期限のないケアに従事される方、「忘れない」ための取り組み、再発防止の取り組みを継続する方はリスクと事業継続のバランスをより慎重に考えるべきではないでしょうか。

 

2021年のような節目の年に、過去の大きな事件・事故を思い出してみてください。その上で、企業・団体としてどのような方針で海外事業展開に臨むべきなのか、改めて議論をしていただけると本稿の目的は十分に達せられると考えています。

 

この項終わり