進出先の公開情報を丁寧に拾おう
前回の記事で、
1)海外展開する際には、治安・安全対策分野の情報収集は必須であること、
2)ただし、機密情報を入手する必要はなく、日常生活を通じて自然体で入手できる情報だけを集めれば十分なこと、
をお伝えしました。
大切なことなので、繰り返しますが、下手に機密情報を入手しようと動くと、
御社が「スパイ企業」ではないかと疑われる、
御社従業員が「スパイ」の疑いで拘束される、
といった思いがけないトラブルが発生してもおかしくありません。また、拘束される程度ならまだよいほうで、「あいつは怪しい動きをしているので、安全のために早めに消しておこう」と取り調べすらないまま、疑わしきは殺せ、となってしまうことだって起こり得ます。
本物の「スパイ」であれば、命を賭けるかどうかは別として、それなりの危険を承知し、所属組織からも報酬を得て情報収集をしているでしょう。しかし、情報収集した後の顛末を認識せず、特段の報酬や組織的支援もなしに
・政府のキーパーソンに接触してこい
・高度な治安情報を入手してこい
といった業務命令を下すことが本当に危険ではないか、よくよく考えていただければと思います。
ここで、簡単な疑問が浮かぶと思います。日常生活を通じて自然体で入手できる情報だけで、安全対策はできるのですか?と。答えはもちろんYESです。
事実、諜報機関と呼ばれる組織でも大部分の仕事は「スパイ」のイメージとは程遠い、公開情報の整理、分析です。世の中まったく非公開の情報などほとんどありません。こうした諜報機関が持つ機密情報も90%以上は誰でもアクセス可能な新聞や雑誌、インターネット上の情報から成り立っています。こうした情報を丁寧に拾える機関が諜報機関としても有能だと言われているのです。
ただし、ポイントが一つ。たとえ元は公開情報であっても、治安分析や安全対策に役立つ判断材料にするには、公開情報を整理し、組み合わせることが重要なのです。この方法はまた追ってご紹介することにしましょう。
話を戻すと、公開されている膨大な情報を安全対策に役立てるには、自分たちの安全に関係しそうな情報をきちんと洗い出すこと、そしてそれらを丁寧に組み合わせリスクを判断すること、が大切です。海外に進出されている日本企業で特に治安・安全対策に関連する情報をきちんと整理できている会社は多くありません。最小限の人員しかおらず、日々忙しい海外駐在者では手が回らない、と感じられるかもしれませんが、どんな情報をどのように収集するかをきっちりと定めておけば実は手間を省くことができるのです。
時系列で情報を整理することに価値がある
手間を極力省きつつ、治安・安全対策に関連する情報を整理するにはどうしたらよいのでしょうか?少し古いですが、かつて当サイト代表の尾崎がパキスタンに駐在していた際、日課として取り組んでいた「パキスタン主要事件簿」のごく一部を抜粋してお見せします。
見ていただければわかる通り、何の変哲もない、ワードファイルです。書かれている項目も日付と事件の概要だけ。しかも長文で詳細に事件を記載するわけでもなく、背景を推測するわけでもなく、淡々と事実だけが書いてあります。情報源の大半は地元の英字新聞。
海外進出された先でも、たいてい地元の新聞は購読されているでしょうから、毎朝、ざっと新聞を眺めて治安や安全対策に関連しそうなニュースがあれば記録するという作業だけでもやってみてください。たいていの国では報道されるような事件数もそれほど多くないでしょうから、一日10分~15分もあれば記事の要約は完了するはず。場合によっては何日も書くことがない(新聞の斜め読みだけで完了)、ということだってあるかもしれません。
そう、時系列で、自分たちの組織に関係しそうな治安事案情報を、新聞等で確認し、記録することが安全管理の実務上非常に役に立つのです。
えっ!?それだけ?
騙されたと感じられるかもしれませんが、こういった「誰もが入手できる」情報を淡々と記録し続けることが、自分たちの身に危険が迫っているか、考えるヒントになるのです。
例えば、
外国人が狙われている事件が増えていないか?
凶悪犯罪の発生地域がだんだんと広がっていないか?
これまで事件を起こしてこなかったグループが急に活動を活発化させていないか?
など丁寧に記録を残しておけば日々の変化が目で見てよくわかるようになります。記録を残さなければ単なる印象論で終わってしまいますが、時系列で主要な事件記録を残しておけば、関係する方々の間で、現地治安リスクの共通認識が持てます。また、具体的にどのような事件が増えているのか、どんな過激思想が広がっているのか、がわかると講じるべき対策も明確になりますね。
くどいようですが、こうした公開情報を丁寧に積み重ねることが将来的な大きな差(場合によっては人命を失うかもしれません)につながります。毎日10分程度でいいのです。映画のような諜報活動も必要ありません。今すぐ取り組んでいただける作業のはずですので、ぜひトライしてみてください。
困ったときのシンプルな情報整理フォーマットをご紹介
そうはいっても、「やり方がよくわからん」という方もいらっしゃるかもしれません。
そんな企業様、ご担当者様のために、当サイトも活用している主要事件簿記録用のフォーマットをご用意しました。当サイトトップから無料ダウンロードできるようになっていますのでご活用下さい。
上にある通り、何らかの治安事案が発生した際、誰でもポイントを漏らさずその事件概要をまとめるためのフォーマットです。代表は尾崎はワードで作業していましたが、エクセルで記録して行けば、過去の事件を月別、都市別、被害規模などでソートすることも可能です。
また、任意で活用いただけるオプションではありますが、「キーワード」「短評」を書いておくことで、テロの手段や標的など手間をかけずに分類することができるようになっています。
もしゼロから公開情報の整理にチャレンジする、という場合はこちらのフォーマットを活用してみてください。
この項終わり