トップ画像はアメリカ国務省が入るハリー・S・トルーマンビル(国務省HPよりキャプチャ)
アメリカ国務省発表のテロ発生状況レポート
日本では外国との交渉や外国での自国民保護を外務省(英語ではMinistry of Foreign Affairs)が担っています。アメリカ政府の場合は同様の機能を国務省(英語ではState Department)が担っています。世界最強国アメリカの国務省トップともなれば、アメリカ大統領以上に全世界各地を訪問しながら、世界全体を俯瞰した外交を統括することになります。
そのアメリカ国務省、アメリカ国民の保護を目的として、またアメリカの外交政策上の分析のためにも毎年全世界で発生したテロ事件の分析を行っています。2020年版が2021年1216日月に公開されました。残念ながら、日本国内では先日こういったレポートが公開されたことはもとより、テロ事件の分析をまとめた報告書の存在すらほとんど報じられていません。
他方で、現代は世界中のどこで、いつ、どんな形でテロが発生するかわからない時代。世界各地の情報を網羅的に収集し、大勢の専門分析官が処理した地域別のレポートを見られるのであれば見ておいた方がよいのは言うまでもありません。
なおかつ、このレポートは正真正銘無料で公開されているのもポイントです。日本政府外務省が提供する各種の邦人保護サービスは原資が我々の税金ですが、この報告書作成の資金源はアメリカの税金です。中身の濃い無料のレポートがある、しかも命を守るために役に立つものだとなれば、読まない手はないと思うのですが・・・。
2020年版報告書が掲載されている国務省HPはこちらから
2020年のテロ発生件数、死者数ともに前年比微増
とはいえ、全部で316ページもある英文レポートをすべて読み込むのは大変な労力を伴います。毎日世界各地でご活躍されているビジネスパーソンや留学準備中の皆様に
「報告書のHPを紹介するので自分自身で全部読んでください」
とお伝えするのはさすがに気が引けます。
ということで、まずは2020年版のテロ発生状況レポートの中から、重要と思われるポイントをかいつまんでご紹介しましょう。
・2020年に発生したテロの件数は全部で10172件(昨年から1300件、15%の増加)
・2020年に発生したテロによる死者数は約29,389人で昨年比約12%の増加
・2020年にテロが発生した国は(世界全体約半分である)98か国に上り、発生国数は昨年よりもさらに増加
・2020年テロ発生件数上位10か国はアフガニスタン、シリア、コンゴ民主共和国、イエメン、インド、イラク、ソマリア、ナイジェリア、フィリピン、マリ。上位10か国のテロ件数は昨年比22%増で全世界の増加率(15%)よりも発生件数の増え方が大きい
・ISISはイラク、シリアにあった拠点を失い、実質的な支配地域はない。ただし、ISIS関連とみられる活動は世界各地26ヶ国で観察されている。
・ISIS関連組織の中でも特にコンゴ民主共和国、モザンビークで活動するグループによるテロ発生件数の増加が顕著
・アフガニスタンタリバンによるテロ件数は依然として非常に多いが、昨年比10%減となった
・2020年も人種差別や民族主義等に基づくテロが主要先進国で発生しており、引き続き注意が必要
特に最後のポイントでは陰謀論者がカナダのトルドー首相公邸に襲撃を試みた事案や極右主義者が実行犯とみられるドイツ西部ハーナウでの水たばこ店への銃撃事案などが例に挙げられています。
既にご説明した通り、こういった報告書があることを知らない日本人の方が多いので、この8項目を頭に入れていただくだけでも、安全対策レベルは日本人や日本企業の平均よりもしっかりしていると言えるでしょう。ただ、もう一歩踏み込んで統計数値を眺めてみるとさらに貴重な「テロの発生傾向」が浮かび上がってきます。
最新のテロ発生
最後に同報告書の付録として公表されている統計情報(STATISTICAL INFORMATION ON TERRORISM IN 2020)に記載されている表を見ながらテロの発生傾向を読み解いてみましょう。
2019年の統計情報でもサヘル地区(ブルキナファソ、マリ、ニジェール)でテロ件数が2018年比で急増(50%増)という数字が紹介されていました。また、この地域での被害者属性分析によれば、民間人が最も多くなっており、巻き添え被害は深刻です。
今年の報告書でもサヘル地域のテロ件数が高止まりしている様子が明確に見てとれます。特に正体不明の実行主体による襲撃件数が増加傾向にあります。こうした「これまでに比してテロ件数の増加傾向が続いている」時には以前と同じ警戒態勢では十分な安全対策が講じられていない可能性があります。以前と同じレベルまでテロ発生件数が落ち着くか、あるいはテロ発生の要因が解消されるまでは少し慎重に対応を検討する必要があるでしょう。
今年の報告書ではサヘル地域以外でも目立った動きが記載されています。それは、ISISに関連するとみられるグループの中でもコンゴ民主共和国で活動する武装勢力の活発な動きです。ここ3年間のテロ実行件数を見ていると60件⇒97件⇒275件、急速にテロ実行件数を増やしています。こちらはテロ件数の増加が始まったばかりと言えるタイミング。一般人(general public)の被害者数も非常に多いと言えます。
渡航される日本人、日本企業関係者は少ないかもしれませんがサヘル地域に加えコンゴ民主共和国あるいは上記で紹介はしていませんがモザンビークでも似たような傾向が観察されています。アフリカ中央部分への進出等を検討されている場合には進出先の国に加え周辺国の治安情勢に十分注意が必要です。
ウェブサイトにて無料で公開している情報は公開情報を基にした世界全体での傾向ですので、あくまで一般論にとどまります。しかしながらアフリカでのテロ件数の増加や白人を実行犯とする人種や民族主義に基づくテロが増えている今日
「テロと言えばアフガニスタンやイラク・シリアの話でしょ?」
「イスラム過激派ってのが怖いんだよね」
といった先入観が当てはまらないことはわかっていただけるのではないかと思います。こういった傾向を知っているか知らないか、滞在地域でどういった組織の攻撃を受ける可能性があり、その標的はなんなのか?を把握するだけでも皆さんの命を守れる確率は上がるのです。
この項終わり