(トップ画像はDefence Post が公開している画像からキャプチャ)
動画から読み取れる事実関係
〇2019年4月29日ISIS傘下の広報組織であるアル=ファルーカンが公開した映像にISIS指導者であるアブー・バクル・アル=バグダディが生きてしゃべっている様子が収められている
〇バグダディが実際に動いている映像が公開されたのは2014年モスルにて「カリフ制の国」の設立を宣言して以来、約5年ぶり
〇映像の中で、バグダディ自身が「バグーズの戦いが終わった」と言及している様子が残っている
〇シリア東部に残されたISISの最後の支配地域バグーズは3月23日頃に陥落したとされており、バグダディがバグーズの戦いの後まで生き残っている模様(ISISは4月上旬の録画と説明)
〇また、ビデオ映像上でバグダディ自身の発言かどうか確認できないが、スリランカでの同時多発テロを称賛し、(バグーズの戦いに対する反ISIS有志連合への)報復であるとする音声が流れる
〇バグダディ自身が語っている内容として、ブルキナファソやマリでISISに忠誠を誓った武装勢力の合流を受け入れる旨の発言がある
〇映像中、バグダディは側近とみられる男が次々とファイルを渡しながら何らかの報告を行っている様子が記録されている
〇ファイルはかなり多数あるように見え、その中でも「ISISトルコ州(支部)」と書かれたファイルが存在している模様
〇バグダディは引き続きイスラムに基づく世界を構築するため、戦闘を継続するよう呼びかけている
簡易分析
〇ISの中核人物であり、実質的な指導者と思われるバグダディが生きていることが確認されたことがこの動画最大のポイントです。
〇物理的な支配地域を失い、ISIS戦闘員の士気が落ちかねない状況下ですが、指導者が生きており実際に戦闘を継続するよう呼びかける姿は再び世界各地の戦闘員を鼓舞する効果があると推測されます。
〇ISISは今回の動画を4月上旬に録画したとしており、また、3月下旬まで戦闘が継続していたバグーズの戦いにバグダディ自身が言及しているものと思われる映像が存在していたことで、生存している可能性は高いと想定されます。
〇なお、このビデオが撮影された場所は調度品や服装等からおそらくイラク周辺ではないか、と想定されます。
〇セキュリティ関係者の間でも生死不明とされていたバグダディが生存している可能性が高いことは今後の分析等でも念頭に置いて考える必要があります。
〇他方で、4月21日に同国内で発生したスリランカイースター同時テロはバグダディ自身が言及している映像は残っておらず、このビデオが収録された後の発生と想定されます。このため、スリランカの事案については別の映像に音声のみを重ねてISISが犯行声明を発表した内容を再度称賛しています。これはISISが映像の収録を4月上旬と説明していることと整合します。
〇また、スリランカ政府は同国でのテロを「ニュージーランドで発生したモスク襲撃への反撃」と発表しましたが、この映像ではニュージーランドのテロには触れられていません。むしろバグーズで死んだ同志たちへの報復としており、バグダディやISISの中枢部にとってはニュージーランドのモスク襲撃よりもバグーズ陥落の方が大きな事案だったことが想像されます。
〇ただし、バグダディ自身はバグーズでの敗北を多くの戦いの一部として発言しており、支配地域を事実上失ったことそのものがISISにとって深刻であるという表現はしていません。今後も戦闘を継続すること、またそういった戦闘に加わることをISISに共感する人々に呼びかけることでバグーズの戦いを「多くの戦いの一部」にすることが可能だと考えているように聞き取れます。
〇さらに、映像中側近と思われる男が多くのファイルを渡しながらバグダディに報告している様子は注目に値します。支配地域を失った後も、地域別のISISに忠誠を誓う団体による攻撃実績などがまとめられ指導者であるバグダディに報告されていると推定されます。
〇この報告方式は必ずしもバグダディを中心とするISIS中枢が世界各地に散らばるISISに忠誠を誓う勢力やISISに共感する個人に指揮命令系統を持つことは意味しません。しかしながら、ISISの目指す世界に関係する動きを把握し、一定の戦略を練る中枢部が存在することは間違いないと言えます。
〇ファイルの表紙に記載されたISISの州(支部)として中央アジアやトルコの名前が記録されています。ただし、ISISトルコ州はまだ設立が宣言されておらず、今後攻勢が強まる可能性を示唆しています。実際にこの映像後トルコ国内での過激派集団によるISIS支援が表明されている模様です。
〇今回の動画はイスラム教の宗教心が高まるラマダン月(5月5日頃~6月4日頃まで)直前に公開されています。このタイミングでの公開は、ISISに忠誠を誓うグループやグループに所属しておらず、ISISのプロパガンダに共感する個人などにラマダン前後の攻撃を煽る意図があったものと想定されます。
(Foreign policy誌も同じ見解の論説を掲載しています)
〇例年ラマダン期間中及びその後のイード休暇中はテロのリスクが高まります。このタイミングでのバグダディ生存、またISIS支持者らへの攻撃呼び掛けにより、今年のラマダン前後は例年以上にテロを警戒する必要があろうと考えます。
この項終わり