公開情報の丁寧な蓄積が安全対策の基礎
海外での安全対策、特に海外に進出した日本企業が自分たちの身を守るために重要なのは日々の情報収集です。安全対策に関連する情報収集だからと言って皆さん自身がスパイ行為をする必要はありません。新聞やインターネット上の情報、あるいはプレスリリース等誰でもアクセス可能なホームページの情報など、いわゆる「公開情報」を丁寧に収集することが大切だと我々は考えています。
【参考コラム】「安全対策に関する情報収集はスパイではない」
いつ、
どこで
だれが、
どのような手段で
どんな事件を起こし、
どの程度の被害がでたのか?
テロや犯罪に関する5W1Hの情報を時系列で丁寧に整理していきましょう。その際、フォーマットを決めておくと、後で見返したり、検索したりする場合にも楽ですので、よろしければこちらもお使いください。
情報の整理作業そのものは毎日通常業務の合間、おそらくは5~10分でできるのではないかと思います。また、英語もしくは現地語を読むことができ、パソコン入力ができれば、特殊な能力や技能は不要です。つまり、企業であれば人事異動があっても後任に業務を引き継ぐことも可能なのです。
こうして、テロや犯罪の基本情報を整理すると皆さんの頭の中に重要な治安情報が「インストール」されていく感覚が芽生えていくと思います。海外で皆さん自身の身を守るためには、スパイ活動に分類される特殊な情報収集を行わなずとも、公開情報の蓄積があればかなりリスクを低減できます。
リスクを低減するためには、日々集まる情報の中で自分たちに対する危険な匂いをかぎ取ることが必要です。次のページでは危険を察知する上で特に大切な情報が何かをご説明します。
あふれる情報から自分に直結する情報を再確認
日々の情報の整理が大切です、ということはわかっていただけると思うのですが、そうはいっても公開情報は世の中に溢れかえっています。ちょっと治安の悪い国であれば、スリや置き引き、地元の人同士の殺人事件であっという間にエクセルが埋め尽くされる、ということもありえるかもしれません。
情報の整理そのものは毎日5~10分でも、一定期間経過して、すべてを読み返しているとあっという間に時間がなくなってしまいます。また記事の中に出てくる固有名詞(犯人や被害者の名前、犯行グループの名前、地名など)をすべて詳細にチェックするのも一仕事です。日々世界でご活躍中の読者の皆様にとって、一件一件治安事案の詳細を調べていては日々の業務に支障をきたします。
手に負えないほどあふれる情報の中から、自分たちの危険に直結するような情報をどのように見分ければよいのでしょうか?
まずは整理した情報の中から、以下の三つのポイントを踏まえて一度情報のリストを再確認してみてください。
1)自分たちの行動範囲内で発生した事件
2)外国人(日本人を含む)が被害に遭っている事件
3)その他の事件と明らかに異色の事件(一般犯罪が多い中で大きなテロがあった、治安部隊と銃撃戦があった、など)
地元の人同士の犯罪、それも自分たちが普段行かないような場所での犯罪であれば、発生頻度やその凶悪さはともかくとして日本国内でも起こっているものです。これらに過剰に反応していてはどの国でも安心して仕事ができなくなってしまいますので、ある程度の諦めが必要でしょう。
他方で、自分たちの行動範囲内で、かつ外国人を狙ったと思われるものや巻き込まれた時の危険度が明らかに高そうな事件はちょっと注目しておかなければなりません。
このように自分たちにどの程度関連しそうか、を踏まえて情報をスクリーニングすることで、より自分たちの身に差し迫った危険があるのかどうかを判断することが可能になるのです。
治安関連の情報に「変化」があった時は要注意
一度スクリーニングしたことで、詳細なチェックが必要なニュースの数はだいぶ減ったはずです。次のチェックポイントは整理した一連の情報に何らかの「変化」がないか、です。
例えば
・犯罪や事件の数が急に増えていないか?
・凶悪犯罪の多発地域が移り変わっていないか?
・外国人を標的とした事件の割合が増えていないか?
・名前を聞いたことがない犯行グループが急に活動を活発化させていないか?
といった「変化」があった場合には、要注意です。
皆さんも普段健康な時は体の各部分が正常に動いているか詳細に確認しようとはしないはずですよね。生物学的には日々あちこちの細胞が傷んだり、新しい細胞に置き換わったりしているのですが、体全体として「いつも通り」ならあえて診察を受ける必要もありません。
ただ、
体のどこかに痛みを感じる、
皮膚の一部が異変を起こしている、
何かの拍子に動悸や息切れを感じる、
といった普段と明らかに違う「変化」を感じた時にお医者さんに行って詳細に診てもらおうと思うのではないでしょうか?
安全対策もそれに似ています。犯罪や事案が発生していたとしても「いつも通り」であれば、それほど過敏に反応しなくてもよいのです。ただし、何らか「変化」があった時は要注意。すぐに原因がわからなくても、「変化」を示している時は少し慎重に情勢を判断することが必要だと我々は考えています。こうした「潮目の変化」が発生しているということは、これまでと同じ守り方では関係者の安全が確保しきれない可能性があるからです。
テロや犯罪の実行犯がいることそのものは被害の発生と同義ではありません。実行犯がいること、そして十分な攻撃能力があること、必要な武器や道具が揃っていること、等、攻撃側の実行能力が十分高くなければそもそも犯行に至りません。加えて、治安当局の能力・体制が十分でない、被害者側の警戒が不十分であった、といった守備側の能力との差があって初めて被害が発生すると言えます。
この点でスポーツとも似ているかもしれませんね。2つのチーム/選手の攻撃力と守備力のせめぎ合いの中で、バランスが崩れた際に点数が入ったり、勝敗が分かれるのです。もし相手の攻撃戦術が変わったのであれば当然守り方も変えなければいけません。これまでと違う攻め方に対して、同じ守り方をしていれば形勢は悪くなりますよね。
テロや犯罪も同じ。被害の原因となるテロや犯罪の発生傾向が変化している時期には守り方をこれまでと変える必要があるのです。そして、往々にして「潮目の変化」は正確に判断することが難しいもの。このためテロや犯罪の発生傾向が変化しているかもしれない、という場合には少し慎重に、安全サイドの判断をすることが重要なのです。
「潮目の変化」にいち早く気づくことが重要
最後にちょっとした「変化」が大きな事件の予兆だった、という事例を紹介します。
英エコノミスト誌系のシンクタンクであるInstitute for Economics & Peaceという団体が毎年発表しているGlobal Terrorism Indexという指数があります。これは世界各地で発生したいわゆる「テロ」に分類される事件の数や被害規模を指数化して、ランキングしたものです。
このGlobal Terrorism Index、毎年発表されているだけに、その「変化」も追跡しやすいという特徴があります。2017年版が公開された2016年末に我々が注目していたのはアフリカのブルキナファソという国でした。というのも、2016年版と2017年版で「変化」が他のどの国よりも大きかったからです。
ブルキナファソのGlobal Terrorism Indexの変化(2016年⇒2017年⇒2018年)
2016年版 ランキング第63位 指数2.623
2017年版 ランキング第43位 指数4.52
2018年版 ランキング第38位 指数4.811
明らかに治安、特にテロに関する状況が変わっていることが読み取れますね。このデータを踏まえて少し周辺の情報も確認したところ、これまでとはテロの警戒レベルを上げたほうがよい、ということが分かり関係者にも注意喚起を行いました。
その後、ブルキナファソでは首都のフランス大使館近くで比較的規模の大きなテロ事件が発生した他、現在までイスラム教過激派の攻撃が続発しています。指数一つの「変化」だけを見て危ない!と声高に叫ぶつもりはありませんが、なんらかの「変化」があった時にはいつもより少し慎重に
「自分たちへの危険が高まっていないだろうか?」
と考える時間を持ってもよいかもしれない、と感じさせる事例ですね。
なお、Global Terrorism Indexの最新版は2023年版となっています。最新版報告書の解説及び「潮目の変化」が起こっている可能性のある国のリストはこちらのコラムでご確認下さい。
この項終わり