2023年のラマダン月間
今年もイスラム教徒にとって一年で最も重要なラマダン月が間もなくはじまります。ラマダンはもともと月の満ち欠けに基づくイスラム教の暦で9番目の月の名前です。この月は
「先祖の苦難を自分たちも追体験しよう」
という意図で日の出から日の入りまでの時間、飲食はもちろんタバコや性行為といった快楽につながる行為は原則禁止、が本来のイスラム教の教え。日本では、断食すること=ラマダン、といった理解もあるかもしれませんが、ラマダンという単語は、日本語でいえば「睦月」「如月」・・・と似たような、イスラム教の暦で用いられる月の呼び名です。
さて、イスラム教の暦は月の満ち欠けに基づく太陰暦ですので、我々が普段使っている太陽暦と比べると毎年10日~12日ほどずれていきます。そのため、ラマダンのタイミングも太陽暦とはずれていき、今年の場合は3月22日ないし23日から4月19、20日頃までが想定されています。同じようにイスラム教を掲げる国でも、科学的な理論値を用いて新月が観察されるであろう日を新しい月の第一日とする国と、実際に宗教学者等が月を観測して新月から少し大きくなった月が見えた日を第一日とする国等、ラマダン月の始まりの決め方に差がありますので、ご滞在中ないしご旅行を計画されている国のラマダン開始日はご自身でチェックしてみてください。
昨年に引き続き今年も新型コロナウイルス感染症の影響で平常時に比べて海外にいらっしゃる日本人の数がかなり少ないとは思います。しかしながら、今海外にいる方のみならず、今後海外に渡航予定がある方は特にイスラム教徒が住む国では重要な月の変わり目を迎えるタイミングだ、ということを覚えておいてください。
加えて、ラマダンが終わった後2、3日はラマダン明け大祭(Eid al Fitr)が開催されます。こちらは苦難の一か月を終えた喜びが表現される大型祝日ですので、ラマダンとイード期間一体で日程を把握するとよいでしょう。当サイトではおおむねラマダン月の期間中及びラマダン月が終わった後5日程度の合計約5週間について通常よりも警戒度を高めることを推奨しています。
ラマダン月間はなぜリスクが高まるか?
なぜ、ラマダン月の期間及びラマダン月が終わった後5日程度が要注意期間となるのでしょうか?
イスラム教の教義では神聖なラマダン月間に積んだ功徳(善い行い)は通常の期間よりも評価されるとしています。このため、多くのイスラム教徒の方は普段以上に熱心にお祈りをし、断食をし、そして恵まれない人に寄付をします。こうした行為はイスラム教徒以外の方も、教義を尊重し、断食中の勤務シフトを調整する、そういう習慣なのだ、と見守るといった配慮ができると思います。他方で、
「イスラム教徒以外は不信心者なので、殺してもよい。それが神の意志であり、ジハードだ」
という(日本人の一般常識に照らして)過激な解釈をするグループは外国人や他宗教の信者の殺傷を含むジハード行為も神に評価される善い行いと認識しています。すなわち、神の評価が高まるラマダン月間にこそ、神の意志に基づく戦闘行為を実行すべしという考え方になるのです。
事実、世界的な統計でもラマダン月間は他の月よりもテロや襲撃による被害者数が多いとのデータが出ています。(Datagraver.com)
また、ラマダン期間中はイスラム教徒の皆さんは日中断食をしており、原則水も飲みません。今年の場合中東や東南アジア等北半球ではかなり気温が高い時期の断食が必要となり、イスラム教徒の皆さんは日中ボーっとした状態になることが予想されます。注意力が落ちた状態で街中を移動することもありますので、交通事故のリスクも高くなります。
実際に2011年にトルコで行われた調査ではラマダン期間中の交通事故数はラマダン期間前後と比較して高いという論文が出されています。
Conclusion: The average number of traffic accidents was slightly higher in Ramadan than in non-Ramadan months. Also traffic accidents involving death and injury were slightly high and traffic accidents involving material damage was less.
Total number of dead and injured persons was also found to be slightly high. Also, as expected, penalties due to drunk driving were found less in Ramadan
また、同年、WHOの協力を得てパキスタンにおいて実施された調査においても、ラマダン期間中は病院の交通事故救急対応数は増加しているとの報告がなされています。
一般的に日本では車よりも歩行者優先が徹底されており交通事故死もかなり少なくなりました。日本国内の街中を移動中、常に交通事故に警戒するなんてことはあまりないかもしれませんが、海外では日本の常識は通用しません。ましてラマダン期間中、いつもよりも交通事故のリスクが高い場合はなおさらです。特にイスラム教徒が多い国では、ラマダン期間中の交通事故リスクも高まっているのだ、という認識を持つことをおススメします。
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ラマダン月間中の行動チェックポイント
ラマダン月間中、イスラム教徒の多い国やイスラム教を国の宗教として掲げる国に一切近づかないほうがよいというわけではありません。上記のようなちょっとした基礎知識を持ち、以下のチェックポイントに気を付ければ、世界中のほとんどの国・地域では安全を確保しながら旅行、仕事、生活ができるはずです。
(なお、当サイトでは安全管理の基礎知識を一般的な日本人の方向けに説明しております。このため、イスラム教徒の方に対し、宗教施設等での礼拝を阻害する意図はありません。宗教上等の理由で外出、立ち寄りを行う場合も相応の準備をしてください、という注意喚起を行っているのみである点、お断り申し上げます。)
〇宗教的に特に神聖で集団礼拝が行われる金曜日はできる限り外出を避ける
⇒2023年は3月24日、31日、4月7日、4月14日がラマダン月間中の金曜日です。宗教の名のもとにテロや襲撃等が増加する期間ですので、イスラム教にとって神聖とされる金曜日の事件発生が多く、特にご注意ください。どうしても外出しなければならない用事がないのであれば、自宅、ホテル、職場等必要最低限の行き先以外は外出を避けることをお勧めします。
(なお、日本人7名も犠牲になったバングラデシュのレストラン襲撃事案は2016年のラマダン最終金曜日に発生しています)
〇テロの標的となりやすい施設にはできる限り近づかない。また不特定多数の人が集まる場所や時間帯は避ける。
ナイトクラブや映画館等の娯楽施設、レストラン、ホテルのロビー、ショッピングモール、スーパーマーケット等人が多く集まる施設、教会・モスク等宗教関係施設、政府関連施設(特に軍、警察、治安関係施設)等は、過激なイスラム教解釈を行うグループがこれまで標的としてきた施設です。旅行や日常生活を送る上で、どうしても行かなければならない理由がないのであれば、これらの施設への立ち寄りは避けたほうが無難です。
もちろん、食事や日用品の買い物、重要な商談等でどうしても行かなければならないということであれば事前に十分リスクを検討し、混雑を回避する、滞在時間をできる限り短くするといった安全対策を練った上で訪問ください。
〇日没直前の移動はできる限り避ける
皆さんご自身で断食してみるとわかりますが、脳にエネルギーがなくなってくるとどうしても注意力が散漫になります。毎年断食をしているイスラム教徒の方もそれは同じ。つまり、ラマダン月間中の日没前(特に帰宅ラッシュの頃)は注意力を欠いたドライバーや歩行者が多いということです。テロや襲撃等のみならず、交通事故も増えますので、こちらもご注意ください。
街中を移動する際は必ず周囲に十分気を付け、また車両に乗っている時はシートベルトを忘れずに、運転手の体調も気遣いながら移動するといった工夫が必要です。
加えて、ラマダン月間中のイスラム教徒は日没直後に「イフタール」と呼ばれる一日一度の食事を楽しみにしています。普段よりも注意力を欠いた状態で、「イフタール」のために急いで帰宅しようとする方も多いため、運転が荒っぽくなり、より一層交通事故には注意が必要です。
(現地駐在員の方でドライバーを雇用されている場合はご自身の安全のためにも、現地の方が「イフタール」を時間通り食べられるようにするためにも、日没よりも少し前のご帰宅を心がけていただくとなおよいと考えます。)
参考(随時更新:各国政府の自国民に対するラマダン注意喚起情報)
日本政府の注意喚起(2023年3月13日公開)
イギリス政府の注意喚起
オーストラリア政府の注意喚起
なお、ラマダンに限らず皆さんが進出している国・地域での祝祭日や宗教的な意味合いの強い行事はある程度日程が決まっています。つまり、直前になってあわただしく安全対策をするのではなく、前もってリスクの高まる時期は予測できますし、何らかの準備もできるというということです。
海外でご活躍される皆さんの業務が安全かつスムーズに進むよう、当サイトでは「リスクカレンダー」の作成・更新を強く推奨しています。
【参考コラム】2023年リスクの高まる時期を見える化してみよう
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