プロの総合格闘家も犯罪者集団には勝てない
2024年1月16日ブラジルのプロ総合格闘家ディエゴ・ブラガ氏が遺体となって発見されました。同氏は死亡する直前に、盗まれたバイクのありかを捜索していることが友人らの証言で判明しています。状況や監視カメラの映像から、同氏は直近盗まれたバイクを取り返そうと、ファベーラと呼ばれる貧民街に立ち入っていたことが判明しています。残念ながら同氏はバイクを取り戻すことができなかったばかりか、自身の命を失う結果となりました。既に殺人の容疑で薬物組織に属するとみられる18歳の青年が逮捕されています。警察はディエゴ氏の殺害にはより多くの人物が関わっていると示唆しており、捜査が継続されています。
ディエゴ氏は長年プロの総合格闘家として活躍していた他、格闘家の指導にも実績がありました。彼の所有するジムからは息子のガブリエル・ブラガ氏をはじめチャンピオン決定戦に挑むクラスの格闘家も出ており、一般市民の多くはディエゴ氏と一対一での格闘で勝ち目がないことは明白です。しかしながら、今般ディエゴ氏は殺害されてしまい、多くの格闘ファンから追悼のコメントが集まっています。
この事件は我々に対し、大きな大きな教訓を二つ教えてくれているように思います。一つは総合格闘家であっても武器使用あり、対戦時の人数制限なし、といった状況下では命を落とすほどの「敗北」があり得ること、二つ目はたとえそれが大切なモノ、価値あるモノだったとしても、命を懸けるに値するか慎重に検討する必要があること、です。
今回逮捕された18歳の青年とディエゴ氏がリングの上で直接対決すればほぼ間違いなくディエゴ氏が勝っていたでしょう。ディエゴ氏本人は総合格闘技の実戦から引退していたとはいえ、日々所有するジムで後輩らを指導している彼は写真の通り鍛え上げられた肉体を維持しています。よほどの傑物でなければ一対一、素手ではディエゴ氏に勝つことは容易ではなく、まして格闘技ルールで殺害することは不可能でしょう。ただ、銃を使用できる環境、複数の人物がディエゴ氏を囲み袋叩きにすれば話は別です。総合格闘技のルールでは相手が銃や刃物を使う、多数の相手と同時に対戦するということはあり得ません。一般人と比べて相当鍛えあげた肉体を持ち、また格闘技術も水準をはるかに超えたプロ総合格闘家でも武器使用あり、一対多数のルールでは死亡しうるという強烈な事例となっています。
また、残念なのはディエゴ氏がバイクを取り返しに行って、命を失ってしまったという事実。バイクはディエゴ氏にとってとても大切だったことは想像に難くありません。前日までにディエゴ氏は自宅に設置した監視カメラの映像を公開していることからも、自身のバイクを大切にし、盗まれないよう自前の監視カメラまで設置していたことが想像されます。それが盗まれたのですから、あちこち聞き込みや現地調査を繰り返していたというのも頷けます。しかしながら本当に命を失ってもよいほどの捜索だったのか、はまた別の話ではないでしょうか。
日本人の死亡事例もある「取り返し」失敗
「いやいや、そんなバイクを取り戻すのに命を懸けるなんて馬鹿げている」
と感じられた方はいらっしゃるでしょうか?パソコンやスマホで記事を読んでいるだけならそう思ってしまう方も少なくないハズ。しかしながら、現実問題として、このような事案が自分の身に降りかかった時どうなるか考えてみて下さい。
海外で急に荷物を引っ張られ、奪われた。日本と違い相手が銃を持っていてもおかしくはないと頭ではわかっているが鞄の中にはパスポートや財布、あるいはスマホが入っている!
そんな緊迫した状態ではとっさの行動が皆さんの生死を分けることもあります。強盗被害を受けた時、皆さんはどんな反応をするでしょうか?
盗まれた金品を奪い返そうとしますか?
逃走した犯人を追いかけて捕まえようとしますか?
護身術に心得がある方は相手をぶちのめそうとしますか?
残念ながらそういった対応方法はオススメできません。ディエゴ氏の例で説明した通り被害が金品だけで済んでいたはずのところを命まで奪われる結果になってしまうこともあるのです。結果が非常に残念ですが、以下二つの事件も参考になさってください。
【参考事例1】コロンビアでの強盗被害⇒追跡⇒殺人被害の事例(日本経済新聞)
【参考事例2】ウガンダでの強盗被害⇒追跡⇒意識不明の重体後死亡の事例(在ウガンダ日本国大使館)
【ウガンダ】
(参考情報)在 #ウガンダ 日本国大使館によれば8日同国首都中心部で日本人が強盗被害に遭い、意識不明の重体となっているとのこと
普段日本語メディアで外国での日本人犯罪被害はめったに報じられませんが、皆さんの想像以上に被害者は多いですhttps://t.co/zUJuWkZ4ki pic.twitter.com/d7BQgHuIHO— 海外安全.jp (@kaigaianzenjp) September 10, 2023
過去複数の日本人の方が、奪われた金品を取り返そうとして命を落としている、というのが現実です。ここで例に挙げた方はいずれもディエゴ氏とは違い格闘家でも武術の達人でもありませんでした。既にご説明した通り、プロの総合格闘家でも命を落としかねないのが「犯罪者グループ」との対決です。金品を奪われた際、皆さんが反射的にそれを取り返そうとするのは総合格闘家に挑む以上に無謀な挑戦と言っても過言ではありません。
絶対に失ってはいけないものは金品ではなく命
間違ってはいけないことは、金品も重要ですが、それ以上に皆さんご自身の命はもっと大切です、ということ。金品は失っても生きていけますし、周囲の人や日本国大使館などが何らか助けてくれます。ただ、命を失ってしまっては、そこから先は何もなく、残るのはご家族や友人の悲しみだけです。
どれだけ多くの金額が財布に入っていても、どんな高価な物品を奪われたとしても・・・絶対に盗まれてはいけないのはあなたの命、これはとっさの反応でも忘れないようにしてください。とはいえ、とっさの行動は頭で考えるよりも先に、事実上無意識で進んでしまうもの。頭でわかってはいるけど、ついつい盗られた荷物を奪い返そうとしてしまった、というのはよくあるパターンです。ただ、それをやってしまうと、ご紹介した通り、命まで奪われてしまうことだってあるのです。
では、とっさの行動で、強盗に反抗したり、荷物を取り返そうとしたり、というNG行動を避けるにはどうしたらいいでしょうか?
実は、普段からなんらかの被害に遭った時を想像し、「イメージトレーニング」をすることで、無意識に出てしまうとっさの行動をある程度コントロールできるようにすると生き残る可能性を高められます。
・荷物を強い力で引っ張られたらそれ以上の抵抗はやめて手離す
・万が一貴重な金品が入っていても諦める(諦められるように金品は簡単に盗られないところに入れておく/盗られても許容範囲の金額だけ持ち歩く)
といったイメージトレーニングです。
本当にイメージトレーニングで無意識の行動を変えられるの?と思われるかもしれませんが、日本人が小さいころから訓練している通り、地震が来たらすぐ机の下に潜る、という行動はほぼ無意識にできることを思い出してください。無意識の行動も、日ごろから訓練すると思っている以上にコントロールが可能なのです。
そこで、このコラムの最後に強盗被害に遭った時のシンプルな行動原則(イメージトレーニングのヒント)をお伝えします。
それは海外で金品目的の強盗被害に遭ったら無抵抗に徹するということ。前のページでもご説明した通り、絶対に盗られてはいけないものは皆さんの命です。強盗の狙いはあくまで金品。ですので、強く抵抗されたり、追跡されたりしない限り、命まで盗ろうとは思っていないことがほとんどです。つまり、金品を諦めてしまえば、命だけは助かる可能性が高まるのです。
ただし、テロや襲撃など、金品ではなく、あなたの命を奪うことが目的だと考えられる場合は無抵抗のままでは100%殺されてしまいます。ですので、この場合は死に物狂いで抵抗することが必要です。こちらは過去のコラムにも書いた「緊急事態が起こった際の三原則」(RUN・HIDE・FIGHT)も参考にしてください。
コロナ禍があけ、日本から海外に渡航される方が増えるタイミングです。現地駐在経験がある方が昔慣れ親しんだ国に再赴任するというケースもあろうかと思いますが、慣れているからと言って油断せず、基本に忠実な安全対策を心掛けて下さい。特に多くの方に覚えていただきたいシンプルな原則は以下の通りです。
海外で「ヤバイ!」という状況になってしまったら・・・
1)金品目当ての強盗には無抵抗!
2)命を狙われる場合は死に物狂いで抵抗!
どうぞみなさま海外でそれぞれの目的を達成していただいた後に無事に日本にお戻りください。
こちらのコラムは今年初めて海外に行く方や海外旅行初心者の方にも読んでいただきたいと思っています。ご家族やご友人にもぜひとも記事を共有いただき、少しでも日本人が命を落とすような事態が避けられると嬉しく思います。
この項終わり