「夜道を歩けますか?」という問いが突きつける現実
「夜、一人で歩いていても安全だと思いますか?」
日本でこの質問を投げかけると多くの方が不思議そうな顔をするのではないでしょうか?それもそのはず、日本ではほとんどの地域で夜道を一人歩きすることに危険が伴わないからです。ごく一部の繁華街や直近被害が相次いでいる「熊」の影響が想定される地域では安全ではない、とおっしゃる方がいるでしょうけれども大多数の日本人の方は夜(深夜だけではないです)一人で歩くことにそこまで恐怖心を抱いていないのではないかと思います。
ところが、日本を離れ世界全体で同じ問いを投げかけてみると、日本人の想像よりも多くの国で「自分の国は夜一人で歩くと危ない」と思われていることが分かります。世界的な調査会社であるGallup社が世界142カ国で実施した2025年版「Global Safety Report」を本年9月に発表しました。冒頭の問いに「はい(安全だと思う)」と答えた人の割合は世界平均で73%。裏を返せば27%の方は自分の国で夜一人で歩くことを危険だと思っているということになりますね。読者の皆様はこの数字をどのようにとらえられるでしょうか?
ただし、この調査開始以来、「はい(安全だと思う)」と回答した方の割合は最も高い水準です。特にラテンアメリカでは調査史上初めて50%を超え、アジア太平洋や欧州西部でも改善が見られました。数字だけ見れば、世界は少しずつ安全を取り戻しているようにも思えます。ですが、報告書の中で最も体感治安が悪化した地域として挙げられているのは北米でした。この報告書によれば、北米は2006年以降で最も安全感が低下した地域。その米国の調査結果には非常に大きな特徴があります。「夜道を安全に歩ける」と答えた人は71%と世界平均に近いものの、男女差が26ポイントと極めて大きく、女性の58%に対し、男性は84%。高所得国であっても、公共空間の安全が揺らいでいることを示す象徴的な数字です。
この背景には、都市部のホームレス問題、精神医療の空白、銃器の氾濫、そして公共交通機関の治安対策の遅れといった複合的な要因があります。特にニューヨークやロサンゼルスなどの大都市では、地下鉄やバスでの暴力事件が日常的に報道されており、「先進国=安全/便利」という等式はもはや成り立ちません。
2025年8月、ニューヨークの地下鉄で、ウクライナから避難してきた23歳の女性が突然背後から刺されて命を落としました。列車内でスマホを見ていた彼女は、周囲の異変に気づく間もなく襲われたと報じられています。犯人は刃物をもって大っく振りかぶった状態から被害者を差しており、多少なりとも周囲に気を配っていれば致命傷は避けられたかもしれません。スマホに夢中になっているうちに、危険を察知できない。そんな現代的なリスクが、現実のものとして突きつけられています。

日本の“当たり前”は世界の例外
さて、ご紹介したGlobal Safety Repot によれば日本では86%が「夜道を一人で歩いても安全である」と答えています。深夜のコンビニにふらっと出かける。終電近くの駅前を一人で歩く。こうした光景は、東京でも大阪でも、もしくは地方部の都市においても特に珍しいものではありません。しかし、こうした当たり前は、世界ではむしろ例外です。
この調査報告書では全世界のうち夜間に一人で歩くことが安全だと、と回答した方の割合の低い方から並べると、南アフリカが33%と世界最下位。メキシコ、ブラジル、チリなど、日本人が観光やビジネスで訪れることがそれほど珍しくない国々で軒並み「夜道が怖い」と答える人が半数近くにのぼります。
- 南アフリカ:33%
- メキシコ:46%
- ブラジル:47%
- チリ:45%

これらは現地の人が答えた数字です。土地勘もあり、言葉もわかる人ですら「夜道は怖い」と感じている。つまり、観光客が「日本と同じ感覚」で歩けば、危険にさらされる可能性はさらに高いということです。
日本人が抱く「安全感」は、実は“無意識の前提”に支えられています。たとえば、財布を落としても戻ってくる、夜道で誰かとすれ違っても警戒しない、子どもが一人で電車に乗れる、歩きスマホが注意されるのは別の人にぶつかったり、ホームに落ちたりする可能性があるから…。これらは世界的に見れば、極めてまれな社会環境です。
その“感覚”のまま海外に出れば、どうなるか。たとえば、ブラジルのリオで夜にスマホを見ながら歩いていた旅行者が、バイクに乗った2人組に襲われてスマホを奪われたという話は、決して珍しくありません。現地の人ですら「夜は歩かない」と言うエリアで、日本人だけが“無防備”に行動してしまう。そこに、リスクの本質があります。
そしてアメリカで顕著な安全感の男女差という点で言えば、世界の104の国(調査対象地域の70%以上)で男性よりも女性のほうが有意大きな不安を感じているという点を忘れてはいけません。つまり、日本人女性は日本人男性に比べて、日本の当たり前を海外に持ち出してはいけない範囲がより一層広い、と言えるわけです。
「日本との比較」から始める安全対策
私たちが繰り返し伝えているのは、決して皆さんを脅かすためではありません。むしろ日本の現状を踏まえればできるだけ多くの方に世界を知り、世界に挑んでもらいたいと思っています。その立場に立ってなお、危機管理の専門サイトとしてお伝えしなければならない厳然たる事実。それは海外に渡航するということは、「日本よりもリスクの高い場所に行く」ということです。
それを忘れてしまうと、思わぬ危険に巻き込まれる可能性が高まります。
日本国内でも、悲しい事件や事故は確かに起きています。無差別殺人、交通事故、いじめや誹謗中傷による自殺――。ニュースを見れば、暗い話題が並ぶ日もあります。
それでも、日本では「国を捨てて避難しなければならない」という状況に直面する人はほとんどいません。
一方、世界では――
- 学校やレストランで銃の乱射事件が起きる
- 宗教行事を狙った爆弾テロが続く
- 隣国の武装勢力が空港にロケット砲を撃ち込む
- ある日突然、隣の国が軍を送り込み、住宅地にミサイルを発射する
そんな現実が、日常として存在しています。
だからこそ、海外では「日本と同じ感覚」で行動してはいけない。
夜間の外出を控える。現地の治安情報を事前に調べる。女性や子どもには特に配慮する。
そんな小さな心構えが、大きなリスクを避ける第一歩になります。
安全とは、統計の話ではありません。「自分がどこで、どう感じ、どう行動するか」の問題です。Gallupが発表した報告書は、皆さんが海外に行く際、最低限必要な注意力の必要性を可視化してくれます。
私たちが口を酸っぱくして
「海外では日本と違って、普段から安全対策を意識してください!」
と訴えているのは、海外の方がリスクが高いことが“一般的”だからです。Gallupの調査結果は、その現実を静かに、しかし確実に教えてくれています
海外での安全対策は、単なる「持ち物チェック」や「保険加入」だけでは不十分です。必要なのは、自分の“感覚”そのものをアップデートすることです。たとえば、夜間の行動。日本では「ちょっとコンビニへ」「ホテル近くを散歩」くらいは気軽にできますが、海外ではそれが命取りになることもあります。現地の人が「夜は出歩かない」と言っているなら、それが正解です。土地勘も言語もない旅行者が、現地の人以上に安全に行動できるはずがありません。
スマホの使い方も見直すべきです。歩きながら画面に集中していると、周囲の異変に気づけません。日本ではそれでも何とかなるかもしれませんが、海外では「スマホを見ている=無防備なターゲット」と見なされることがあります。地図を見るなら店の中で、連絡するなら人通りのある場所で。、どうしても路上でスマホを操作せざるを得ない場合でも「立ち止まって使う」が基本です。そして、現地の人との距離感にも気を付けましょう。親切そうな人が話しかけてきたとき、つい日本的な礼儀で応じてしまうことがあります。でも、海外では「知らない人に話しかけられたら警戒する」が基本です。言葉が通じない、文化が違う、そうした状況では“距離を取る”ことが自分を守る手段になります。
安全対策とは、装備や知識だけでなく、「自分の行動をどう変えるか」にかかっています。日本の“当たり前”を一度リセットし、現地の“常識”に合わせること。それが、海外での安全の第一歩です。
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