教育機関としての「安全配慮義務」をどう考えるか

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修学旅行における高校生死亡事案

代表の尾﨑です。
様々なメディアで報じられている通り、京都府に所在する高校の修学旅行中、学生らが乗っていた船が転覆し、女子学生が亡くなるという痛ましい事故が起きました。報道を読みながら、胸が締め付けられるような思いを禁じ得ません。国内での安全確保は尾崎の主業務ではありませんが、教育機関が担う「安全配慮義務」というテーマが改めて突きつけられる事案であり筆をとりました。
今回の研修旅行には「平和学習」という目的があったとされていますが、企画の背景や、ボートを運航していた団体の主義主張について、私は十分な情報を持ち合わせていません。その是非に踏み込む立場にもありません。ただ、どのような理念や教育目的があったとしても、主催者や旅行を手配する企業・組織が最優先で考えるべきは「学生の安全」であるという点だけは揺るがないと考えています。なぜなら、こうした教育旅行は現地での経験を通じて学びを深め、それを将来に生かしてもらうことが目的だからです。であればこそ、その前提となる「安全」は揺るがせないはずです。
事故の経緯について、報道されている事実関係を把握する限りにおいて学校側は修学旅行の一環として海上から辺野古周辺を見学する行程を設定し、現地の団体が運航する小型ボートを利用していました。しかし、この海上見学は修学旅行全体を受託していた旅行会社(東武トップツアーズ)の正式な手配ではなく、学校側が独自に教員と運航団体の間で調整した別枠の行程だったとされています。旅行会社側は「転覆した船の手配にはかかわっていない」と事故の責任は否定しつつ「修学旅行の受託者として安全面を含めた助言を踏み込んで行えばよかった」と反省を表明しています。学校側は「直接的な原因は学校側にあるわけではない」と記者会見で述べています。一方、ボートを運航していた団体も謝罪はしたものの、責任の所在については明確にしていません。結果として、事故の重大性に比して、関係者の説明がどこか噛み合わないまま、責任の所在が曖昧な構図が浮かび上がっています。
もちろん、事故原因の究明や法的責任の判断は、今後の調査を待つ必要があります。ただ、今回のように「誰がどこまで安全管理を担っていたのか」が不明確なまま大勢の生徒が学校の公式行事として参加する修学旅行が手配されていた可能性があることは、教育機関が主催する行事として看過できない問題だと感じます。安全管理の仕組みがどこまで整っていたのか──ここが今回の事案の核心のひとつではないでしょうか。本事故を受けて大阪観光大学の名誉教授である鈴木勝氏は「教育旅行、安全管理の意識高めよ」と題したコラムを日経新聞に寄稿されていました。尾崎としてもこの主張には深くうなずきながら読んでいました。
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「丸投げ」では済まされない教育機関の安全配慮義務

文部科学省は、学校行事における安全確保について「危険の予見」「適切な指導」「緊急時対応体制の整備」を求めています。また今般の事故を踏まえて追加的な「安全確保の徹底等について」という通知も発信しています。これは学校現場にとって決して新しい話ではありません。しかし、実際の運用となると、教員の経験や学校ごとの慣習に依存してしまう場面が少なくありません。特に特色ある教育旅行が増え、学校が独自性を競うようになったこと、また人手不足や教員の業務過多などの背景もあり安全管理面の配慮が置き去りになってしまっている面もあるのかもしれません。
今回の海上見学は、現地で急に決まったものではなく少なくとも当該高校の修学旅行では何年間かにわたって実施されてきた内容と報じられています。であればこそ、事前に安全管理の再点検を行う余地はあったはずです。安全管理は「事故が起きてから考える」ものではありません。事故が起きる前に、予算をかけ、時間をかけ、担当者の知識と経験を積み上げておくことが必要です。
これは海外派遣にも通じる話です。現在日本政府はグローバル人材の育成及び外国人の訪日人数と日本人の国外旅行者数(いわゆるインバウンドとアウトバウンド)のアンバランス是正等を目的として2033年までに年間50万人の留学生を送り出すと表明しています。人口が先細ることが明確な日本人の若者に海外経験を積ませること自体は重要ですが、派遣数を増やすだけでは意味がありません。教育機関が安全管理の知識を持ち、学生を送り出す体制を整えなければ、事故が起きたときに守りきれないからです。この点は尾崎が日経新聞の「私見卓見」で2023年4月21日に寄稿した通りです。
日本経済新聞2023年4月21日掲載 尾崎寄稿コラム

 

海外派遣も、国内の研修旅行も同じ構造を持っています。企画を旅行会社に「丸投げ」するのではなく、生徒を預かる教育機関として、学校自身が安全管理の主体であるという意識が欠かせません。旅行会社の選定、契約形態の理解、外部ガイドの活用、保険の適用範囲──どれも本来は主催者側が把握しておくべき基本事項です。しかし、現実には教員の多忙さや経験の偏りから、十分に検討されないまま行事が進んでしまうこともあります。
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起こってからの対応では遅い!起こらないようにするためのリソース投下を

教育旅行は、学生にとってかけがえのない学びの機会です。だからこそ、主催者側が「安全管理の専門性」をどこまで確保できるかが問われます。学校がすべてを抱え込む必要はありません。旅行会社や危機管理の専門家と連携し、外部の知見を取り入れることで、より安全な環境を整えることができます。
ただ、どれだけ外部と連携しても、最終的に責任を負うのは教育機関です。事故が起きてから慌てて体制を整えても遅いのです。学校側が手が届く範囲(敷地内)で行うわけではない教育旅行には普段以上の安全配慮が求められるはずです。教育旅行を実施するにあたって安全管理のための人材や予算がない、は言い訳にすぎません。むしろ特殊な教育活動において未来の事故をできる限り防ぐため、唯一できることが担当者の育成や情報共有の仕組みづくり、そして外部専門家によるリスクアセスメントや危機管理マニュアル作りです。このための投資は早ければ早いに越したことはないのです。
今回の事故は、教育機関にとって重い問いを投げかけています。安全配慮義務とは何か。どこまでを学校が担い、どこからを専門家に委ねるべきなのか。特色ある教育旅行が増える中で、どのように安全と学びのバランスを取るのか。
明確な答えは簡単には出ません。ただひとつ言えるのは、安全管理は「過去になにも起こらなかったから大丈夫」という発想では成り立たないということです。事故が起きてからでは遅い。平時の準備こそが、未来の事故を防ぐための最も確実な投資です。今回の痛ましい事故を無駄にしないためにも、教育機関が安全管理の在り方を改めて考える契機になってほしいと感じています。

【参考コラム】

組織としての安全管理 ‐安全配慮義務‐(前編)

組織としての安全管理 ‐安全配慮義務‐(後編)

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