ロサンゼルス郊外史上最悪の火災被害
日本でも大きく報じられている通り、アメリカ西海岸ロサンゼルス近郊では大規模な山火事の被害が続いています。2025年1月7日に確認された山火事は3週間近く延焼や新たな火災の発生を経ていまだに被害が拡大しています。消火活動が精一杯行われているものの、完全な鎮火には至っていません。「燃えるものがなくなったので火が消えました」といった火の消え方をしている地域もあり、文字通り町全体が全焼してしまっている状況です。これまでの被害総額は20兆円とも40兆円とも言われています。
火災が始まった原因や燃え広がった原因にはいろいろな指摘がありますが、一つ興味深いのは現地消防当局の幹部が、ロサンゼルス市が消防関連予算を約1700万ドル(約27億円相当)削ったと指摘したことです。消防士の不足や消防車のメンテナンス不足により十分な初期消火ができなかったことが被害拡大の一因になっているとの指摘です。現在進行形で市民らのために奮闘している消防当局幹部の批判ということもあり、予算削減を主導したロサンゼルス市のバス市長に対して、辞職を求める署名が13万筆以上あつまったとの報道もあります。火災の発生件数、被害範囲の大きさを踏まえれば、完全に被害をゼロにできたかは疑問です。ただ、千ドル、数万ドルのレベルではなく1700万ドルものスケールで予算が削減されていたとなれば、被害の拡大の一因という指摘があってもおかしくはないでしょう。
もう一つ考えたいのは、この火災が発生していなければ、あるいは火災被害がここまで大きくなっていなければ消防予算削減の問題点は見過ごされたままであったという点です。ロサンゼルス市は全米の中でも赤字体質であり、いずれにせよ市当局の支出抑制、緊縮財政は必要不可欠でした。2022年に市長に就任したバス市長の前任者もコロナ禍で落ち込んだ税収に対し、支出を抑制する取り組みをしており、現職のバス市長だけが消防予算を削減していたわけではありません。こうした背景を考えれば、バス氏の辞職が問題を解決するわけではない点明白です。そして、火災さえ起きていなければバス市長はロサンゼルス市の財政を立て直した「名市長」と呼ばれていた可能性もあったでしょう。被害が発生しなければいざという時に備える予算は「無駄」 に見えてしまうものであり、予算削減に批判が集まるのは「削減した部門で悪いことが起こったから」という結果論なのです。
ホテルに消火器、避難器具がないという悲劇
もうひとつ、ロサンゼルス程大きく報じられていないものの、直近火災で甚大な被害が発生したのがトルコです。1月21日、トルコ北西部ボル県カルタルカヤのスキーリゾートにあるホテルで火災が発生し78名が死亡、50名が負傷しました。火災発生時ホテルには230名あまりが宿泊していた、上層階からは火災から逃れるため、雪面に飛び降りた利用客もいた、といった報道もあります。被害者には子供も多数含まれており、大変な悲劇に他なりません。
このホテルの場合は12階建ての木造建築ながら館内に消火設備が設置されていなかった、火災報知機が機能しなかった、避難経路が十分でなかったといった情報があります。火災が発生した際の危険を放置したまま、ホテルの運営を継続していたとして9名が逮捕されています。こちらはどのような経緯で火災対策がおろそかになっていたのかは不明ですが、万が一の際を想定して適切なコストをかけていなかった点は糾弾されるべき事案です。
ただ、ロサンゼルスの火災も、トルコの火災も、他人事ではありません。日本も想定される被害に対して、過小な防災投資しかできていない事例は枚挙にいとまがありません。利益優先・コスト削減優先で火災被害が拡大した類似の事例としては1982年のホテルニュージャーパン火災の事例があげられます。また、河川の氾濫や津波に備えた堤防の建設、あるいは大規模な自然災害発生時の公共避難所の整備が遅れているといった指摘は災害が来るたびに繰り返されます。また、現時点では発生していないものの、日本への空襲やミサイル攻撃等が発生した際の地下シェルターに至っては、そもそも整備できている場所の方が少ないのです。
必要な予算/設備、削ってはいけない最終ライン
不達の火災による大きな被害、そして過去日本人も経験してきたのが、必要な予算・準備を怠ったが故の被害拡大という事態です。一般的に、いざという時に備える予算や機材、設備は普段役に立っていません。普段から使っていたら、いざという時に追加的に持ち出して使う、普段使っている道具や設備の範囲で対応できない事態だから緊急的に持ち出すからこそ「いざという時に」威力を発揮するのです。
つまり、なにごとも起こっていない時にはいかにいざという時に備える機材や設備だとしても
「この機材はなんであるんだっけ?」
「そもそもそんな道具あったっけ?」
「これにお金をかける意義があるんだろうか?」
と感じてしまうのはごくごく自然です。財政のひっ迫や経費節減の号令が出ている企業では、こうした一見役に立っていない部分で節約したいという誘惑にかられるのは当然です。そしてロサンゼルスの事例でもご説明した通り、予算を削減してすぐに危機的状況に見舞われなければ予算削減を断行し、財政再建・黒字転換等を達成した人物として褒めたたえられます。他方で、その人物が退任した後、二代、三代後の後任の方が在任中にそれまで起こっていなかった災害や事件が発生した場合、どうなるでしょうか?責任を追及されるのはその時点で実権を握っている方であって、予算や設備を削った人ではないのです。その分、より一層、その時点で役に立っていない、いざという時に備える機材や設備を削りたい、という誘惑は強いのです。
しかしながら、今一度、上でご紹介したような予算・設備削減の影響を思い出していただきたいのです。予算・設備削減のネガティブな部分は、いざという事態が発生して初めて見えてきます。何かが起こってから「あー、あの時に廃止した経費枠、撤去した設備は必要だった」と思っても時すでに遅し。最悪な場合、だれかの命を犠牲にしてその教訓を得る結果になります。削ってはいけない予算・設備を見極める術、正しい経費節減と間違った経費節減の見極めは危機管理の担当部門、その上層部である経営層の重要な判断なのです。
具体的に何を削ってはいけないのか、は組織の現状や、備えるべきリスクによって判断基準が変わってくるのですが、一つだけ共通する問いかけがあります。それは「いざという時、だれが何をすれば被害に遭った自社関係者を救えますか?」というものです。例えば自社が展開する先を決める場合、自社の現地拠点を決める場合に、「誰がその場所の火事を消すのか」がわからない街、ビルに入居してはいけません。そして、「火事を消してくれる人への投資を怠る土地柄には進出してはいけない」のです。
火事に限らず、想定しうる災害や治安リスクが発生した際に、だれが、どうやって、何を用いて対処するのかそして?を明確に答えられないのであれば、必要なリソースが足りていない状態の可能性があります。機材や予算を削る前に
「いざという時、だれが何をすれば被害に遭った自社関係者を救えますか?」
を問いかける癖をつけると、間違った経費節減は防げるはずです。
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