選挙日程と脅威度の推移
民主的な選挙が根付いていない
民族や宗教を背景に国民同士の利害対立が先鋭化している
社会問題が政治不信につながっている
こんな国における選挙は時として各グループの権益や生き残りをかけた「戦い」になることがあります。討論の場で意見を戦わせるだけでなく、物理的な暴力が用いられることもあるのです。特に、選挙に向けた政治集会や政党本部、投票所や選挙関連の政府機関などが標的となることもあります。
前回の記事ではどんな場合に現地が混乱しやすいのかを整理しました。今回は選挙前後でどのように脅威レベルが推移していくのんか、またその際に駐在されている方やどうしても選挙のタイミングで出張しなければならない方のリスクを下げるためどんな方法がありうるのか、ご説明したいと思います。
まずはこちらのグラフで、選挙期間の現地の脅威レベル(混乱の発生しやすさ、衝突等の深刻度)イメージを確認してみましょう。上に行くほど脅威レベルは高く、下に行くほど現地の治安情勢、政治情勢は落ち着いているという見方をしてみてください。
国や地域、あるいは選挙を取り巻く状況、選挙に至るまでの背景などによって少し幅がありますが、一般論としては、選挙運動が開始されるあたりから徐々に脅威度が高くなり、投票日とその前後に緊張度合いはピークを迎えます。選挙運動中は演説する候補者やそれを見に来る支持者を標的としてライバル政党やその候補者の政策により既得権益を失うグループ等が攻撃を仕掛ける可能性があります。
また、投票日前後にはそもそも選挙の実施に反対する意図を持ったグループが投票所に近づく一般の有権者を襲撃したり、利害が相反する候補者に票が集まりそうな地区で投票所を破壊し、結果にも影響を与えようとすることもあり得ます。選挙期間中と投票日は普段よりも脅威度が高まる、と認識してください。投票所が襲撃される、というのは日本で暮らしていると想像ができないと思いますが、こうした事態が起こりえる国も残念ながらあるのです。
さて、投票が終わったとして、次は何が起こるでしょうか?そう、開票と選挙結果発表=当選者の確定です。日本では投票日の夜か翌日の朝にはほぼすべての関係者が受け入れられる当選結果が発表され、何事もなく当選者が職に就きます。投票が締め切られた午後8時に早々と「当選確実!」という報道が流れるのを皆さんもご覧になっているハズ。日本ではあれが選挙の日常ですよね。
ただ、選挙制度が確立されておらず、行政能力も十分ではない途上国では、開票結果を発表するまでに時間がかかることがあります。また、結果が発表されても落選候補やその支持者が選挙期間中の不正や開票時の不正などを訴え、結果発表後こそ緊張が高まるということも。このため、日本と違い、投票日と結果発表日前後、緊張感が二度高まることを想定しておいたほうがよいのです。
2~3か月前から選挙シナリオを想定しよう
これまで説明してきたことを踏まえると、海外、それも開発途上国と呼ばれる国で選挙が行われる時は事前に日本人の安全対策レベルを上げておかなければ!と感じられたのではないでしょうか?しかしながら選挙のタイミングんど日本人が分かるものでしょうか?
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はい、わかります。選挙を実施するためには候補者の確定や投票所や投票用紙の準備に時間がかかります。そのため、どんな国でも
「明日選挙を行います!」
と発表することはあり得ません。選挙の少なくとも2~3か月前に投票日が決まることが一般的です。逆に言えば、投票日が発表されたころからカウントして2~3か月間、安全対策を考える時間的ゆとりがあるということですね。
まずやっていただきたいのは、今回の選挙がどのように進んでいきそうか、いくつかのシナリオを想定すること。現地の日本大使館やその国の政治評論家、警察関係者など、頼れそうな人から意見を聞きながら、どういった事態が起こり得るのか、最善のケース、最悪のケース、最も起こりそうなケース、などをイメージすることが最初です。
この時点でのシナリオ想定は2~3か月先のことですし、論文にする必要も、コンペのプレゼンで使うわけでもないので誰もが納得する正確無比の予測は全く必要ありません。ブレーンストーミングのようなレベルで十分です。経済や金融の専門家でも2~3か月後の株価や金利の動向、各国の財政政策を正確に予測できる人などいません。まして日本人/日本企業がこれまで対応しきれていなかった途上国の選挙シナリオを選挙運動開始以前から正確に予測することは困難ですので、あまり完璧を求めないでくださいね。
とはいえ、ブレーンストーミングにもヒントは必要だと思いますので、よくあるシナリオ事例をステージごとにお示ししておきます。
(1)選挙運動中~投票日
Aパターン:
・政治集会は概ね平穏に行われ、支持者同士の衝突等は発生しない
・投票も問題なく行われる
Bパターン:
・政治集会が一部騒乱に発展し、過激な支持者が暴力行為に訴える
・ただし混乱は拡大せず、投票は概ね平穏に終了する
Cパターン:
・政治集会の騒乱化が広がり、国内各地で騒然とした雰囲気が継続する
・ただし、投票は予定通り行われ、終了する
Dパターン:
・政治集会の騒乱化が拡大、深刻化し、治安当局が抑え込めなくなる
・選挙プロセスそのものが進められなくなり、投票も延期される
(2)投票日~結果発表後
Aパターン:
・与党(現職)が勝利
・野党は選挙結果を受け入れ、発表通り決着する
Bパターン:
・野党が勝利
・与党は選挙結果を受け入れ、発表通り決着する
Cパターン:
・与党(現職)が勝利したと発表される
・野党は選挙結果を受け入れず、裁判等に不正を訴える
Dパターン:
・与党(現職)が勝利したと発表される
・野党が選挙結果を受け入れず、暴力を含む抗議行動が発生する
Eパターン:
・野党が勝利したと発表される
・現職が居座り続ける等、選挙結果が履行されず、暴力を含む抗議行動が拡大する
投票日前後、結果発表前後は一時帰国も要検討
皆さんが滞在されている国、事業展開されている国で、選挙に向けての混乱度合いがある程度イメージできましたでしょうか?では、最後に具体的にどのような対策を講じることができるか考えていきましょう。ここまでいろいろとリスク要因としての選挙を語ってきましたがどんな国でも選挙関連の脅威は第一に政党間、あるいは特定の主張で固まる民族・宗教等のグループが標的となります。そのため政治活動に無関係の外国人を標的としたり、日本人/日本企業、まして旅行者を狙い撃ちにすることはまずありえません。つまり、日本人の皆さんは、選挙に伴う混乱や、テロ・襲撃等に巻き込まれないことが最大の対策になるということを理解してください。(混乱が深刻化し便乗して外国人や旅行者等お金を持っていそうな人をターゲットにする火事場泥棒のような事案は起こりえますがこれは選挙とに直接関係するリスクではありません)
そのための代表的な安全対策項目を列記しておきます。
(1)移動制限に関連する対策項目
・政治活動(集会、投票所)には近づかないよう移動制限をかける
・投票日前後数日間は拠点での勤務は取りやめ、自宅待機とする
・混乱の収拾にめどがつかなくなりそうな場合に備え緊急一時帰国の準備を進める
巻き込まれ被害を防止するには、リスクのありそうな時間帯や場所に関係者を立ち寄らせないことが最重要ポイントです。いかに地元に根付いて活動している企業・団体でも日本人が現地で選挙活動する必要性はまずありません。ですので、脅威が高まり始めた後は「政治活動(集会、投票所)には一切近づかない!」を原則とすることをおススメします。
また、現地での混乱が拡大し、空港や港、隣国への道路が通行できなくなっては逃げることもできません。本当に混乱が拡大しそうな場合は、現地の日本大使館や日本人会の関係者とも連携して一時的な国外への退避、つまり緊急一時帰国も想定しておくことがおすすめです。この場合はパスポートや最低限の現金、着替え、食料を一つの鞄に入れて準備しておくと便利です。
なお、ここでご注意いただきたいのは、日本とは違い、選挙結果が判明した後に混乱がどんどん広がってしまう、というケースがあることです。結果発表後に与野党が批判の応酬を行い、支持者同士も衝突、広範囲な交通規制や場合によっては民族間の大規模暴動に発展するケースもあります(参考⇒ケニア危機(2007~08年))。投票が終わればOK、ではなく、完全に事態が鎮静化した後に移動制限の解除、緊急一時帰国への備えを解除するようおススメします。
(2)混乱が収まるまで自宅や拠点で乗り切るための対策項目
・混乱が拡大した場合に備え、自宅および拠点に飲食物、生活必需品を一週間分程度買いだめする
・携帯電話とインターネット通話アプリ、衛星携帯電話等複数の連絡手段を確保する
・タイミングを見計らって移動するためのガソリンを自宅・拠点車両に満タンにしておく
一時帰国までの対応を取らない場合でも、市内の路上で混乱が続き移動が危険な場合、(標的となっていない)自宅や事務所等拠点内で事態の収拾を待つというケースが考えられます。その場合は上記のような対応を取っておくと、不必要に買い出しをせずにすみます。あくまで大規模災害に備えた備蓄の事例ですが、首相官邸のHP記載内容もご参考まで紹介しておきます。想定している事態に違いはありますが、自宅で引きこもって生活するという点では途上国選挙に伴う混乱も同じです。
なお、本コラムの内容はあくまで選挙を迎える途上国に滞在している日本人を想定して記載しています。現地で雇用されている方の選挙活動や投票を禁止することはオススメできません。現地の方がそれぞれの考えで政治に参加することは民主主義の根幹ですので、その権利を阻害する指示は賢明ではありません。企業・団体としては安全には十分注意してもらいつつ、業務以外で被害を被った場合の責任所在を明確にしておく、という対応が一般的です。
この項終わり