日本政府外務省が発表する「危険情報」
海外に頻繁に渡航されている方はご存じかと思いますが、日本政府外務省は海外に渡航する日本人向けのサービスとして海外安全情報を提供しています。日本政府が持つ外交ネットワークを用いて全世界の国・地域に対し治安や政情の調査を行って国民に発表しているのです。この海外安全情報は無料で公開されています。海外に渡航される方はそれが観光であれ、お仕事であれ使わないともったいない貴重な情報なのです。「使わないともったいない」と書きましたが、実際には日本政府の活動は皆さんが負担している税金で賄われていますので、海外に行くのに日本政府の「海外安全ホームページ」を参照しないのは税金の払い損といっても過言ではありません。
そしてこの海外安全情報の中心的情報と言えるのが各国に対して定めている「危険情報」と呼ばれる地域ごとのリスクレベルを分類し表示したものです。犯罪発生率が高かったり、テロのリスクが懸念されたり、という地域はリスクレベルが高く、比較的安全度が高い地域はリスクレベルが低く設定されています。また、これらは地図上に色分けされてホームページにわかりやすく掲載されています。その国に初めて行く方でも感覚的に現地のリスクレベルを把握しやすいですよね。
日本政府外務省によれば、リスクレベルに応じた色分けとその意味合いは以下のようになっています。同じ国でも首都や観光地は比較的安全、国境付近は危険といった注意喚起もあり非常によくできている仕組みとなっています。海外に渡航する際はまずこの日本政府による危険情報を確認いただきたいと思います。
レベルなし(白):危険情報なし
レベル1(黄):十分注意してください。
レベル2(山吹):不要不急の渡航は止めてください。
レベル3(橙):渡航は止めてください。(渡航中止勧告)
レベル4(赤):退避してください。渡航は止めてください。(退避勧告)
危険情報が高い=渡航できないではない
日本政府が税金を用いて調査し、発表している危険情報は非常に貴重な情報ですが、外務省が言う通り、この危険情報でもって法律上渡航を制限することはありません。またレベル4=退避勧告としている地域でもこの情報をもって日本人全員を当該地域から強制的に避難させることもできません。あくまで「安全対策や危険回避のための対策について、必ずしもいずれの面でも専門家ではない、一般的な日本人の個人渡航者」を念頭に安全上の情報発信を行うためのものです。
日本政府(外務省)が発表しているということで誤解されている方もおられるかもしれませんが、渡航中心勧告相当のレベル3や退避勧告相当のレベル4であっても渡航してはいけないという意味合いではありませんのでご注意下さい。全く何の準備もせずに観光等のために現地入りすることは推奨しませんが、業務上の必要がある場合や何等かの目的がありその地域に行かなければならないということであれば現地入りは可能です。その証拠にレベル3やレベル4の地域でも大使館に勤務する外交官や国際機関の関係者は現地で業務に従事されています。
また外交官や国際機関の所属ではない、普段は日本国内の病院等で勤務されているお医者さんや看護師さん等でも日本赤十字社の支援に関連してレベル3やレベル4の地域に派遣されていることも少なくありません。日本経済を支えるエネルギー輸入やその他さまざまな事情でそうした地域に駐在・出張されている日本人ビジネスマン/日本企業関係者も実際には多くいらっしゃいます。安易にレベルの高い危険情報が設定されている地域に立ち入ることを推奨するわけではありませんが、危険情報だけを理由としてビジネスを諦めるのも違和感があります。
実際のビジネスの世界では日本政府外務省のリスクレベルとは無関係にグローバル企業が展開していることも多くあります。外国籍の企業からすれば日本政府の発表する危険情報上のリスクレベルが3や4だからと言ってビジネスを止める理由はないわけですから危険情報を理由に進出先を絞ってしまうと、収益機会を逃す結果にもなりかねません。危険情報は外務省がHP上で記載しているように「安全対策や危険回避のための対策について、必ずしもいずれの面でも専門家ではない、一般的な日本人の個人渡航者」を念頭に置いた安全上のアドバイスです。逆に言えば組織的かつ、体系的に安全対策を講じ、現地事情や危機回避策を学んでいる人材を活用できるのであればこうした地域での事業展開も可能になるのです。
危険情報高めの地域で事業展開するための方策
では、具体的に危険情報が高めの地域で事業展開を行うためにはどうすればよいのでしょうか?当然のことながら危険情報が低い国、例えば中国や韓国、カナダ、ドイツ、フィジーといった危険情報で「レベルなし」となっている国と全く同じというわけにはいきません。当然ながら現地の脅威度・リスクレベルに応じて安全対策の強度を比例させていく必要があります。イメージとしては次のような図になります。
赤い円は事業展開しようとしている国に存在する脅威を表現しています。これはすなわち海外安全ホームページで日本政府外務省が説明する各種のリスク要因とほぼ同義です。なにも安全対策を講じなければ危険情報が高めの地域では丸ごとリスクを背負うことになりますね。水色の円は皆さんの企業・団体として許容可能なリスクです。一般論として、全くのノーリスクで実現できる事業活動はほとんどありません。そのためどんな企業・組織でもリスクをゼロにはできないけれども許容できるリスクはこのくらい、というラインが設定されているはず。そうしたラインに向けて行う安全確保のための各種取り組みが青い矢印で示す「安全対策措置」となります。
日本国内にいても工場での事故や交通事故、あるいは店舗における火災リスクなどは存在しており、絶対に事故が起こらないようにすることは非常に難しいと言えます。経済的、時間的、あるいは人材配置上の各種制約条件を踏まえつつ、できる限りそうしたリスクを許容範囲まで落とせるように取り組んでおられるのではないでしょうか?海外での安全対策もこれと似ています。
可燃物を扱うのはリスクがあるからと言って、ガソリンスタンドの経営をやめるという判断にはなりません。火災や爆発のリスクを知った上で危険な状態とならないよう作業手順を定め、従業員を訓練し、毎日的確に運営するのであればガソリンの販売で収益を上げることができるわけです。
高所で作業するのはリスクがあるからと言って、高層ビルやタワーマンションの建設をやめるという判断にはなりません。高所作業のリスクを知った上で、万が一にも転落死や重量物の転落事故が起こらないよう安全ベルトの使用や吊り荷作業を資格者が適切に行い、荷物の下には入らないといったルールを定めることによって収益性の高い建物の建設・販売を実現しているわけです。
海外における事業展開も同じ。全くの無知・素人が徒手空拳で日本政府外務省の危険情報が高い地域に出かけていくのはおススメしませんが、適切な安全対策を組織的に構築することで危険情報が高い地域での事業活動は可能です。特に社運を賭けた一大海外プロジェクトであるとか、国際場裏での日本としての役割を果たすために日本企業として取り組む案件(ウクライナ復興やパレスチナ復興など)の場合には安全対策を他の地域よりも強化した上で事業実施するという選択肢があってもよいでしょう。
具体的な安全対策の強化に当たっては特に以下の三点に注目して下さい。
一つはプロジェクトに取り組む前の情報収集体制の強化。日本政府が用意する海外安全ホームページだけでは把握しきれない現地の様子や従業員・関係者の滞在先、病院等をしっかりと検討することが必要不可欠です。
二つ目は現地での支援体制の確立。現地に拠点を有するローカル企業/合弁相手先や現地事情に詳しい現地雇用人材、あるいは現地で実績が豊富なローカルセキュリティ企業などによるプロジェクト支援体制はリスクが高い地域での事業活動に欠かせません。日本人/本社関係者の生活の支援や出入国時のサポート、緊急事態発生時の連絡窓口といった機能がなければ危険情報高めの地域での活動は困難です。
三つ目はいざという時の緊急対応体制の確保です。危険情報が高めの地域で事業活動を行う場合、必要に応じて一時的な関係者の避難や事業拠点の閉鎖も想定されます。そうした場合に全く準備ができていないのであればそうした国・地域で事業を行ってはいけません。緊急事態が発生した際の緊急連絡網をしっかりと確保するのは当然ながら、避難する場合の判断基準を定め、避難訓練を定期的に行うことも強く推奨されます。
三つの安全対策構成要素はいずれも一朝一夕に整えられるものではありません。しかしながら紛争地をはじめ危険情報が高めの地域はライバルが少なかったり、先行者利益が期待できるケースも少なくありません。決して不必要にリスクをとることを推奨するものではありませんが、御社のビジョン・ミッションを実現するために、また経営上売上・利益を最大化するために、危険情報が高い地域でこんな取り組みができたらいいのに…というケースもあるでしょう。こうした時には危険情報だけを理由に諦めるのではなく、「どうしたらこの土地で事業を安全に実施できるだろうか」を考えるヒントにしていただければと思います。
この項終わり