安全配慮義務が機能する組織へ~対応の型と訓練が安全配慮義務の実効性を決める

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マニュアルがあっても機能しない!?現実のトラブルは複合型

前回コラムでは高校の修学旅行での死亡事案を事例として安全配慮義務の「形骸化」をテーマとして取り上げました。今回はもう一歩進んで、危機発生時のマニュアルや対応体制が定められていても、何らかの緊急事態が発生した際にそれらが機能しなかったという事例を基に、安全配慮義務の実効性について考えてみたいと思います。

 

2026年7月28日に発生した熊本での大地震は皆様の記憶に新しいのではないかと思います。イオンの店舗に戻った方が充満していたLPガスによる爆発に巻き込まれ不幸にして亡くなったことをきっかけに震災後の対応マニュアルについての議論が行われた事例です。当時の現場の様子を踏まえて何がベストだったのか、は弊社にはわかりません。しかしながら、数多くの地震被害に見舞われている日本においても大きな地震の後、どのように行動するかを画一的にマニュアル化することが難しいという事実は明らかです。

 

震災から一か月経過した8月28日に掲載された日本経済新聞の記事によれば10年前の大震災を教訓として、熊本県に拠点を置く企業の65%がBCP(事業継続計画)を定めていたとのこと。これは全国的に見ても平均よりも準備が進んでいるとのこと。しかしながら、今回の地震発生直後には「マニュアルがあるのに機能しない」という典型的な現象が複数の企業で確認されたようです。

 

例えば、あるメーカーでは地震発生時に工場長が不在で、現場の指揮系統が一時的に空白となりました。BCPには「責任者不在時の代行体制」が明記されておらず、結果的に工場長が電話で指示を出す形で対応したと書かれています。今回は通信が維持されていたため大きな混乱には至りませんでしたが、もし通信が途絶していれば、現場は判断材料を失い、対応が大幅に遅れる可能性がありました。

また、製造業の企業では、避難経路を記したBCPが日本語のみで作成されていたため、外国人労働者が内容を理解できず、日本人従業員が避難所まで案内するというマニュアルに書かれていない対応をしたことや被害が小規模だった企業においても避難の判断が各自ばらばらになったことも記載されています。

 

災害対応マニュアルやBCPを用意することはとても大切な取り組みです。目先の売り上げ確保、商品・サービスの準備に時間と予算を取られがちな中堅・中小企業を含めても65%が備えていた熊本県拠点の企業の皆様の取り組みは立派です。しかしながら用意しているだけでは活用できない、という事例はどうしても起こってしまうのが現実の恐ろしいところ。

 

実はこうしたマニュアル不全は、熊本県だけの事例ではありません。8年ほど時間を戻してみましょう。2018年の北海道胆振東部地震では、大きな揺れによって電力系統のバランスが瞬間的に乱れ、道内全域が約2日間にわたって停電する「全道停電(ブラックアウト)」が発生しました。停電によりテレビ等メディア情報の入手が難しかったり、スマホの充電ができなくなったことから通信が途絶し、情報収集が困難になった企業も少なくありませんでした。また一部の病院では電力供給がなく、救急対応ができなくなったという事例も記録に残っています。

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スポーツ報知のウェブサイトよりキャプチャ

 

熊本地震と北海道のブラックアウトに共通するのは、マニュアルの前提が次々と崩れるトラブルが複合的に発生したという点です。責任者不在、通信途絶、外国人労働者の増加、被害規模の想定外、広域停電──これらが同時に、あるいは連続して発生することで、よくあるひな形に基づいて整備されたマニュアルは容易に機能不全に陥ります。

 

本当に大切なのはマニュアルが「あるかどうか」ではなく、現場の実態や想定されうる最悪の事態に合わせて運用できる状態にあるかどうかです。マニュアルの準備やリスク情報の共有、緊急事態体制の整備がなされており、一見安全配慮義務を満たしているようでもそれで十分とは言えません。いざ災害やテロ、あるいは大規模な事故が発生した際に事前に想定した危機管理体制が実効性を持つかどうかまで検証することが今の時代に求められる危機対応なのです。

 

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事件事故の発生時、マニュアルに記載の責任者や対応体制が揃っているとは限らない

既にご紹介したように、危機対応の現場では、マニュアルに記載された「体制」や「役割」が、実際の緊急事態の瞬間にそのまま揃っているとは限りません。むしろ、肝心な時に限って責任者が不在であったり、想定していない人員構成になっていたり、情報伝達が途絶して役割が機能しなかったりすることが珍しくありません。

危機管理の体制は、紙の上では整っていても、現場動くのはあくまで人。人が動く以上、属人化や不在、判断のばらつき、情報の偏りが必ず発生します。特に、緊急事態は「いつ発生するか分からない」ため、責任者が出張中、休暇中、夜間、休日など、組織の対応力が低くなっている時間帯に発生することが多くあります。これは国内外を問わず、どの組織でも起こり得る構造的な弱点です。(特に海外での事件や事故は日本時間の夜間・未明に発生することがほとんどです)

 

また、危機対応の役割は、平時には意識されにくいという問題があります。対策本部長、副本部長、現場責任者、情報収集担当、広報担当──こうした役割はマニュアルに記載されていても、当事者が「自分がその役割を担っている」という認識を持っていないケースが少なくありません。平時の業務が忙しいほど、危機対応の役割は自分ごと化されず、緊急時に初めて「自分が判断しなければならない」ことに気づくという状況が生まれます。

 

さらに、組織の多様化も体制の形骸化を加速させます。外国籍の従業員、派遣社員、アルバイト、委託先スタッフなど、危機発生時に同じ空間にいる人々が必ずしも同じ情報を共有しているとは限りません。マニュアルが日本語のみで作成されている場合、外国籍従業員は内容を理解できず、緊急時の行動が遅れる可能性があります。これは、危機対応の体制が「紙の上では整っているが、実際の人員構成に対応していない」という典型的な形骸化の一例です。

 

責任者が不在であっても、通信が確保されていれば指示を出すことはできます。しかし、通信が途絶した瞬間、体制は一気に機能不全に陥ります。緊急時における情報伝達の途絶は、役割の不在よりも深刻な影響を及ぼします。判断材料がない状態で現場が動くと、判断が分散し、組織としての統一的な対応ができなくなるためです。

 

こうした構造的な問題は、前編で取り上げた修学旅行の事案とも共通しています。複数の危険情報が共有されていたにもかかわらず、体制として判断につながらなかった背景には、役割の曖昧さ、情報伝達の弱さ、体制の属人化がありました。危機対応はマニュアルの存在や形だけの対策本部ではなく、実効性=「緊急時に定められた危機対応が機能するかどうか」が問われます。

 

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基本的な対応方針と、対応の「型」を。実効性担保のために訓練で補うべし

危機管理のマニュアルは、どれほど丁寧に作り込まれていても、それだけでは十分ではありません。緊急事態は必ず想定外の形で発生し、紙の上の前提を次々と崩していきます。そして、マニュアルを分厚くすればするほど、いざという時にどこを見ていいのかわからなくなるという状況にも陥りかねません。

 

だからこそ、当サイトでは基本となるマニュアルはシンプルに作ることをおススメしています。マニュアルでしっかりと整備しておくのはあくまで「基本的な対応方針」と「判断の型」を示すものにとどめ、実際の運用力は訓練によって補う必要があります。

 

危機対応訓練の目的は、単にマニュアルの内容を確認することではありません。緊急事態の「不確実性」に耐えられる組織をつくることです。責任者が不在の状況、通信が途絶した状況、情報が錯綜する状況、複数の事案が同時に発生する状況──こうした現実の緊急事態は、マニュアルの想定を軽々と超えてきます。だからこそ、訓練では毎回異なるパターンや難易度を設定し、組織としての対応力を段階的に引き上げていく必要があります。

 

例えば、数年に1回の訓練では、体制の弱点は見えてきません。責任者が揃っている平日の昼間に実施する訓練は、最も「都合の良い条件」で行われるため、実際の緊急事態とは乖離します。夜間、休日、責任者不在、通信障害、複数事案同時発生──こうした条件を組み合わせた訓練を年に1〜2回は実施し、毎回異なるシナリオで組織の反応を確認することが重要です。

 

訓練を重ねることで、マニュアルには書ききれない事項や曖昧さが浮き彫りになります。避難判断の基準が曖昧である、代行体制が明記されていない、多言語化が不十分である、情報伝達の手段が限定されている──こうした課題は、訓練を行わなければ表面化しません。訓練で得られた気づきは、マニュアル本文や付属書の改訂に必ず反映し、次の訓練で改善状況を確認する。この「訓練→改訂→再訓練」のサイクルこそが、危機管理体制の実効性を高める唯一の方法です。

 

また、訓練は「危機対応の経験値」を引き上げる効果があります。危機対応は、責任者だけが判断するものではありません。現場の担当者、総務、人事、広報、海外拠点、委託先スタッフなど、緊急事態に関わる人々がそれぞれの役割を理解し、判断の型を身につけておく必要があります。経験値が不足していると、緊急時に判断が遅れたり、情報が滞ったり、役割が重複したりするなど、体制が一気に機能不全に陥ります。訓練を通じて「自分が何を判断すべきか」「どのタイミングで報告すべきか」「どの情報を優先すべきか」が明確になり、組織としての対応力が底上げされます。真の意味で実効性のある組織的な危機対応力は訓練を行わなければ絶対に得られない効果です。

 

 

危機管理体制の実効性は、紙の上ではなく、現場での行動によって担保されます。マニュアルはあくまで「型」であり、実際にその型を使いこなせるかどうかは訓練によって決まります。繰り返しになりますが実際の緊急事態は複数のトラブルの集合体であり、ほぼ確実に想定外の形で訪れます。だからこそ、組織としての経験値を高め、どのような状況でも対応できる柔軟性と判断力を備えておくことが、安全配慮義務を果たす上で最も重要なのです。

当サイトを運営する海外安全管理本部では一時間半の机上簡易シミュレーションで既存のマニュアルの弱点、緊急対応体制ではカバーしきれないようなシナリオで皆さんの危機対応経験値を引き上げる訓練構築を得意としています。もしご関心があれば是非お問合せ下さい。

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