情報収集は安全対策の第一歩
海外で事業を行う場合、日本国内での常識が通用しないことがままあります。そもそもその国の人口はどのくらいなのか?人口の成長率はどうか?若年人口は増えているか?といったことは基本中の基本。現地の気候や風習なども踏まえて潜在的なビジネス可能性を推し量ることが第一歩となると思います。
また、経済的な観点ではその国の一人当たりGDPや国全体の財政状況、なども確認されるはずです。法律面では、外資規制がないか、外貨持ち出しの制約がないか、現地従業員を雇用する際の労働法はどうなっているのか?なども気になるポイントでしょうか。
こうした「情報収集」は海外展開において絶対に欠かせません。進出候補先の国で御社の製品やサービスが売れるのか?安定的に経営を続けられるのかの検討なしに海外進出はされないはず。海外進出の前に「情報収集」は絶対にやならければならないのです。
そんなことは当たり前だろう、と言われそうです。経営者の皆さんからすれば、現地のビジネス環境、経済状況、法制度、などの「情報収集」は海外進出の是非を判断する時点で十分できている、とおっしゃるかもしれませんね。ただ、上記の情報収集では不十分な点があるとしたらどうでしょうか?実は世界環境の変化によって、必要な「情報収集」の範囲は広がってきているのです。
特に昨今、世界中にテロや襲撃の脅威、あるいは民衆による反政府活動等が広がるようになっています。これまで、進出前に「情報収集」が必要ではなかった治安、安全対策用の情報収集も事前にしっかりやらなければならないのは間違いありません。ただ、いかんせんこれまでそういったジャンルの情報を海外展開前後に収集してきた企業、担当者が少ないというのが現実です。上述した経済面や法律面の情報収集であれば、JETRO(日本貿易振興機構)や各地の商工会議所等の海外進出支援部門経由でも情報を入手することが可能です。しかしながら、ビジネス面で多くの情報を持っている団体であっても、安全対策に関する情報については専門外ということが多いのです。
つまり、現地に派遣された駐在員や出張者の命を守るための治安や安全対策に関連する情報をどのようにあつめればよいのか?自信を持って取り組めている企業、人はごくわずか、というのが実態です。安全対策の情報は現地の事業所に任せるしかない、専門のセキュリティコンサルタント等に高いお金を払って情報を取るしかない、とお感じになられるでしょうか?一見とっつきにくいと思われがちな安全対策の世界にも無料で読める信頼性の高い情報源がいくつもあります。
今回は、安全管理に関する信頼性の高い、そして無料で誰でも利用可能なレポートをご紹介していこうと思います。
アメリカ国務省「Country Reports on Terrorism」
まず一つ目はアメリカ国務省(State Department)が毎年発表している『Country Reports on Terrorism』から。日本でいえば、外務省に相当し各国との外交関係をつかさどる省庁がアメリカ国務省です。その国務省が世界情勢をどう見ているのか、今後どんなテロが起こりうるのかなどを分析したレポートがコチラ。
2022年、シリアでISISの最高司令官とされるハシミ指導者の居場所を特定し、特殊部隊を送り込んで殺害するという作戦を実行したのは記憶に新しいと思います。もう「世界の警察」ではない、と発表しながらも世界中に情報網を張り巡らし、テロとの戦いの最前線に立っているのはアメリカです。そのアメリカ政府がまとめた世界中のテロ発生状況についての公式な報告書が無料で読めるようになっています。
アメリカ政府の公式なレポートですのでもちろん英語で書かれています。読みこなすのは大変ですが、国別にその国で発生したテロ事件の解説や犯行主体の説明がありますので進出先の国だけをかいつまんで読めば十分です。
また、このレポートの特徴として、付録(Annex)に興味深い統計数値とその分析が多く掲載されていることが挙げられます。一つだけお示しするとすれば、この3年新型コロナウイルス感染症の影響で大部分の国が移動制限、外出制限等を行っていてもなおテロ件数は増えているといった情報が示されています。
Institute of Peace and Economics 「World Terrorism Index」
二つ目にご紹介するのは独立系シンクタンク平和経済研究所(Institute of Peace and Economics)が発表している『Global Terrorism Index』です。こちらは政府機関によるレポートではありませんが、10年以上の歴史があります。
毎年同じ基準で国ごとのテロ危険性を数値化しているため、経年変化や地域内での比較をするには大変便利です。例えば指数が急に上昇し始めた、指数の大きい順に並べた順位が上がっているといった傾向が見えてきている国は当面安全対策上特に注意が必要、と考える目安になります。(注:2021年分がまだ発表されていません)
こちらの報告書も100ページ以上あり、全文が英語です。このためすべてを通読することは時間的にも難しいかもしれません。まずは進出先/進出検討中の国・地域がどのくらいの危険度なのか、全体の順位を確認することをおススメします。その上で、主要な統計はわかりやすい図表で示されていますので、この図表とその解説だけをかいつまんで読むだけでも十分な情報量があると言えるでしょう。
英エコノミスト誌シンクタンク発表 「Safe Cities Index」
三つ目にご紹介するのは、イギリスの有力経済紙Economistに関連するシンクタンクが発表している『Safe Cities Index』です。この報告書の特徴は国ごとではなく、都市ごとの安全性を評価していること。
国によっては、首都や主要な経済都市ではテロが発生していないものの、一部地域で反政府武装勢力の活動が活発、といったところもありますよね。そうした場合国全体の治安評価だけではなく、駐在員や出張者が訪れる都市のリスクを確認したいというニーズが生まれます。この報告書はまさにそういったニーズに応えてくれるもの。ただし、都市ごとの評価であるがゆえに、60の都市に絞ったリスク評価報告書になっている点は注意が必要です。
イギリスの経済誌が母体のシンクタンクが発表する報告書ですので、原文は英語です。しかしながら、この調査には日本のNECがデータ収集等で協力しており、日本語版報告書も存在しているのは心強いところ。日本語版であればお忙しい方、安全対策以外に他の業務も担われている方もお読みいただけると思います。
この調査報告書では純粋な治安情勢や政治の安定性だけではなく、サイバーセキュリティへの備えやインフラの安定性、医療環境といった項目も個別に採点した上で総合的な都市の安全性を評価しています。そのため、上述の二つの報告書と同列に扱うことはできないのですが、特に海外に支店や支社を開設する場合には参考になると思います。
日本政府公安調査庁 「国際テロリズム要覧」
最後にご紹介するのは日本政府法務省の傘下、公安調査庁が毎年発表している『国際テロリズム要覧』です。こちらは日本の政府機関が発表しているものですので当然日本語で作成されています。その意味では皆さんが一番読みやすい形式と言えるかもしれません。
ただし、この報告書は2021年版で約530ページとこれまで紹介してきた報告書の中でも最も分量は多くなっています。最初から最後まで通読し、すべての記載内容を活用するというのは非現実的。各国のテロ発生状況に加え、数多くのテロ組織の歴史や主要メンバー、関係したと思われるテロ事件などのデータベース・辞書として活用されることをおススメします。
『国際テロリズム要覧』では、毎年時宜を捉えたコラム記事も掲載されています。2021年度版は「新型コロナウイルス感染症の感染拡大がテロ情勢に及ぼす影響」が特集されている他、「極右過激主義者の脅威の高まりと国際的なつながり」、「インドにおける宗教対立を利用するテロ組織」等が簡単にまとめられています。
進出先の国の実態を把握し、リスク分析を行うことに加え、こうした世界的なトレンドを短時間に無料で知ることができるという点で非常に有用な報告書であるといえるでしょう。公安調査庁ではこの『国際テロリズム要覧』に加え、年始に『内外情勢の回顧と展望』という小冊子も発行しており、こちらも必要に応じて活用いただければ御社・貴団体の安全管理に役立つと思います。
弊社では公安調査庁のご協力を得て『国際テロリズム要覧』をご紹介するオンラインセミナーを開催しました。こちらのリンクで同セミナーの要旨をお読みいただけるようにしていますので、ぜひご覧ください。
各種レポートのご紹介と簡単な特徴について無料でご紹介させていただきました。本稿にあるような各種レポートを活用し、御社/貴団体の進出先国の状況について取りまとめてほしい、進出先の国でどのような安全対策を講じるべきかアドバイスが欲しい、という場合にはこちらからお問合せを頂ければ幸いです。
この項終わり