トラベルアドバイスから見る各国の国民保護

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世界各国政府によるトラベルアドバイス

当サイトをご覧になっている方はご存じかと思いますが、日本をはじめアメリカやイギリス、オーストラリア、フランス等主要な国は自国民に向け世界各地の治安リスクを評価したトラベルアドバイスをウェブサイト上で公開しています。え!?そんなサイトがあるの?という方はぜひ各国の関連ページをご確認下さい。

 

どの国も現地に大使館や総領事館と言った公式な国家代表部門を持ち、自国民に無用な犠牲が出ないようリスク評価を行っています。それだけの情報が、しかも公的サービスとして無料で提供されているのですから、利用しない手はありません(日本政府外務省の情報は一部皆さんの税金が使われていますが、他国の情報は英語さえ読めれば正真正銘「無料」で使える情報源です)。海外に旅行される方、事業として海外進出済みの企業・団体の方、そしてこれから海外進出をお考えの方はぜひ活用なさってください。

 

日本政府外務省海外安全ホームページ

アメリカ国務省トラベルアドバイスページ

イギリス外務英連邦省トラベルアドバイスページ

オーストラリア政府トラベルアドバイスページ

フランス政府トラベルアドバイスページ

 

 

ちなみに、当サイトでは日・米・英・豪4か国のトラベルアドバイスを日本語で要約した国別ページをご用意しています。

英語を読むには時間がかかる、各国が発表している詳細な治安情勢、リスク分析は後々じっくり読むとして、まずは全体像をつかみたい、といった方にはおススメです。

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国ごとに国民保護の考え方は異なる

さて、信頼度という意味ではこれ以上ないと言ってもよい各国政府のリスク評価ですが、実は国によってリスクレベルの設定方針が異なります。例えば同じエジプトに対して同じ時期にイギリス、オーストラリア、日本がどのようなリスク評価をしていたかを比べてみましょう。

イギリスは首都カイロを含むナイル川沿いの観光都市に対し「渡航前に注意事項を確認してください:See our travel advice before travelling」が設定されていました。つまりイギリス国籍を持つ人に対し、「エジプトの観光を止める理由はないが自分自身で必要な注意を払いなさい、そのために必要な情報をこのウェブサイトでしっかりと確認しなさい」

と情報発信していたわけですね。

 

これに対し、オーストラリア政府はエジプト全土に対しかなり厳しい見方をしていました。テロや武装集団によるエジプト軍への襲撃などが相次ぐシナイ半島北部は絶対に渡航しないように、そして首都カイロを含むナイル川沿いの観光地ですら「渡航の必要性を再検討してください:Reconsider your need to travel」が設定されています。「今の時点ではできればエジプト観光は止めておきなさい」という示唆を含んだレベル設定と解釈できますね。

日本政府は両者の中間的な立場。ナイル川沿いや地中海沿岸部の観光地には「レベル1:十分注意してください」が設定されており、「観光は止めないけれど油断は禁物ですよ、日本にいる時とは違って自分の安全に注意してくださいね」というメッセージを感じます。

 

各国のトラベルアドバイスは犯罪やテロ等の発生数や発生頻度のみならず、各国の自国民保護の考え方を踏まえ総合的に決定されていると言われています。イギリス政府の場合は自分の身は自分で守りなさい、というスタンスが比較的明確でありエジプト以外でも他国よりも比較的リスクレベルが緩めに設定されている印象があります。

他方でオーストラリア政府は全般的にリスク評価を厳しく設定する印象を持ちます。できるだけ危ない場所にオーストラリア人に旅行させないことが安全確保の第一歩だ、と考えているのかもしれません。

ちなみに、リスクレベルを一度上げた後、リスク評価を引き下げる場合もイギリス政府は他国に先がけて下げることが多いです。新型コロナウイルス感染症の影響で全世界一律渡航を推奨しないという事態になりましたが、イギリス政府は2020年7月24日に一部の国のリスク評価を引き下げました。2020年8月6日にはアメリカ政府が後に続き、大洋州の島国等患者数の少ない国は「十分警戒してください:Exercise increased caution」まで二段階引き下げられています。他方で、日本政府とオーストラリア政府は2021年後半に至るまで、できる限り海外への渡航は控えてくださいねという発信を変えませんでした。

2022年4月以降オーストラリア政府も徐々に新型コロナウイルス感染症の影響をトラベルアドバイス上のリスク要因から外し始めています。パンデミック前のリスクレベル設定に戻っている国も増えてきました。他方で、日本政府外務省はパンデミック前はほとんど設定していなかった「感染症危険情報」レベル1以上を全世界に適用し続けているのが現状です。

 

さらに、詳しくは取り上げませんが、アメリカ政府の場合歴史的経緯や現時点での対米関係を踏まえ他国政府と大きく異なるリスク評価をすることがあります。これはアメリカ人を敵視する国あるいは国民の多い場所に一般のアメリカ人が入り込まないようにするための措置と考えられます。やや極端な評価もありますのでこの点は注意しておきましょう。

 

同じ政府機関が発表するリスク評価でも国民保護に対する考え方が垣間見える、ということがわかっていただけたでしょうか?

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各国の傾向を踏まえて総合的な判断を

さて、ご自身が渡航したい国・地域に対し、イギリス政府、オーストラリア政府、日本政府がそれぞれ異なるリスク評価をしている場合、皆さんはどう感じられるでしょうか?どれも先進国の信頼できる政府の発表なのに、差があるならどれを信じればいいのか?なんてことを考えますか?

 

ちょっと目線をかえて日本国内で流通する大手新聞やテレビの報道を思い浮かべてみてください。何となくではありますが弱者保護を強く訴える傾向にある媒体もあれば、日本全体の経済優先の媒体もありますよね。また中国や韓国に対する報道姿勢などでも媒体によって多少の個性があることはご存じではないでしょうか?

メディアの報道ぶりについて、どれか一つが唯一の真実ということは滅多にありません。世の中には多様な見方があるでしょうし、置かれた立場によって同じ出来事に対しての意見や感想も変わってくるはずです。一つの媒体からしか情報を得ないとなると、どうしてもその発信主体と考え方が近くなってきますが、複数の媒体から情報を得て、ご自身の中で考えを整理するという作業を無意識のうちに皆様やられているはずです。

 

治安情勢、政治情勢についていえば、ニュースと比較しても勝るとも劣らないほどに複雑で、「これが真実だ!」といいきれる情報はないのです。また、アメリカ政府がそうしているように、アメリカ人にとってはリスクが高いけれど、日本人にとってはそれほどでもないという国もあります(極端な例はイランがそうです)。置かれた立場によって同じ国の中でもリスクが変わってくることもあります。

 

前述の通り通りイギリス政府は海外に渡航するイギリス人自身の自助努力を優先し、政府として最低限のアドバイスをする傾向にあります。オーストラリア政府は君子危うきに近寄らず、とでも言いましょうか、少しでもリスクが高そうな場所には渡航しないよう呼びかける傾向があります。日本政府は中間的であることが多いですが、リスク評価の引き上げ、引き下げは比較的他国の判断を横目で見ながら慎重に行う傾向を感じます。各種メディアに「クセ」があるように各国のリスク評価・トラベルアドバイスにも「クセ」は確実に存在します。

 

最初の問いかけに戻りましょう。同じ国に対し、主要国間でトラベルアドバイスが違っていることはやむを得ないのです。日本人の方は日本政府外務省の情報をまず信用するとして、その他の国がどのようなリスク評価をしているのかを把握し、皆さんご自身あるいは皆さんの所属する企業・団体にとってどのようなリスク要因があり得るのか、を総合的に考えることです。イギリス政府のリスク評価に対しては、「ちょっと緩めに設定されているかもしれないな」と想像しながら日本政府のリスク評価と比べてみる、アメリカ政府のリスク評価に対しては、「アメリカ人だけの特殊な注意事項が入っていないかな?」と仮説を持ちながら解釈を進めていく。ニュースを読み、皆さんの立場や企業・団体にどのような影響があるのかを考えるのと似ていますね。

 

海外で安全対策を見誤ると万が一の際は命や身体に深刻な影響を被る可能性があります。世界の主要国が無料で提供しているトラベルアドバイスを活用し、皆様ご自身に対するリスクがどの程度なのか、どんなリスク要因に備えておけば安心なのか、ぜひご検討の上で海外に出発なさってください。

この項終わり