BCP(事業継続計画)から考える安全管理

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BCPに注目せざるを得ない時代

新型コロナウイルス感染症に加えてロシアのウクライナ侵攻と先行きの読めない情勢が続いています。国内でも国外でも従業員の安全や健康を確保し、サプライチェーンを維持するというのは容易なことではありません。どんなビジネスであってもヒトが働き、モノを動かし、カネの流れを止めない、というのは必須です。

感染症であれ、戦乱であれ、はたまた自然災害であれこうした事業の継続に支障をきたす要因には事欠かないのは皆さんのご理解の通り。どんなことがあっても事業の継続を止めないための計画がBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)です。世の中が不安定になればなるほど、このBCPの重要性は増してきますよね。長引くコロナ禍を経て、行政も企業にBCPの策定を強く推奨するようになってきました。例えば東京都の産業労働局では中小企業含めBCPの策定や見直しを広く呼び掛け、その動きを支援しています。

 

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東京都策定のBCP策定リーフレット(リーフレットPDFより)

BCPがどういうものかを改めて考えてみましょう。BCPとは、大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の治安事案、大事故やサプライチェーンの途絶といった突発的かつ経営に影響を及ぼす様々な要因が発生しても1)重要な事業を中断させない、2)影響を受けてもできる限り早期に事業を復旧させる、ための計画です。事業が中断しうる要因に対する対応方針、緊急時の対応体制/対応手順をまとめたものと言ってもいいでしょう。

なぜ、こうしたBCPをわざわざ用意しておかなければならないのか?

それは不安定な国際情勢、世界情勢の中で事業に取り組む皆さんにとって

従業員の安全を守り、

顧客からの信頼を守り、

世の中一般の方からの評判(社会的責任)を維持し、

会社として売上/利益を上げ続ける

ためにほかなりません。

 

BCPを策定・運営する上で最低限必要な項目は

1.事業に影響を与える様々な不測の事態を洗いだす

2.経営資源(ヒト・モノ・カネ)を守る方策を設定しておく

3.最優先で継続すべきコア事業を選定しておく

4.緊急事態が発生した際の意思決定体制/手順を決めておく

5.早期の事業再開が可能となるような準備を行っておく

の五つです。そして、この内容を踏まえればBCPは緊急事態が発生してからではなく、緊急事態が発生する前の平時に準備しておかねばならないことは明らかでしょう。

感染症が広がってからリモートワーク体制を整えようとするのは時すでに遅し。自然災害で停電が起こってから自家発電装置を用意しても間に合いません。国家間の紛争が発生して移動が困難になってから従業員を避難させようとしても、うまくいかないのです。

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BCPの一部としての安全管理

現状日本ではBCPというと自然災害、工場等での事故あるいはサイバー犯罪から自社の事業を守ることに主眼が置かれているように思います。これに加えて、2020年以降二年も続いたコロナ禍で感染症リスクも追加してBCPを見直している企業が増えてきています。日本国内だけで事業を展開している企業の場合は事業継続に影響のあるリスクは主に上記4つで十分かもしれません。しかしながら海外で事業展開されている皆さんの場合には忘れてはいけないもう一つのリスクがあります。それがテロや紛争で従業員が死傷する・海外での事業継続が難しくなるケースです。

 

ご存じの通り海外では日本ではまず発生しないであろう大規模なテロ/襲撃事案もしばしば発生します。2016年にはバングラデシュの首都ダッカで日本人7名を含む22名が殺害されるテロ事案が発生し、一時同国での外国企業活動は大きく停滞しました。2019年にはケニアの首都ナイロビでJETROのほか複数の日本企業が入居するビジネスコンプレックスへの襲撃も発生し、一時多くの日本企業が関係者を退避させました。また、直近大きく報道されているとおり、ロシアとウクライナの軍事衝突では両国から日本企業の従業員が多数退避しています。

テロや襲撃事案、あるいは国家間紛争が発生しうる状況下で従業員の安全確保に企業として動かない(動けない)というのは社会的信用を失いかねない事態です。もちろん社会的信用だけではなく現地にいる従業員本人はもちろん、他の従業員からも不信感が募るでしょうから、「ブラック企業」と指弾されてもおかしくはないように思います。まさしく従業員の安全を守り、顧客からの信頼を守り、世の中一般の方からの評判(社会的責任)を維持し、会社として売上/利益を上げ続ける要素の一つが海外での安全/健康管理と言えますね。

海外でのビジネスチャンスを獲得するためにはどうしても日本よりも治安・政情が不安定な場所に出ていかなければなりません。そして日本人の従業員を駐在/出張させれば言葉の問題や土地勘、あるいは現地風習への適応など緊急事態が発生しても日本と同じようには回避しづらいリスク要因を抱えることになります。そうした事情を踏まえ、海外に事業展開する場合には、海外で活躍する人材と海外事業を守るBCPも検討しておかなければならないのです。

 

企業・組織にとっても海外で活躍できるような貴重な人材を失うことは非常に大きな損失であるはず。その上、企業としてリスクを取って海外事業に取り組んできたわけですから、その基盤を簡単に失うことも望ましくありません。海外事業に取り組むにあたっては事業の継続、万が一の際の緊急対応、そして事業の早期復旧、いずれも日本国内の事業以上に綿密なBCPの構築が必要と言えるでしょう。

 

現地の治安・政情リスクはどう動く可能性があるか?

どういった状況になった場合に駐在員・関係者の退避を検討するのか?

いざ退避となった場合にどういった手順を踏むのか?

現地のビジネス継続に必要な最小限のリソースは何か?

緊急事態が終息した後事業の復旧に真に必要なものは何か?

どうしても日本(国外)に持ち出さなければならないものはなにか?

日本人が全員退避したとして現地従業員等の雇用や事務所はどうするのか?

どういう状況になれば駐在員・関係者を現地に戻すのか?

といった点はできれば海外進出の初期に決めておくことが望ましいと言えるでしょう。

 

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「安全最優先」では済まない世界

海外事業に取り組む上で海外での安全管理もBCPに組み込むべき、というお話をしてきました。弊社は海外での安全管理コンサルティングを生業にしていますので、「安全最優先」を掲げるとお感じかもしれません。海外での安全管理というと何かと

危ない国・地域には進出しなければいい

危なくなったら(外務省が危険情報を引き上げたら)全員引き上げてくればいい

と考える方も多くいらっしゃると思います。しかしながら、本当にそれでビジネスは成り立つのでしょうか?弊社は安全管理はあくまで顧客の皆さんの事業活動を持続可能にするための一つのツールであるととらえています。『安全管理至上主義』ではなく、安全対策と事業の適切なバランスを、顧客の皆さんの意向を踏まえてアドバイスすることが本当の意味での危機管理コンサルティングではないでしょうか?

設備投資を全くせずに=リスクを取らずに事業が成功しないのと同様、安全上のリスクも全くとらないままビジネスを成功させることはできません。大切なのは事業の継続・発展を睨んで適切な投資額を決めること。これは安全対策にも当てはまります。弊社では顧客の皆さんが許容できる範囲にリスクをコントロールするお手伝いをしたいと考えています。

 

 

今現時点で「安全」とされている国・地域でも突然政情が不安定になったり、紛争が発生したり、未知の感染症の震源地となりえるのです。「危ない国・地域には進出しない」という方針であれば日本も含め世界のどこでもビジネス展開が難しくなってしまいそうですね。

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キエフ市内は一か月で様変わりしている(BBCのウェブサイトよりキャプチャ)

 

また、危なくなったら逃げればよい、と口で言うのは簡単ですが、実際には極めて困難です。海外で事業展開をするということは、現地に日本人の駐在員がいるだけでなく、その家族や現地人の従業員もいます。事務所や生産設備や各種関連企業との契約もあるはずです。こうしたものをすべて無視して「危なそう」という理由で退避を決行するのは至難の業。

現地従業員の雇用はどうするのか?

資産・在庫の扱いは?

関連企業との契約を違約金や訴訟覚悟で反故にするのか?

といった難題は現地事務所ではなく本社の経営層が決めなければなりません。日本政府外務省の危険情報が引き上げられるタイミングは民間企業では読めないでしょうし、いざレベルが引き上げられたとしてもヒト・モノ・カネすべてに影響が大きい判断を迅速に下せないことが一般的です。

 

「人命を最優先に!」という標語は誰も反対できませんし、海外事業展開を行う上で多くの企業が掲げていると思います。安全管理だけを取り上げたワークショップを実施すると誰もが「危なくなる前に退避」という選択肢を選ぶのですが、現実はそう簡単ではないことは冷静に考えてみると理解していただけるはずです。よしんば日本人従業員・関係者が退避したとして、状況が改善した後に、危機発生前と同じようにビジネスを再開できるでしょうか?

 

そう、

危ない国・地域には進出しなければいい

危なくなったら(外務省が危険情報を引き上げたら)全員引き上げてくればいい

という考え方はある種『安全管理至上主義』とも言えるもの。海外事業のリアリティを抜きにして安全を最優先に、というお題目を掲げるのは机上の空論であり、適切なBCPとは言えません。海外でのビジネス展開を持続可能にするためには、安全対策と事業継続の両立を常に考えておかねばならないのです。

 

この項終わり