海外における安全管理の「実効性」を考える~防災、サイバーセキュリティの事例から~

この記事のURLをコピーする

東日本大震災以降の防災意識の変化と『実効性』

2011年3月11日の東日本大震災を境に、日本人の防災意識は大きく変わったと言われています。あの日の津波映像が多くの人に深い衝撃を与え、価値観や行動に影響を残したことは間違いありません。あの瞬間を境に、「備えなければ」という言葉は、単なるスローガンではなく、日常の会話の中に自然と入り込むようになりました。自治体の防災訓練や企業のBCP策定も一気に広がり、防災関連の市場も拡大しました。日本社会全体が“災害と向き合う姿勢”を持ち始めたのは確かです。

しかし、ここで一つ立ち止まって考えてみる必要があります。意識が変わったことと、行動が変わったことは同じではありません。旭化成ホームズの調査によると、「防災対策は必要だと思うが、防災用品を準備していない」という方が依然として50%前後にとどまっています。400人もの方にインタビューしていますので信頼性が低いとは言えません、つまり、日本人全体にあてはめてみても半数の人は「地震や台風による被害が毎年のように起こる分防災対策の必要性は理解しているが、自分を守るための行動ができていない」ということです。なかなか考えさせられるアンケート結果ではないでしょうか。

これだけたくさんの方が行動していない、という事実から考えればこれは準備していない方を責めるべきなのではなく、目の前に危機が迫らないとなんとなく対応を後回しにしてしまう人間の自然な反応と解釈せざるを得ないのかもしれませんね。今日、明日すぐに困るわけではない。だから先送りしてしまう。まして、様々なモノの値段が上がっている今は備蓄をしづらい世相にあるでしょう。このタイミングで確実に危機が迫りますよ、と明言できない以上、災害対策は日常の優先順位の中でどうしても押し出されてしまうのです。ただ、日本という国に暮らす以上、自然災害は避けられません。地震、台風、大雨、火山噴火。どれも起こるか起こらないかではなく、いつ起きるか、が焦点です。だからこそ、防災対策はやっておくといいかもしれませんね、ではなく、やらなければならないことに近いはずです。にもかかわらず、個人レベル・世帯レベルでの備えは十分とは言えない。このギャップこそが、日本の防災の大きな課題だと感じています。

一方で、個人とは別の意味で課題を抱えているのが、企業や自治体、学校といった組織です。これらの組織は「防災対策をやっています」とアピールすることが求められる場面が多く、結果としてアリバイ作りのような対策が増えてしまう傾向があります。例えば、立派なマニュアルを作る、訓練を実施する、備蓄品を揃える。どれも必要なことですが、

マニュアルがどこに保管されているか引き継がれずいざという時に参照できない、

であるとか

備蓄品の賞味期限が切れていたり適切に保管されていない

といった

現実があるとそうした対策が実効性を伴っているかどうか疑問を禁じえません。

実効性のない対策は、意味がないどころか、コストや手間だけがかかるという点でマイナスですらあります。マニュアルが分厚すぎて誰も読まない、訓練が形骸化している、備蓄品が期限切れのまま放置されている。実は私にご相談を頂く組織でもこうした例は珍しくありません。防災対策は「やっている感」を出すためのものではなく、いざという時に人と事業を守るためのものです。にもかかわらず、形式だけが整い、中身が伴っていないケースが後を絶ちません。本当の意味で身を守るためには防災や安全管理の「実効性」に本質があります。

 

海外安全メールマガジン登録

組織のアリバイづくりと備えすぎの罠──サイバーセキュリティの例から

実効性の欠如は、防災だけの問題ではありません。サイバーセキュリティの世界でも、同じ構造が見られます。情報漏洩やシステム停止といったIT関連の脅威が増す中で企業は次々と製品を導入しています。NPO日本ネットワークセキュリティ協会の統計によれば、過去10年でサイバーセキュリティ分野の投資は約3倍に伸びています。

しかしながらあれもこれもやらなければならない!とツールやサービスを導入しすぎた結果

アラートが多すぎて担当者が処理しきれない、

誤検知が多く、本当に重要な兆候を見落とす

対策機能が重複し、コストだけが膨らむ

といった「対策疲れ」が起きているとの指摘(2026年3月22日付日本経済新聞の記事)もあります。

製品を増やせば安全になるわけではなく、むしろ逆効果になることすらある。これは、防災対策が「アリバイ作り」に偏る構造とよく似ています。必要なのは、製品の数ではなく、自社のリスクに即した設計と運用です。外部サービスを入れれば解決するという話ではありません。自分たちの事業特性、脅威の種類、組織の規模、担当者のスキル。こうした要素を踏まえて、どこに力を入れ、どこを割り切るのか。これは外部が決めることではなく、組織自身がイニシアチブを取って決めるべきテーマです。

先ほどご紹介した日本経済新聞の記事によれば、サイバーの世界では、製品を減らし、ログを統合し、分析の質を高める動きが出ているとのこと。つまり「数を増やす」から「仕組みを整える」への転換です。これは防災や安全管理にもそのまま当てはまります。備えを増やすことが目的化すると、現場は疲弊し、肝心な時に動けなくなる。備えすぎもまた、実効性を損なうのです。

 

海外安全セミナー

海外安全管理に求められる実効性──「動く仕組み」をどう作るか

海外の安全管理でも、似たような実効性の壁にぶつかっている企業・組織を多く見てきました。世界情勢が落ち着かない今、どの国で何が起きても不思議ではありません。イラン情勢を持ち出すまでもなく、危険情報が出ていなかった国が、ある日突然「レベル3:渡航中止勧告」に引き上げられることだってあります。こうした変化は、決して遠い世界の話ではなく、海外事業に関わる企業にとっては日常の延長線上にある出来事です。

 
 

多くの企業は「何かあってから相談する」傾向がありますが、残念ながらそれでは間に合わないことが多いのも事実です。とはいえ、リスクを過大評価しすぎて海外事業そのものを萎縮させてしまうのも本末転倒です。せっかく積み上げてきた現地との信頼関係や、将来の収益機会を恐怖心、なんとなく危なそうという判断だけで手放してしまうのは、あまりにももったいない。海外の安全管理は、防災やサイバー以上に情報源が不確かで信ぴょう性の確認も難しいのは事実です。しかしながら判断の難易度が高く、準備が難しい領域だからこそ、実効性のある社内危機管理体制が構築できている企業とそうでない企業には海外事業における強靭性は大きく差がつくのです。

 
 

例を挙げてみましょう。例えば海外事業の安全管理において重要なのは現地で実際に起こっていることを正確に、適切なタイミングで把握できるか、という情報の精度とスピードです。現地からの通信が途絶えることもありますし、国際報道が誤った印象を与えることもあります。SNSでは断片的な情報が拡散し、日本ではセンセーショナルな映像だけが切り取られる。こうした情報の温度差は、海外安全管理の現場では日常茶飯事です。

 
 

加えて、何かあった際の安否確認の難易度は日本における防災とは段違いに複雑です。日本人駐在員だけでなく、現地採用社員、第三国籍の従業員、家族、委託先といった多様な関係者についてどこまでを安否確認の対象にするのか。通信が途絶えた場合の代替手段はあるのか。また、時差のせいで日本の真夜中から早朝に事件や事故が起こることも少なくありません。そういったタイミングでも本社の初動が遅れないようにするにはどうしたらいいのか。これは平時から具体的に「動く仕組み」を意識して準備しなければ対応できないのです。
 
 

かなり難しいことを書きましたが、こうした課題を完全にクリアしている企業・団体は実はほとんどありません。弊社に相談を頂く=課題意識が高く、予算も用意している企業・団体であっても実効性のある安全管理体制を構築しようと試行錯誤しながらよりよい「動く仕組み」を探しているのが実態です。紙の上の計画ではなく、だれが、何を、どうやって、いつ、どのように行うのかを整理しておくことが大切です。その上で、予想外のことも多々発生する緊急事態の中でより適切に従業員や関係者を守る仕組みはないか。組織として予算面でも人材面でも継続的に運用できるやりかたはないか。最初から完璧を目指す必要はありません。むしろ継続的に改善していくことを前提にして第一歩を踏み出していただいた方がよいと我々は考えています。

 
 

防災もサイバーも海外安全も、本質は同じです。必要なのは実効性であり、費やした金額や見栄えの良い対策ではありません。自分たちの手で、自分たちの組織に合った安全管理を設計し、「動く仕組み」を運用し続けること。その積み重ねこそが、いざという時に人と事業を守る力になるのだと感じています。

この項終わり