安全対策への「投資」効果はあるのか

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災害被害に見舞われる前の「投資」は安上がり

「100年に1度」と評される災害がこの数年毎年のように日本を襲っています。この現象は決して日本だけの特殊な要因ではなく、アジア全体でも似たような現象が発生しているようです。2020年8月には中国四川省で、多数の工場が浸水しました。2021年には季節外れの竜巻がアメリカ中東部を襲ったのも記憶に新しいところです。

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異例の竜巻で甚大な被害を受けた人々を見舞うバイデン大統領(ガーディアンのウェブサイトよりキャプチャ)

 

 

2020年12月6日付の日本経済新聞によれば、中国で本年1月~9月に洪水が発生した河川は例年よりも8割多く、被災者は過去5年平均よりも2割多いという状況だったようです。以前当サイトのコラムでご紹介した通り、過去のデータ的には100年に1度だった災害が自然環境の変化に伴って毎年のように発生するようになったとすれば、自ずと人間社会側の対応も変わらなければなりません。もし、今まで大丈夫だったのだから、と特段の対応をせずに、100年に1度の災害に見舞われてしまった場合当然のことながらインフラの破壊や経済活動の停止といった危険性も増すに違いありません。

 

日本経済新聞の記事によると、2030年に「10年に1度」を想定した河川災害の被害額予想はアジア全体で最大で合計8.5兆ドルとのこと。他方で、ダムや堤防等の防災インフラを「50年に1度」の河川水害に耐えられるよう整備する場合に必要と想定される向こう30年間の投資額合計は中国で3470億ドル、インドで2170億ドルとされています。投資額だけ見れば日本円で60兆円規模ですので極めて大きいですが、被害想定額はその10倍以上となる900兆円規模。最悪を想定した被害額との比較であることを差し引いても、被害額は必要な投資額に比して桁が一つ違います。

 

このことだけ見ても災害に備えるための費用はコストではなく「投資」であり、十分な費用対効果があることが理解できると思います。この投資効果を見える化したよい図表がありましたのでこの場でご紹介します。国際協力機構(JICA)のパンフレットで紹介されている次の図が防災投資の有無による経済成長の違いを明確に表現しています。

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災害への予防的投資効果の便益モデル(JICA「防災の主流化に向けて」よりキャプチャ)

 

詳しい説明はJICAのウェブサイトや報告書をお読みいただければと思いますが、防災投資をしている場合は直接の被害が小さくなるだけでなく、復興までの時間も短くなります。このため、短期間で災害が続発した際の被害も相対的に小さくなるので、中長期的には経済発展を大きく妨げる結果にはならないというのです。

 

自然災害は基本的にいつ起こるかわかりません。何も対策をしなくても、何も起こらないということだってよくあること。それでも長期にわたって全く災害が発生しないという想定は甘いということは皆様も身をもって感じておられるはず。今は良くても防災投資をしなければ将来甚大な損失が発生するのであれば例え目先のコストが膨らむように感じても投資しておくべきなのではないでしょうか。

 

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安全対策への「投資」、裨益効果を考える

海外での安全対策についても似たような議論が行われています。海外で万が一にもテロや襲撃に巻き込まれた際、被害は甚大になります。ただし、テロや襲撃が毎日のように起こるというわけではありませんし、皆さんの進出先で過去にほとんどテロが発生していない、というケースもあるでしょう。そのため、

 

「いくら何でもテロに備える必要があるのか?」

「ここまで安全対策に金をかけて効果があるのか?」

「費用対効果が説明できないなら安全対策のコストは減らすべきだ」

 

といったご意見のボリュームが大きくなるのも理解できます。災害と同様、いつ緊急事態が発生するかわからず、発生するまでは投資効果が確認できないのは間違いありません。

他方で、この10年ほどで、テロが世界各地に広がっているという事実も直視すべきではないでしょうか?防災分野で自然環境の変化に対応することが求められているのと同様、世界各地にテロが拡散していることを踏まえれば前提条件が変わったとも言えます。

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テロによる死者が発生している国の数は15年前と比較して倍増

実際に被害が発生し、従業員/関係者が巻き込まれてしまった際に対応を迫られるのは企業・団体です。そしてその安全対策に問題がなかったか安全配慮義務を満たしていたか問われるのも企業・団体です。

前提条件が変わっているにも関わらず、

 

 これまでと同じ安全対策の在り方でいい

 過去に投資したが目に見える成果がなかった(から安全対策への投資は縮小する)、

 

という判断でよいのか、は改めてご検討いただくことをおススメします。

前掲のJICA報告書によれば防災分野での投資は以下の二つの効果があります。

1)直接的な被害の軽減

2)復興・復旧までの時間の短縮

当サイトが考える安全対策への投資の効果も二つに分類できます。

1)直接的なテロ・襲撃や犯罪の被害の軽減(発生確率の低減+被害度合いの軽減)

2)万が一被害が発生した後のレピュテーション回復力

1)は言うまでもありませんが、2)の効果も小さくありません。上場企業であれば株価にも影響しうるでしょうし、一般論として安全対策が不十分な会社にはいい人材も集まりません。安全対策に投資を行うということは、万が一の際ヒト・モノ両面で皆さんが行われている海外事業展開力の損失を防ぐことでもあるのです。

【参考コラム】海外での安全確保/健康管理も投資家の評価軸になる時代がすぐそこな理由

~サイバー攻撃被害は株価低迷を招く~

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長期的な持続可能性を追及するという考え方

安全対策への投資だけを取り上げるとまだまだ実践事例は多くありません。公共交通機関や航空会社では安全そのものがお客様へのサービスの一部であるという考えに基づき、積極的に取り組まれていますが、従業員や関係者を守るための安全対策推進、投資方針をうたっている企業・団体はそれほど多くないのです。

 

ただ、最近になって短期的なコスト増を受け入れ、より長期的視野での事業持続可能性を追及する例が出てきています。そういった企業の合言葉は徐々に浸透し始めているESGであったりSDGsといったキーワードです。例えば、花王株式会社は2019年9月以降大きくESG経営に舵を切ると宣言しました。

2020年の第35回日本証券アナリストで同社の澤田社長はこのようにお話されていました。(当サイトの代表である尾崎は日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)でもあります)

 

これまで社会貢献的な活動は、注力すればするほどコストがかかって利益が下がると言われてきたが、それでは活動は長続きしない。活動を続けるためにはリターンを確保する、すなわちビジネスにしないといけない。このため守りではなく、攻めのESGにする、コストをかけるというのではなく投資をするという考え方に立たねばならない。

(中略)

製品を発売して終わりではなく、廃棄、処理まで責任を持つ必要がある。モノづくりの会社は製品を作って販売して終わりというケースが多いが、ESGをしっかりやるためには、廃棄、処理まで責任を持たなければならない。これまで当社は、垂直統合ということで原材料の調達から製品の販売までのところに関わってきたが、これからは最終処理・リサイクルのところまで自分たちでやる覚悟で、モノづくりを進めることにした。最後の廃棄、処理のところに負荷がかかっているが、この負荷をなんとかして軽減しないとビジネスが継続できない。

 

石けんや洗剤等のメーカーとして日本トップの企業が短期的なコスト増を厭わず、容器のプラスチック使用量削減やリサイクルしやすいパッケージ開発を自社の負担で行うとの決意表明がなされているのです。澤田社長がおっしゃるようにこれは「コスト増」という発想ではなく、長期的に利益を獲得し続けるための「投資増」なのでしょう。

 

防災分野、ESGやSDGsといった経営分野でも短期的なコスト増を投資として考える動きが進んでいます。今はまだ発生していない/顕在化していない将来的なネガティブインパクトにどう備えるかという点では両者に通底する思想は同じ。

そしてまた滅多に起こらない従業員/関係者のテロや襲撃、犯罪被害にどう備えるかという点では安全対策への投資も相似形です。海外で事業展開をされている企業・団体の皆様はぜひとも安全対策についても従業員/関係者だけでなく会社・団体を守るための投資としての安全対策経費の在り方についてご検討いただけるよう切に願っております。

 

この項終わり