危機管理のためのシナリオ予測は6:1:3で構築せよ

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未来は予測できない

我々がお客様からのご相談を伺う中で、非常に多い質問ジャンル

 

 ・(特定の国で)リスクは今後どうなりますか?

 ・(世界が注目するイベントは)どういう結末になりますか?

 ・(特定の事件の後)世界でどんな出来事が起こりますか?

 ・(想定されるリスクについて)どの程度拡散しますか?

 

といった未来予測に関する問い合わせ。こちらが未来を知っていることを期待しているかのようなご質問をいただくこともあります。その質問にだけ回答しようとすると多くの場合答えは「わかりません」に帰結します。不確実な未来について責任をもって結果を断言することはできないのです。しかしながら、なぜその国で想定されるリスクがこれなのか、なぜこの事件の余波が世界各地に及ぶのか、といった背景を説明することは可能です。なぜならこれは既に起こったことや、既に発表された情報の組み合わせだからです。

未来についても過去の延長線上と考えればいくつかのシナリオを想定することはできます。ただし、それらがどの程度の確率で発生するのか、また新しいシナリオが生まれるのか等正確に読み解くのは至難の業。実際にはいくつかのパターンを想定し、それぞれどの程度の割合で発生しそうなのか、またある事象が発生した場合にさらにその後どのような分岐点が存在するのか、を考えていくことで複数のシナリオを想定することが可能になるのです。我々セキュリティコンサルタントの本質的価値の一つはこうしたシナリオ予測をロジカルに、そしてわかりやすくお伝えすることだと考えています。

 

何らかリスクイベントが発生した際、結末がわかったように解説する方、絶対にこうなるから俺を信じろ!と主張される方もいらっしゃいますが、セキュリティコンサルタントは占い師や予知能力者ではありません。(いないとは思いますが)未来のことが分かるような発言をして、断定的な判断をするコンサルタントがいれば、むしろ事態の複雑性を理解していない証拠と言ってもいいくらいです。どれだけ有能なセキュリティコンサルタントと言えど、正確な未来予測ができるとは言えない一人の人間でしかありません。ただ、有能なセキュリティコンサルタントが皆さんと一線を画す理由は間違いなくあります。例えば、安全に関連しうるニュースをキャッチできる範囲が広い、ニュースとして報じられる出来事の背景まで正確に把握している、公開されている情報の読み解き方を知っている、公開情報の裏を取る手段と人脈を持っている、最悪の事態においても安全度を高める方法を複数知っている、といった違いです。

海外で安全を確保する上で大切なのは正確な未来予測をすることではなく、ある程度どんなことがあっても安全対策を実践するコツを知っていることなのです。

危機管理には未来予測ではなく、シナリオ想定が重要

セキュリティコンサルタントというと、あたかもスパイのように機密情報をたくさん持っており

 

 いつ

 どこで

 だれが

 何のために

 どうやって

 どんな事件を起こすのか

 

などがよくわかっているからこそ、安全対策ができると思い込んでおられる方が時々いらっしゃいます。正確に未来予測ができる分的確な安全対策のアドバイスができるのだろう、と。

ただ少し考えて頂きたいのですが実際には上記のような情報がわかっているのであれば安全対策のアドバイスなどやっている暇があったら事件が起こらないよう未然に防ぐのが正しい人間というものでしょう。もし、テロであれ強盗であれ、なんらかの悪事が行われることを正確に把握した上でなお安全対策アドバイスを有料で提供しているのであれば、もうそれは実行犯の一味といっても過言ではありません。

皆さんご存じの通り、現在の世の中は様々な要因が複雑に絡み合っています。自分自身の判断ですら、時々刻々と予期せぬ事態に影響されて変わっていくことを皆さんもご存じのはず。この状況下で宗教や民族、政治的立場、あるいは国家同士の関係性や地理的な特徴などが大きく異なる他国ただし、起こりうる最悪の状況を想像することはできます。本当に最悪の状況が起こるかどうか、はわからなくても、「頭の体操」はできるはずです。そして、最悪の状況でも場合に関係者の被害を最小化する取り組みを進めることもできるはずです。セキュリティコンサルタントとして皆さんの安全対策をアドバイスする立場に必要なのは、正確な未来予測よりもシナリオの想定とその対応策のイメージです。

 

安全対策という分野に限ると特殊な能力のように思われがちですが、日頃の企業活動に置き換えて考えてみるとビジネスにおけるリスク管理、シナリオ想定にも似ています。

 

 ・今後受注が見込めそうな業界はどこか?

 ・人材確保や生産コストに関連した社会的変化の予兆はあるか?

 ・取引先の支払いが滞った場合の対応策は?

 ・景気の急激な落ち込みでも耐えられる財務体質にするには?

 ・複数の提携企業候補から業務提携先を決定するには?

 ・突然アクティビストから株主提案が来た場合の防衛策は?

 

こういった経営上のリスクを想定し対応策を事前に用意することと、海外で発生しうる事態に備えた安全対策を講じることは基本的には同じ。経営会議などで上記のような議論をされる場合には「100%こうなる」といったイチかバチかの前提条件を設定することはないはずです。取引先がこうなった場合のオプションは1、2、3・・・。景気が悪化した場合の想定として、深刻な影響がある場合、中程度の影響がある場合、影響が軽微だった場合、それぞれ銀行や債権者、株主とどのような対話をするのか、また従業員の雇用はどの程度守れるのか、など複雑なパターン分けをして考えておられるのではないでしょうか?

 

海外における安全対策の素になるリスクシナリオの検討も基本は同じ。ただ、海外の安全対策においては、皆さんが普段考え慣れていないというだけです。正確な未来予測がないと何もできない、と立ちすくんでいては、危機が現実になったとき太刀打ちできません。また、「絶対にこうなるから、こうすべきだ」といったいわゆる一本足打法に近い危機管理手法ではその前提が崩れた際に対応ができなくなってしまします。事実上未来予測が不可能と言ってもいい状況下での海外安全管理では、ある程度どんな状況でも、皆さんが守るべき関係者の命や重要な企業資産を守り抜くために頭の体操を行うことが一番大切なのです。

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シナリオ予測のコツはメインシナリオ:楽観シナリオ:悲観シナリオ=6:1:3

実際にシナリオ予測を行うためには様々な情報を集め、整理し、段階的に解析を追加していかなければなりません。地政学リスクであれ、一国の選挙結果予測であれ、具体的なシナリオ予測のやり方を文章で解説するのはなかなか骨が折れます。例えば経営コンサルティングの文脈でシナリオプランニングのやり方を解説している野村総研のホームページでも5つのステップとそれぞれの目的は解説されていますが、このページを読んだだけでシナリオプランニングができるようになるとは思えません。

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野村総研が公開しているビジネス上のシナリオプランニング策定手順

さらに、ビジネスと比して海外での安全管理に関するシナリオプランニングの場合一般の企業/大学/団体の方にはハードルが存在します。それは、ご自身が関わる取り組みと直接関係のない世界各地で起こっている出来事やその背景に関する情報を広く集めなければならない点。ご自身が日ごろ取り組まれているビジネスやプロジェクトを取り巻くトレンドや環境変化因子は把握しやすいでしょうし、新しい情報があれば日々アップデート可能だと思います。

しかしながら、世界各地で起こる治安事案や政治情勢、あるいはテロ組織の動向、選挙の情勢分析は皆さんの日常の範囲にないことがほとんどです。このため、仕事をしながら情報を把握することはもちろんのこと、どこで情報が確認できるのかを知るだけでも一苦労です。他の業務と兼務しているならなおさらでしょう。このため、海外の情勢分析、シナリオ予測には我々のようなセキュリティコンサルタントの活用をご検討いただくことがおススメです。

 

とはいえ、そう簡単に危機管理に予算を割けない、というお立場の方もおられるでしょう。そのためここで一つだけ海外の情勢が今後どうなりそうかを考える際の簡単なコツをお伝えします。そのコツとはシナリオ予測を3つにわけることです。

現状に近く、概ねこうなるだろうと言われているメイン(現状維持)シナリオ、

首尾よくいけば危険度が少し下がるだろうという楽観シナリオ、

もしこうなったら厄介だ/なにかしらの追加対応を考えなければならないという悲観シナリオ、

の3つに区分して考えていくと頭の整理がしやすいです。不慣れな世界情勢分析の分野で精緻な分析・シナリオ構築をしようとすると混乱が深まったり、時間だけが経過しいつまでたってもシナリオ予測ができなかったり、出来上がったシナリオが結果的に矛盾していたり、という事態に陥りかねません。シンプルな発想で現状維持:楽観:悲観という3つのシナリオを想定していただくとよろしいかと思います。

もう一歩踏み込んでコツをお伝えするならばそれぞれのシナリオの発生確率を6:1:3で想定しておくとよいでしょう。現在の状況に近くリスクレベルの上げ下げが必要のない現状維持シナリオが6割程度。6割という数字はやや控えめに見えますが一般的にシナリオ予測する際には「現状維持バイアス」がかかりやすい点を考慮して当サイトではメインシナリオの確率は6割程度に仮置きすることをおススメします。そして確率を設定する際にミソなのが楽観シナリオよりも悲観シナリオを重視しておくこと。治安情勢が改善したり、外国人が行動しやすくなる状況になる分には多少対応が遅れたとしても(行動規制の解除が遅れても)関係者/従業員の命を脅かすことはありません。しかしながら、治安情勢が悪くなる、暴動や内戦が発生することをあまり想定していなければ対応が遅れ、より大きくリスクを背負うことに繋がります。このため、当サイトでは現状からなんらか変化が発生した場合の変化の仕方として、

今よりも状況がよくなるケース=25%

今よりも状況が悪くなるケース=75%

という重心の置き方を基本としています。悲観シナリオにより意識を置いておくことで、いざ悪いことが発生した際にも対応がスムーズとなります。

この項終わり