日本国内駅や電車での襲撃事案
ご存じの通り、日本国内で列車内、あるいは鉄道駅構内での襲撃事案が続いています。銃が流通していない日本国内ですので、主な犯行手法はナイフを用いた襲撃や可燃性の液体への放火です。銃を用いた時と比較すれば被害はまだ少なくて済みますし、そもそも凶悪な発生件数も他国と比べれば極めて少ないというのが実態です。
それでも、普段安全な日本で相次いで一般人を巻き添えにする傷害事件が発生するのは異例の事。これを踏まえ、例えばイギリス政府は2021年11月9日付で日本滞在中あるいは日本に旅行するイギリス人向けに以下のような注意喚起を追加しました。
簡単に日本語で要約すると「夜出歩いたり、公共交通機関を利用しても一般的に安全な日本だが、最近東京メトロ等での無差別傷害事案が複数発生している。世界的にはこうした事案は極めてまれではあるが、今一度緊急事態に巻き込まれた際の『逃げる・隠れる・通報する』とった基本的な対処方針を理解しておくことを推奨する」といった感じになります。
【参考記事】進化する犯罪/襲撃 我々は被害を防げるのか
見せる警備による抑止効果
事件が相次ぐ中、公共交通機関を管轄する国土交通省や各地の警察、民間交通事業者も対策に乗り出しました。例えば11月16日には埼玉県で大宮警察とJR東日本が連携し、駅構内で刃物を振り回した男が現れたという設定の訓練を行っています。
これまで地震や津波、あるいは火事といった災害を想定した避難訓練などは広く行われていました。他方で、イギリス政府の見解にもある通り、世界的に見れば日本国内での無差別傷害事案などが極めて少なく、安全な国だったこともあり、刃物を持った人物を制圧する訓練等が頻繁に行われては来ませんでした。
実際に皆さんが公共交通機関に乗った経験からも、警備員があちこちに立っている、警察が時々乗り込んでくる、といったシーンはほとんど見かけたことがないはずです。つまり、犯行を考える側からすれば、すぐに取り押さえられる心配もないし、取り押さえるための訓練もしていないだろうという捉え方ができるわけですね。
今回NHKで大掛かりな訓練の様子が報じられたことで模倣的な犯行を思いとどまらせる効果が期待できるかもしれません。防犯カメラやセンサー式照明があることで一定程度犯行を思いとどまらせることができることは事実です。実際には訓練をやっていることや防犯機器の存在を示したところで、犯行を完全に防げるわけではなく、被害を防ぐために多重の防御を講じる必要はあるのですが、何らかの犯行を計画する立場からすれば警戒態勢が見えることで、やりにくさを感じることは間違いありません。
このような考え方は海外での安全管理にも役立ちます。例えば、リスクが比較的高い国や地域で日本人が活動する場合、あえて「見せる警備」を行うことで襲撃を思いとどまらせる方法があります。
制服を着たセキュリティガードを同乗させる
治安当局や警備会社の車両と車列を組んで移動する
必要に応じて治安当局の協力を得て交通整理を行ってもらう
といった対応を講じることで、万が一当該日本人が襲撃の標的になっていたとしても犯行を断念させうると言えるでしょう。まったく警護されていない標的を狙う場合に比べ
厳重な警戒を破って攻撃ができるのか、
もし攻撃したとしても反撃を受ける可能性が高い、
うまく襲撃を成功させたとして警護側から逃げおおせるか
といった点を改めて考える必要が出てくるためです。このため、リスクの高い国・地域で特に日本人の役職者などが移動する際には手間をかけてでも「見せる警備」を行うことが推奨されます。
ただし、「悪目立ちしてしまう」こと、すなわち明らかに重要な人物がそこにいることが目に見えてしまうという点はデメリットと言えるかもしれません。さらに、警備体制が明確になっていますので、見えている警備体制を突破するためにはどうしたらいいか、という攻撃側が作戦を立てることも可能となってしまいます。警備が厳重な軍基地や政府庁舎への攻撃がなくならないのは、リスクを冒してでも攻撃するだけの価値がある場合、警備体制を踏まえた攻撃手法を検討しているという要因もありますね。
付け加えるとすれば、こうした「見せる警備」にはどうしてもコストがかかるというデメリットもあるでしょう。
見せない警備によるリスクの低減
「見せる警備」にデメリットがあるということは、そのデメリットを克服する別のやり方があるということです。あえて誰の目にも明らかな警備体制を示すのではなく、むしろ警備なんかしてませんよと、思いこませる安全対策もあるのです。いうなれば「見せない警備」。
具体的には
海外の活動地でよく乗られている車種を利用
警備員の同行はさせない、あるいは私服で同乗させる
治安当局等による同行警備も行わない
あえて地元の人たちを同じような行動をとり、大衆に紛れ込む
といった安全対策体制の事をイメージしてください。地元の方に溶け込む、紛れ込むような動きを意識しますので「悪目立ち」することもなければ各種雇用契約、設備費等が少なくて済む分コストも比較的かかりません。「見せる警備」に対してデメリットと表現した課題はクリアできていますよね。
ただし、「見せない警備」の弱点はやはり警備体制の弱さ。万が一襲撃等の対象となった場合にはその場を自力で乗り切らなければならないとも言えます。もちろんこうした弱さを補うために、いざという時に駆けつけるチームを用意しておく、定時連絡を行うことで移動中の安全確認を行う、といったバックアップ体制は必要でしょう。もしバックアップ体制が用意できるのであれば常に「見せる警備」を行うだけが安全対策ではない、目立たず行動するという「見せない警備」も選択肢の一つになりえることをご理解いただけるのではないでしょうか?
海外での安全管理実務を担当される方はまず「見せる警備」と「見せない警備」の二つのオプションがあることだけでも覚えておいていただくとよいと思います。ビジネスでもスポーツでもそうですが、代替案があるとより余裕を持った対応ができるようになります。特に予算や時間、人的リソースの制約の中で安全対策を行うという難しい状況下ではオプションが大いに越したことはありません。
最終的にどちらの警備体制が望ましいのか、どのようなバックアップ体制を想定しておけばよいのか、は皆さんが活動されるエリアの実情や、その活動の背景、目的、頻度等を踏まえて総合的な判断が必要です。当サイトを運営する株式会社海外安全管理本部を含め、セキュリティコンサルタントにご相談いただければ望ましい対応方針やいくつかのオプションが提示されるはずです。もし、この記事をお読みいただき、少しだけでも相談してみようか、ということであればコチラのフォームから承ることも可能ですのでご検討ください。
皆さんの海外事業展開、留学等が無事に行われること、また従業員・学生・関係者皆様が安全に帰国されることを願っています。
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