わかっちゃいるけど、備えられない

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日本で大震災に備えている人の割合は?

日本が災害大国であることは皆さんもご承知の通りです。この10年ほどの間でも東日本大震災(2011年)、熊本自身(2016年)、北海道胆振東部地震(2018年)、福島県沖地震(2020年)といった地震で複数の方がお亡くなりになっています。地震は自然災害の中でも予兆を掴みにくい災害の一つ。台風のように、数日前からある程度進路が分かり、備えられるものではないので、「何事も起こっていない」時点で防災対策を講じておくことが大切です。

 

数年に一度、多数の死者が出る地震災害を経験する日本で暮らしていく以上地震への備えは国民全員で取り組むべきものです。そのため、日本の幼稚園や小学校では、子供たちに地震が来た際の対応を繰り返し、繰り返し教えているのですね。実際に日本の避難訓練のレベルの高さは世界でも類を見ないものだと思います。海外では少しの揺れでも同様し、大人が一斉にオフィスビル等の外に出ようとして混乱するケースもよく見かけます。個人が揺れている最中どう対応すべきか、揺れの直後にどう避難すべきかは日本人であればほぼ完璧にマスターしていると言っても過言ではありません。

 

では、地震が起こった後の体制はどうでしょうか?例えば

家に飲食料品を一週間分程度備えておく、

停電や断水が起こった際の代替策がとれるような備蓄をしておく、

家族間の共通の避難先を決めておく、

携帯電話が不通になった際の連絡手段を決めておく、

自宅で不用意な怪我をしないように家具等を固定しておく

といった対応は首相官邸のHPにも掲載されている基本的な家庭での地震防災項目です。

 

しかしながら、東日本大震災から10年を迎えようとする2021年3月にYahoo!が取りまとめた調査結果ではこうした基本的な家庭での防災に十分取り組めていない様子が浮き彫りになっています。4万人近い方が参加したアンケートで、近年の大震災を経て地震防災を見直していないという回答が最多でした。そして、地震の被害を目の当たりにして防災を既に見直したという方を除いた「まだ見直していない」という方の数はなんと全体の約6割に達していたのです。

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2021年3月11日に合わせて行われたYahoo!による大規模な防災対策アンケート調査

 

皆さん、地震への対策がいらない、というわけでは決してないハズ。それでも家庭での防災対策を見直していない、という回答が多数派になるというのは興味深いことですね。

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インフレ対策の必要性を感じているが対策は取っていない人たち

とはいえ、地震というのはいつ、いかなるタイミングで起こるかわからないもの。また、日本で地震が発生したとしても必ずしも自分が住んでいる/働いているエリアで発生するとは限りません。確かに危ないけれど、まぁ自分は大丈夫でしょう、という判断をする方もいらっしゃるという可能性はありますね。

 

では、地震以上により切実な日常生活への影響はどうでしょうか?2022年にはロシアによるウクライナ侵攻等の影響もあり、世界的なインフレーションが発生、すなわち各種物品の価格が高騰しました。加えて、2022年の一年間で円の価値は他の通貨に対して大幅に下落しました。これによって特に日本円で収入を得ている方、また日本円建ての資産を多く保有している方は2022年に購買力が大きく低下したと言わざるを得ない状況です。

自身の持つお金・資産の価値が下がり、生活のゆとりが失われていく、というのは自然災害よりもずっと影響が大きいですよね。では、そうしたインフレに対して日本人の皆さんがどのように備えているのか?という調査が行われました。2023年2月に東京海上アセットマネジメントが実施した「インフレ実感と投資行動に関する調査」では多くの方が物価が上がっていることを感じているという結果が出ています。

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しかしながら興味深いのは次の質問。インフレによって物価が上がり、日本円建ての資産が目減りしていることに対しどのような対策をとっていますか?との質問です。この問いに対してなんと65%の人が「対策を取る必要性は感じているが対策は取っていない」との回答。なにかやらなければ、と思っているのに、やっていないという回答が圧倒的多数だったのです。

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東京海上アセットマネジメントのアンケート結果よりキャプチャ

いつか起こる地震に念のため備えておこう、というのではなく、今まさに自分の保有する資産が目減りしているにも関わらず対策を講じていない方が大多数というのは何とも不思議な結果ではないでしょうか?念のため確認しておきましょう。このアンケートの回答者全1200名の内物価上昇を痛感している方が大多数であり、しかもその物価上昇が家計を圧迫しているという回答が約6割に達する状況下です。事実上手元のお金がどんどん出ていく、という状況であることを頭では理解しているのに、支出を抑制する対策を講じられていない実態がよくわかりますね。

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思いがけない事態に巻き込まれて初めて準備不足を痛感する

二つのアンケート結果をご紹介してきました。

なぜ海外安全.jpというサイトで地震やらインフレやら一見安全対策/危機管理に関係のなさそうなアンケート結果を紹介したのか。それはいずれも将来困るかもしれない、けれど今すぐ深刻な影響がない、というタイプの問題には対応が遅れることを示しているからです。

 

地震にしても、インフレにしても、しっかりと準備していないと痛い目に遭うことは多くの方が認識されています。これはアンケート結果を見ても読み取れます。それでもなお、例えば今日食べるものがない、まったく日常生活が途切れてしまうか、と言われたらそうではありません。

 

地震はしばらく来ないかもしれません。対策をしようと思っていたとしても、忙しくしている間に一日が過ぎてしまうこともあるでしょう。

インフレが進行中でも名目上手元にある日本円の量が減るわけではありません。そして多少手元の日本円の価値が下がったとしてもその時点でなんの食料品も生活必需品も買えないという事態にはなりません。

 

リスクそのものは認識しているにもかかわらず、一見自分には危機的状況はやってこない、という錯覚が起きやすいのだと思います。砕けた言葉で言えば「わかっちゃいるけど、備えられない」といったところでしょうか?

しかしながら忘れてはいけないのは、

「天災は忘れたころにやってくる」(寺田寅彦)

「波が引いた時に初めて誰が裸で泳いでいたかわかる」(ウォーレン・バフェット)

といった先人が残した貴重な教訓です。トラブルが深刻になるのはほとんどの場合、事前に適切な準備ができていないことに起因します。地震にせよ、金融不安にせよ、そういうことが起こる前提で準備をしている人は無傷ではないにせよ準備ができていない人よりもダメージが軽く済むのです。しかしながら事前に準備ができていないと、準備ができていれば乗り切れたはずのトラブルであってもパニックになったり、思ってもいなかった悪循環に見舞われたりすることで、どんどんと悪影響の渦に飲まれてしまいます。そして、深刻な影響が現実のものになった時、初めて人は思うのです、「ああ、もっと真剣にリスクに向き合うべきだった」、と。

 

取り上げた二つのアンケートはまさしくこのパターンに当てはまる方が多数派であることを示していると言えるのではないでしょうか?

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安全は守ってもらうものではなく、自ら作るもの

ここまで長々と説明してきた話は海外での安全対策にも通じるものがあります。海外渡航先ではテロや犯罪、交通事故のリスクが日本よりも高い国・地域がほとんどです。日本よりもより慎重に準備を進め、万が一にも命を失わないように取り組みをすべきであることは明白です。スリや置き引きといった命にまず影響しない犯罪はともかくとしてテロはもちろん、銃を用いた強盗、日本とは違う道路事情での交通事故は命を失うシーンに直結しかねません。命を失ってから「ああ、もう少し準備をしっかりしておくのだった」というのではまったくもって対応が遅すぎますよね。

しかしながら、いかに海外でリスクが高いと言っても、大多数の方は無事に旅行や留学、ビジネスを終えて日本に帰国することが一般的。そのため、深刻なトラブルに自分自身が直面するまで、今すぐ対策を講じなければ!という意識を持つのはなかなか難しいのだと思います。日本人の多くがリアリティを伴ってリスクの大きさを理解している地震や、家計の圧迫という形で多くの方が危機感を感じるインフレと比べてもリスクを認識しづらいという指摘もあるでしょう。

 

こうした方にもぜひご理解いただきたいのは地震やインフレといった身近なリスク、想像しやすいリスクでも対応が後回しになりがちなこと。そして「安全は守るものではなく、自分で安全な環境を作る」必要があるということ、です。

日本での日常生活ではテロや銃を用いた犯罪に巻き込まれることはまずありえません。他方、海外ではたとえ欧米を含む先進国でもそういった事態が発生することは厳然たる事実として記録があります。そして、過去に多くの民間人が命を落としてきたことも事実です。これら事実を踏まえれば、地震やインフレと違って準備不足が即生死を分ける可能性があるテロや銃撃等には自分で安全な環境を作ることが極めて大切です。

 

たしかに、今すぐなんらかの対策に取り組まなかったからと言ってその時点で死亡することはないでしょう。他方で、地震やインフレ対策のように、「やらなければいけないのはわかっているけど、まだやっていない」という状態を放置していていいわけでは決してないのです。実際トラブルに巻き込まれる確率はわかりませんが、巻き込まれた場合には命に係わるわけですから、改めてテロや犯罪に巻き込まれた際の準備は誰かに任せるのではなく自分が取り組んでおかなければなりません。

 

最後に、以前から「安全は作るもの」、と主張されている方の文章をご紹介しましょう。代表の尾崎も尊敬する経営者として常々名前を挙げているJR九州会長、唐池恒二さんは安全が最優先される公共交通機関の取り組みとして「安全は保つものではなく、(積極的に)つくる必要がある」ということを複数の著作で書かれています。

直近では日本経済新聞の「私の履歴書」でも以下のように記載されていました。当サイトが一人くどくどと「安全は自分で作らないといけません」と言っているわけではないのです。JR九州の経営をレベルアップさせ、上場まで実現させた名経営者である唐池さんのお言葉もぜひかみしめていただき「わかっちゃいるけど備えれれない」という事態をできるだけ早く解消していただけると幸いです。

誠実は安全にも通じる。鉄道会社の使命は安全だが、人間の安全意識は眠りやすい。赤ちゃんと同じで、さっきまで起きていたと思うと、もう眠っている。ベテラン社員でも、何の働きかけもないまま安全へのモチベーションを保つのは難しい。

私自身も若い頃、現場で何度もヒヤッとする体験をしてきた。列車の操車場で線路横を歩くときなどに、ちょっと考え事をしていると、いつのまにか貨車や電車が近づいているのだ。

社長としてお客様の命をお守りし、同時に社員自身も安心して働ける環境を整えようと決心した。安全は「保つ」ものではなく「つくる」ものだと社員に説いた。すでにある安全を守るのではなく、自分たちでつくるという姿勢を徹底したかったからだ。ともすれば眠りそうな安全意識を呼び覚ますには体を動かし、互いに声をかけあうことだ。

日本経済新聞「私の履歴書」より(2023年3月22日)