リスク管理は「雨が降る前に」

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日本周辺での不安定化要素

2022年8月3日アメリカ下院議会のペロシ議長が台湾を訪問して以降、台湾を巡る中国と台湾/米国の緊張感が高まっています。地理的には遠いウクライナと違い万が一軍事的な衝突が台湾周辺で発生した場合、日本も他人ごとではいられません。

また、ロシアやウクライナに比べて中国や台湾に在留する日本人の数は桁が二つ、三つ違います。滞在している日本人の数が多いということは万が一の際に日本や第三国に避難しなければならない人の数が多い、ということ。

 

こうした状況を受け、2022年8月17日日本経済新聞は「台湾有事、備え足りぬ日本」という見出しで注意喚起を呼び掛けています。詳細は日本経済新聞紙面や有料会員向けのウェブ記事を読んでいただければと思います。ただ、一貫して指摘されているのは「有事」に対する想像力と対応体制の欠如。日本人を守り、日本という国家を守るために、有事が起こる前に取り組まなければならないことが山積していると指摘されています。

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インパクトの強い日経新聞電子版の見出し

 

日本の場合、長らく戦争とは無縁の生活、国家運営が続いてきました。マニュアルや法令等紙の上では有事が発生した際に備えられているように見えても、数十年前の世界情勢を前提に記載されていたり、本格的な日本人の避難が始まった際の混乱に対応しきれない内容だったり、という実態もあります。理屈の上では何とかなる、と思われていた非常事態対応策、バックアップ策が実際には機能せず、被害が拡大することはままあります。その最たる事例は2011年3月11日の東日本大震災後、福島第一原子力発電所で発生した事故でしょう。

 

ただ、福島第一原発事案ふを含め地震や津波、あるいは豪雨・台風といった自然災害による被害は過去数十年間、日本各地で様々なパターンで発生しています。残念ながら甚大な被害が発生してしまったケースもありますが、都度日本政府や各地方自治体がマニュアルをアップデートし、備蓄品や避難所の整備を休みなく行ってきたこともありかなり現実的な対応が取れる体制になっているように思います。しかしながら、改めて台湾有事、あるいは一歩踏み込んで指摘される日本有事が発生した際はどうでしょうか?災害と違い70年以上にわたり、真に緊急事態と呼べる状況にまでは至っていないこともあり、明らかに実践的な対応構築が遅れていると言えるでしょう。

 

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自然災害の場合も避難は事態が悪化する前

さて、その自然災害は本年2022年も日本各地で発生しています。最近よく報じられるようになった「線状降水帯」という現象により、特定の地域に豪雨が続く、というケースが何件も発生していますね。皆さんのお住いの地域や故郷でも豪雨被害、洪水被害が発生しているかもしれません。

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一か所に長く雨が降り続く「線状降水帯」のイメージ(tenki.jpのウェブサイトよりキャプチャ)

観測技術が向上したとはいえ、自然災害はいつ発生するか、人間には予測できません。その被害の度合い・範囲も現時点では正確に予想することも難しいのが実態です。だからこそ、政府やNHKは被害が発生する前、危なくなる前に避難しましょうということを盛んに呼び掛けています。地滑りや洪水が起こった後、身動きが取れなくなってからでは遅いのです。特に高齢者を含む避難に時間がかかる方は警報が出る前、あるいは比較的レベルの低い警報のうちに避難することが推奨されていますよね。

 

こうした避難のタイミングはいざ豪雨が降り続き始めた後に確認してもやや手遅れです。雨が降る前に避難指示が出たらどうするかの整理、最寄りの避難所までの経路はどうなっているかの確認、避難時パッと持ち出せる最低限の荷物を詰めたカバンの準備などは雨が降り始める前、平時の内にやっておかなければならないですし、一部の方は既に対応されているように思います。

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NHKが避難を決めるタイミングを紹介する際に使っている図(NHKツイッターより)

 

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緊急度合いに応じた避難指示の強さを説明する政府広報

 

また、企業であれば、災害が発生しても真に必要な業務は続けられるように業務継続計画(BCP)を作成していることも多いでしょう。これも災害が起こってから急いで計画を作るのでは意味がありません。日常の業務ができているうちに、災害が発生しうる状況になる前に計画を策定しなければなりません。その上で

 災害が発生したら無理に帰宅しなくて済むようオフィス等に飲食料品、日用品、寝具を備蓄しておく

 通信手段が確保できるように電源や予備的な通信機器を確保しておく

 交通手段が十分復旧していない間は無理に出勤せずとも勤務できるように工夫しておく

といった最低限必要な「防衛策」は地震も台風被害も多い日本に拠点を置く企業・団体としては当たり前にやっておかなければならないですよね。

 

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方舟は大雨が降る前に造らなければ意味がなかった

ここまで一方的に上から目線でダメ出しばかりしているように思われるかもしれません。不快になられた方には大変申し訳ございません。ただし、いざという時に「防衛策」がなかった、あるいは十分に機能しなかったという状態で困るのはやはり皆さんです。

 

軍事的な衝突であれ自然災害であれ、もしくは我々の専門分野であるテロや政情不安、一般犯罪に至るまで「有事」が発生した後にできることは極めて限られてしまうのが現実です。できれば「有事」が発生する前にしっかりと「防衛策」を講じておくことが被害をより小さくとどめるための最善策である、という正論を今一度述べさせてください。これができなければいざ深刻なトラブルが発生した際、皆さんが所属する企業・団体・学校等の組織が責任を追及すされることはもちろんのこと、関係する多くの従業員/関係者もピンチに陥ることになります。

 

今までそこまでの「防衛策」を講じてなかったけど大丈夫だったよ

現状忙しすぎて「防衛策」まで手が回らない

「防衛策」はお金がかかるのに効果がいつ出るかわからないじゃないか

 

といったお声もあろうかと思います。しかしながら、これは企業・団体の経営問題でもあり、皆さんご自身の命を守るための大事なアクションです。深刻なトラブルに見舞われてからでは国家も、自治体も、あるいは経営コンサルタントやセキュリティコンサルタントもお手上げになりかねません。それぞれの会社・個人の状況に応じた「防衛策」は必ずトラブルが発生する前に講じるようにしてください。

こうした「防衛策」は上述の通り、効果が目に見えて現れるものではありません。しかしながら準備をしていない人・組織は国家間衝突や災害等予想外の事態に巻き込まれた際、被害は底なしになる可能性もあり得るのです。日々当たり前に業務が継続できる環境を維持し、そして有事が発生した際にも被害を最低限で食い止めることがリスク管理の本質なのです。

溺れてから泳ぎを習っても意味がないのです。泥棒を見つけてから縄をなっても間に合わないのです。あくまで聖書の物語ではありますが、ノアの方舟を造り、多種多様な生物を救ったとされるノアは「大雨が降る前」に方舟を造り始めました。雨が降り始めてから慌てて対応したのではありません。有事が起こりえると思ったらその時点で何も起こっていなくてもすぐに備えを始めることをおススメします。

 

改めて身近なニュースから皆さん自身のために必要な「防衛策」を講じるタイミングについて考えていただけるようであれば大変うれしく思います。

 

 

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