米国国務省テロ発生状況レポート2023の概要

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トップ画像はアメリカ国務省が入るハリー・S・トルーマンビル(国務省HPよりキャプチャ)

アメリカ国務省発表のテロ発生状況レポート

日本では外国との交渉や外国での自国民保護を外務省(英語ではMinistry of Foreign Affairs)が担っています。アメリカ政府の場合は同様の機能を国務省(英語ではState Department)が担っています。世界最強国アメリカの国務省トップともなれば、アメリカ大統領以上に全世界各地を訪問しながら、世界全体を俯瞰した外交を統括することになります。そのアメリカ国務省、アメリカ国民の保護を目的として、またアメリカの外交政策上の分析のためにも毎年全世界で発生したテロ事件の分析を行っています。2023年版が2024年12月12日に公開されました。

残念ながら、日本国内ではこの手のレポートが公開されたことはもとより、テロ事件の分析をまとめた報告書の存在すらほとんど報じられていません。世界各地が不安定化し、欧米諸国でもテロの発生が目立ち始めている昨今、世界各地でどんなテロがどのくらい起こっているのか、その実行主体は誰なのか、といった現状分析を知らずして、海外事業展開を行うのは無謀というもの。世界で最も影響力のある大国である米国が世界の治安情勢をどのように見ているか、を把握しておくことはその出発点と言えるのではないでしょうか?

世界各地の情報を網羅的に収集し、大勢の専門分析官が処理した地域別のレポートを見られるのであれば見ておいた方がよいのは言うまでもありません。なおかつ、このレポートは正真正銘無料で公開されているのもポイントです。日本政府外務省が提供する各種の邦人保護サービスは原資が我々の税金ですが、この報告書作成の資金源はアメリカの税金です。中身の濃い無料のレポートがある、しかも命を守るために役に立つものだとなれば、読まない手はないと思うのですが・・・。

 

【参考コラム】安全管理担当者必読!な公開レポート4選

(今回ご紹介している米国国務省のレポートを含む、世界の治安情勢を概観する際に有用なレポート、それも無料公開されているレポートを集めたコラムです)

 

とはいえ、全部で200ページ以上もある英文レポートをすべて読み込むのは大変な労力を伴います。毎日世界各地でご活躍されているビジネスパーソンや留学準備中の皆様に

 「報告書のHPを紹介するので自分自身で全部読んでください」

とお伝えするのはさすがに気が引けます。ということで、まずは2023年版のテロ発生状況レポートの中から、重要と思われるポイントをかいつまんでご紹介しましょう。

2023年版報告書が掲載されている国務省HPはこちらから

 

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2023年のテロ発生件数/死者数ともにイスラエル関連が急増

・2023年に発生したテロの件数は世界合計で7,382件(昨年から1%の増加)

・2023年に発生したテロによる死者数は21,596人、負傷者は14,531人。死者数は昨年比約1%の減少

・2023年にテロが発生した国は(世界全体の約3分の1に相当する)68か国

・2023年テロ発生件数上位10か国はシリア、パキスタン、イスラエル、コンゴ民主共和国、ナイジェリア、インド、パレスチナ(ヨルダン川西岸)、イエメン、マリ、ブルキナファソ。

・アフガニスタンはタリバンが「テロ組織」ではなくなったことでテロ発生件数上位から名前が消える。イラクも過去と比してテロ発生件数は減少しトップ10から消えた

・イスラエル関連のテロが極端に増えており、特に2023年10月以降のテロが急増。

・テロ実行組織はパレスチナ武装勢力ハマス、ISIS関連組織、アルシャバーブ、ボコハラムが上位。特に西アフリカにおけるISIS関連組織のテロ実行数増加が目立つ

・2023年も人種差別や民族主義等に基づくテロが主要先進国で発生しており、引き続き注意が必要

 

既にご説明した通り、こういった報告書があることを知らない日本人の方が多いので、この8項目を頭に入れていただくだけでも、安全対策レベルは日本人や日本企業の平均よりもしっかりしていると言えるでしょう。ただ、もう一歩踏み込んで記載内容を確認してみると興味深い考察が可能です。

 

2023年のテロ報告書で目立つのはやはりイスラエル関連のテロ増加数です。イスラエルにおけるテロの件数が前年(2022年)比で850%増、ハマスによるテロの件数が前年比19,263%増といった衝撃的な数値になっており、2023年10月以降発生したイスラエルとハマスの武力衝突の影響が本報告書にも大きく影響していることがわかります。世界全体で見るとテロ件数、テロによる死者数は横ばいですが、実際にはアフガニスタンやイラクでのテロ発生状況の改善がイスラエル周辺のテロ件数によって帳消しになっている状態であり、局所的な事象が全体の統計にかなり影響している点には注意が必要です。

加えて、何をもって「テロ」とカウントするかという難しい問いが残ります。米国政府の立場を前提にこの報告書内では統計のカウント方法が明確に定められていますが、ハマスによる武力行使をテロをカウントする一方で、イスラエル軍によるパレスチナ市民への武力行使はテロとしてはカウントされていません。また、数年前まではアフガニスタンでテロを実行するのは米国軍等を攻撃していたタリバン勢力ですが、今やタリバンはアフガニスタン領内を支配する側であり、タリバンによる武力行使はテロとカウントされなくなっています。

更に2023年度版でテロ実行件数の第9位とされているHay’at Tahrir al-Sham(HTS)は2024年12月、シリアのアサド政権が崩壊した際に中心となった武装勢力です。シリアの体制崩壊後バイデン大統領は「アサド政権の崩壊は正義の行為だ」と評価していますが、その中心になったHTSはアメリカ政府がテロ組織として指定しているグループであり、元をたどればアル・カイーダの系譜です。2024年の本報告書で果たしてHTSがどのように扱われるのか、当サイトとしても興味を維持したいと思っております。

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日本政府外務省の「海外安全ホームページ」各国情報ページの下部に記載されているテロについての注釈

本報告書から読み取れる米国の世界情勢の見方とその矛盾点について書いてきましたが、この原因は何でしょうか?実は何をもって「テロ」とカウントするか国際的に確立された定義は存在していません。これは日本政府外務省の「海外安全ホームページ」の注釈にも明記されています。当サイトでは何をもって正義とするか、テロとするかは判断をつけず、世界で活躍する日本人・日本企業の安全を確保するための情報提供を心掛けていますが、本コラムでは今一度テロとは何だろうか、皆さんにどのような影響があるのかを考えていただくことも念頭に、問題提起をさせていただきました。

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最新のテロ発生状況を数値的に読み解く

最後に同報告書の付録として公表されている統計情報(STATISTICAL INFORMATION ON TERRORISM IN 2023)に記載されている表を見ながらテロの発生傾向を読み解いてみましょう。実は当サイトがこの報告書でもっとも重視しているのが付録(Appendix)とされている統計データ。このデータをじっくり眺めていくとさらに貴重な「テロの発生傾向」が浮かび上がってきます。既に取り上げたイスラエル関連でのテロ件数・死者数の急増を除いて、本年当サイトが注目したのは1)ブルキナファソでテロ死者数が急増していること、2)正体不明のグループによるテロ行為が各地で増えていること、の二点です。

この辺りは非常にマニアックなテーマではありますが、統計情報のページをしっかり読み込むこと、また過去のデータと比して何が変わっているのか、何が変わっていないのか、を把握することができれば本格的な危機管理担当者として第一歩を踏み出したことになります。いきなりすべてを読み込む必要はありませんが、例えば当サイトなどある程度日本語で解説された専門的レポートの中で関係する国だけでもご自身で読み込んでみるのはおススメです。

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なお、昨年指摘したREMVE=Racially or Ethnically Motivated Violent Extremism(人種/民族に基づく暴力的過激主義)は2023年版でも大きく取り上げられており、特に欧米諸国でこの手のテロ行為・襲撃が増えていることが明記されています。2023年の代表的な関連事案として10件が取り上げられており、そのうち一つは2023年11月16日東京で発生したイスラエル大使館への車両突入事案です。こちらは右翼主義に基づく犯行であると記載されています。2024年もこの傾向は継続しており、イスラム教過激派だけではなく、欧米はもちろん、日本国内でも最新のテロ発生状況を踏まえて身を守る対策が求められる状況です。

 

「テロと言えばアフガニスタンやイラク・シリアの話でしょ?」

「イスラム過激派ってのが怖いんだよね」

「日本では銃や爆弾なんかほとんどないからテロは心配する必要ないよ」

 

といった先入観はあまり宛てにならないことがわかっていただけるのではないでしょうか?無料で公開されている米国政府のレポートをざっと読むだけでも、世界全体のテロ発生傾向、またその変化が見えてきます。皆さんの滞在地域、各社の海外事業展開先でどういった攻撃を受ける可能性があり、その標的はなんなのか?を把握するだけでも皆さんの命を守れる確率は上がるのです。

 

なお、2024年2月のオンラインセミナーでは2022年版Country Report of Terrorism(2023年12月16日公開)のポイント、読み方を解説させていただきました。2023年版の解説もご関心が大きいようであれば2025年2月のセミナーで取り上げたいと思います。

【参考動画】2022年版 Country Report of Terrorismの解説セミナー切り抜き

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