新生銀行の事後的買収防衛策
代表の尾崎です。
実はこう見えて尾崎は証券アナリストの資格を有しています。テロや犯罪、あるいは災害といった企業/個人の物理的な安全対策が専門ではありますが、治安や政治情勢と経済は切っても切れない関係です。経済の状況も見ながら安全対策に関するアドバイスを行うのが尾崎のスタンスです。
なぜ、この話をしたかというと、今日は日本でも話題になっている二つのニュースを取り上げながら改めて「防御策」を講じるタイミングについて考えていただきたいと思ったからです。そのニュースとは1)新生銀行に対するSBIグループの敵対的TOB(株式公開買い付け)、と2)首都圏地震(2021年10月7日夜)に伴う帰宅難民、通勤難民の発生です。
1つ目は銀行を舞台とした経営権取得に関する話題です。当然のことながら金融業界を中心として話題になっており、それ以外の業界にいらっしゃる方は詳細まで把握されていないかもしれません。ただし、上場企業の経営権を株式の公開買い付けという手段で掌握するという意味では、金融業界以外の事業会社でも起こりえる話であることは言うまでもありません。
本件、具体的に言えば、東証一部上場の金融機関である新生銀行に対し、同じく東証一部上場のSBIホールディングスが株式の公開買い付けを通じて最大48%の株式を取得する方針であることを発表したもの。過半数に達することはありませんが、経営に関する重要事項の決定には十分な議決権を有することになり、事実上経営権を掌握するための行為です。これに対し、新生銀行側は買収防衛策を事後的に導入することを決定し、両社の対立が目立ってきています。
銀行の在り方や過去の両社の資本提携等にはここでは触れません。ただし、興味深いのは新生銀行がSBIホールディングスからの事実上の買収提案を受けてから初めて「防衛策」を講じたという順番です。SBIホールディングスとの協議が行われている段階や、あるいはどんな相手からの買収提案が来ても対応できるようにしておく平時の買収防衛策は、新生銀行側にはありませんでした。このため、宣戦布告にも近い買収提案を受けた後、有事の買収防衛策を検討、実行したことになります。買収防衛策及び新生銀行側からSBIホールディングス側への質問等により2021年10月10日時点ではまだ結末が見通せない状況です。
両社の主張が対立しているため、一概にSBIホールディングス側が正しい、新生銀行側が正しい、というつもりはありませんが、少なくとも段取りという観点でいえば新生銀行側が後手に回ったという印象はぬぐえません。単に時間を稼いだというだけでは、結果的に新生銀行側の対応に失望感が広がるでしょうし、SBIホールディングスはもちろんのことそれ以外の株主の失望も招きかねません。
株式を上場している多くの会社ではある日突然買収提案を受けてもおかしくはない、というのが資本主義、金融市場の原則です。突然の嵐に見舞われた際事後的に「防衛策」を講じることが可能なのか、もしくはその「防衛策」が機能するのか、改めて考えさせられる一件と言えるでしょう。
首都圏地震での帰宅難民、通勤難民の発生
もう一つのニュースは2021年10月7日夜10時ごろに千葉を震源とする大きな地震によって首都圏で多くの公共交通機関がマヒし、帰宅できない方が8万人以上に上ったというもの。幸いにして最大深度は5強と、過去に日本が経験した大地震に比べれば被害は軽かったと言えます。しかしながらそのレベルの地震であっても多くの方が帰宅できず、深夜途方に暮れるという構図が発生してしまったことは間違いありません。
2011年3月11日に発生した東日本大震災でも首都圏では多くの帰宅難民の方が発生しました。この事態を受け、多くの自治体や企業では、万が一夕方から夜にかけて大きな地震が発生した際には公共施設や企業内で待機できるように体制を整えることが求められていたはずだったのですが…。
東京都では大きな地震が発生した直後は、原則として二次災害の防止や救助・救命活動の妨げにならないよう72時間はむやみに移動しないよう呼びかけています。今回は大きなビルの崩落等は発生しませんでしたが、それでも各地の駅に列ができる、あるいはタクシー待ちに数百人が並ぶ、という状況でした。もっと大きな災害の際ならこの原則の通り二次災害の防止や救助・救命活動の妨げにならない行動がみられるのでしょうか?
また、今回興味深かったのは翌朝の通勤時間帯に「通勤難民」とも言える人たちが発生したことです。一部の駅では混雑が集中し、入場規制が行われた駅もありました。東日本大震災の翌週月曜日にも似たような事態は発生しましたが、2011年と2021年の大きな違いはコロナ禍に伴うリモートワークが広く推奨されていてなお類似の事態が発生していること。
自然災害はいつ発生するか、人間には予測できません。その被害の度合い・範囲も現時点では予想することすら困難です。だからこそ、自然災害が発生してもビジネスを継続できるような計画(BCP)の立案、実践が求められるのではないでしょうか?この計画は当然のことながら災害が発生してから考えるものではなく、災害が発生する前に「防衛策」として検討しておくべきものであることは言うまでもありません。
災害が発生したら無理に帰宅しなくて済むようオフィス等に飲食料品、日用品、寝具を備蓄しておく
通信手段が確保できるように電源や予備的な通信機器を確保しておく
交通手段が十分復旧していない間は無理に出勤せずとも勤務できるように工夫しておく
地震も台風被害も多い日本に拠点を置く企業・団体としては上記のような取り組みは最低限必要な「防衛策」に思いますが、先週の様子を見ていると、まだまだ十分ではないのかもしれません。
ちなみに個人レベルでも自宅での飲食料品、日用品の備蓄、予備電源や予備の情報源(手回しラジオ等)の確保、避難所までの移動ルート確認、家族間の連絡網整理等、できれば今すぐやっておいた方がよい「防衛策」があることは言うまでもありません。
方舟は大雨が降る前に造らなければ意味がなかった
ここまで一方的に上から目線でダメ出しばかりしているように思われるかもしれません。不快になられた方には大変申し訳ございません。ただし、いざという時に「防衛策」がなかった、あるいは十分に機能しなかったという状態で困るのはやはり皆さんです。
買収提案であれ自然災害であれ、もしくは我々の専門分野であるテロや政情不安、一般犯罪に至るまで「有事」が発生した後にできることは極めて限られてしまうのが現実です。できれば「有事」が発生する前にしっかりと「防衛策」を講じておくことが被害をより小さくとどめるための最善策である、という正論を今一度述べさせてください。これができなければいざ深刻なトラブルが発生した際、新生銀行の経営層もしくは数万人単位で発生した帰宅難民・通勤難民の立場に置かれてしまうことになります。
今までそこまでの「防衛策」を講じてなかったけど大丈夫だったよ
現状忙しすぎて「防衛策」まで手が回らない
「防衛策」はお金がかかるのに効果がいつ出るかわからないじゃないか
といったお声もあろうかと思います。しかしながら、これは企業の経営問題でもあり、皆さんの命を守るための大事なアクションです。深刻なトラブルに見舞われてからでは国家も、自治体も、あるいは経営コンサルタントやセキュリティコンサルタントもお手上げになりかねません。それぞれの会社・個人の状況に応じた「防衛策」は必ずトラブルが発生する前に講じるようにしてください。
溺れてから泳ぎを習っても意味がないのです。泥棒を見つけてから縄をなっても間に合わないのです。あくまで聖書の物語ではありますが、ノアの方舟を造り、多種多様な生物を救ったとされるノアは「大雨が降る前」に方舟を造り始めました。雨が降り始めてから慌てて対応したのではありません。
改めて身近なニュースから皆さん自身のために必要な「防衛策」を講じるタイミングについて考えていただけるようであれば大変うれしく思います。
この項終わり