【一般公開事案分析】欧州各国での「反移民」分断のマグマだまり

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中東、特に湾岸諸国の緊張が連日世界の注目を集める一方で、欧州は一見すると平穏に見える。街は整い、観光客が戻り、公共交通も粛々と動いている。ニュースになるのはむしろ熱波という自然災害であり、人為的な混乱は少し視野の外に追いやられている印象すらある。しかしながら、現地のニュースや、当サイトが連携している各国情報源からのレポートをつぶさに確認していると社会の底にゆっくりとマグマが溜まっている気配がある。表面は静かでも、地下では大きな噴火にもつながりかねないマグマが溜まり、その圧力は高まっている──そんな印象を覚える。欧州のリスクは、派手ではないが深い。そうした静かな危機をどう読むかが、これからの安全管理の鍵になる。

 

欧州連合(EU)域内の「シェンゲン協定」には、加盟国27か国のうちアイルランドとキプロスを除く25か国と、非加盟国4か国(アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイス)を加えた計29か国が参画している。同協定に加入する国の間では域内国境検査が廃止され、国境を越えた往来は比較的自由に行われている。さらに2025年10月からは電子登録による「出入域システム(Entry/Exit System=EES)」が導入され、本年4月10日以降、導入国の全ての国境検問所で運用が始まっている。加えて本年10月〜12月には「欧州渡航情報認定制度(ETIAS)」が新たに導入され、オンラインによる事前申請と認証手続きが求められる。

 

制度としての「人の移動の自由」は整備され、欧州はより高度な管理体制へと進んでいる。アメリカが国境管理や関税障壁を強化していることも相まって、現在欧州の自由度は相対的に高く評価されているのではないだろうか。しかし、制度やその運用が進化しても、社会、特に一般大衆にとって異文化や異民族・異なる生活様式を持つ人々を積極的に許容できるわけではない。むしろ、制度の高度化にともなう異文化交流の活発化が社会の亀裂を浮き彫りにする場面も増えている。

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スペイン飛び地セウタの位置。スペイン本土までは約20キロ

 

その象徴が、アフリカ大陸に位置するスペイン飛び地セウタとモロッコの間で発生した大量移民の事案だ。欧州地域の歴史的難題とされる大量移民の問題は、今年7月頃からスペイン領セウタで急速に表面化した。地中海と大西洋をつなぐジブラルタル海峡に面するこの飛び地に、陸上・海上から6万人近い人々が押し寄せる事態となった。暴動や鎮圧による直接的な死者はほとんどいない模様だが、セウタから対岸のスペイン本土を目指して海峡を泳いで渡ろうとした人の一部が溺死している。

これまで中東・アフリカ地域から欧州を目指す主要ルートには、東部ギリシャ・キプロス・ルート、地中海中央マルタ島・イタリア・ルート、そして今回の西方モロッコ・スペイン・ルートが認知されてきたが、密航業者による不法移民問題は現在も続いている。今回の越境問題の発端は、スペイン最高裁判所が7月8日に「セウタ、メリラを漂着の目的地とした移民を直ちに送還できない」との判決を下したことだった。

この判決が様々な解釈を生み、1週間後にはモロッコ社会にインターネットやSNSを通じて関連情報が拡散。陸路だけでなく海上を泳いでたどり着く案内地図まで拡散し、混乱が急速に広がった。7月末にはそのピークがスペイン領セウタに押し寄せる事態となり、世界が注目する緊急事態となった。スペイン・モロッコ両政府の協議により多くの移民予定者はモロッコに引き返したが、身寄りのない10,000人近い未成年者が引き取り手もなくセウタに残留しているとされる。

 

この事案をめぐって、欧州内の政治的温度差も一気に表面化した。トランプ政権は不法移民対策の正当性を改めて誇示し、EU加盟国の反移民政策を掲げる極右諸政党はスペインの左派政権を非難。「国境の守りを固め、入国拒否を厳格に実施すべきだ」と強硬意見を呈した。特にイタリア政府はスペインとの「シェンゲン協定」を一時停止し、スペインからの入国審査を導入。これに対抗する形でスペインも8月8日から1か月間、イタリアからの渡航者への抜き打ち入国審査を行うなど、EU内部の緊張が露わになった。移民対応をめぐる両国の対立はEU内の協議に持ち込まれ、移民政策をめぐる厳しい論争が各国の政党の利害関係とも絡み展開される見通しだ。そして移民を巡っては今後政治的な対立に留まらず、各国国民の一般民衆間でも今一度移民の受け入れや地域の多様性確保に関する議論が再燃する可能性も指摘されている。

 

欧州で注意すべきは、テロ、あるいは不安をあおる形で繰り返し注意が呼びかけられているロシアによる軍事行使ではなく、むしろ生活に直結する混乱である。交通封鎖、略奪、長期デモ、物流停滞、行政サービスの停止──こうした生活インフラの揺らぎは現地に暮らす日系企業の駐在者の生活に深刻な影響を及ぼす。海外で事業展開する日系企業の安全管理の関心は一般的に駐在者や出張者の安全確保だが、各人の日常生活が難しくなれば事業の基盤も揺らぐ点に注意が必要だ。

 

そして過去の事例から、欧州における類似抗議活動は、一度火がつくと長期化する傾向がある。2018年フランスで発生した「イエローベスト運動」、オランダやドイツで発生した農民でものように週末だけ続くデモではなく、数週間、数か月にわたり街の機能が低下した事例もある。直近ではイギリス国内各地で難民申請者が一時的に滞在するホテル周辺で激しい抗議活動が起こった事例も存在する。

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2019年ベルリン市内ブランデンブルク門付近での大規模農業団体デモ

海外事業を展開する企業にとって、欧州は「安全な地域」という固定観念が根強い。しかし、現場で見えるのは、静かに揺れる社会の姿、そしてふとしたきっかけで社会の分断が一気に表面化しかねない「マグマだまり」の状況だ。一見、派手な危機がないため、各企業の危機管理担当部門や担当者の対応が後手になりがちだが、いざ火を噴いた際には対応が手遅れになりかねない。まだ静かな状況に留まっている今こそ、可能な範囲の下準備を整えていくことをおススメしたい。

 

当サイトを運営する株式会社海外安全管理本部では、普段顧問契約を頂いていないお客様からの単発の有料相談も受け付けている。今回の記事に関連した駐在者や出張者の安全管理について欧州の予兆をどう読むべきか、現地の空気をどう把握すべきか、企業ごとの事情に合わせて助言することが可能だ。海外事業展開の安全管理に課題があれば、どうぞこちらのリンクからお気軽にお問い合わせいただきたい。

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