監視カメラでは犯罪発生を防げない、という不都合な真実

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関西国際空港すぐそばでの刺傷事案

2023年7月23日大阪府中央部にあるJR西日本りんくうタウン駅で男が車掌や乗客らを切りつける事案が発生しました。りんくうタウン駅は関西国際空港の一つ手前の駅であり外国人を含め大勢の鉄道利用客が利用する電車内での事件だったと言えます。

報道等によれば電車内で乗客同士が何らかのトラブルになり、刃物を3本所持していた犯人が乗客を切りつけるところから事件が始まった模様です。介入しようとした車掌も顔を切りつけられており、刃物を持った犯人はしばらく警察官らとにらみ合いの末、制圧されて逮捕されています。

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警官4人がかりでの犯人逮捕(産経新聞のウェブサイトよりキャプチャ)

 

日本国内では2022年に東京の私鉄である小田急線、京王線で相次いでナイフや可燃性の液体を用いた通り魔事案が発生していることに次ぐ公共交通機関での凶行と言えるでしょう。世界全体で見れば相対的に治安がよいと言える日本国内でも公共交通機関で一般の方が突然襲撃される事案が繰り返されているのは大変恐ろしいことです。(ちなみに、お隣の韓国でも2023年7月21日に地下鉄駅出口付近の繁華街で一般の方が突然刺される事案が発生しています)

 

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事件は監視カメラの備え付けられた車両で起こった

上述の通り、犯人は一般の乗客の方々と同じ車両に刃物3本をカバンに入れた状態で乗車していました。そして、事件が発生した車両は公共交通機関の安全対策強化を目的とした監視カメラ設置済みの車両だったことが報じられています。

実は、前項でご紹介した小田急線や京王線内での乗客傷害事案を経て、現在日本政府国土交通省が各交通事業者に対し車両への監視カメラ設置を進めるよう指示しています。1年ではまだすべての車両に監視カメラを設置しきれていないのですが、今回事件が起こった車両は少なくとも監視カメラが設置されており、現状車両(ハードウェア)としては時代の流れに即した最先端の設備だったと言えます。

 

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国土交通省の公共交通機関安全対策検討会資料よりキャプチャ

先ほどリンクを貼った日本経済新聞の記事を少しだけ引用します。こちらの記事によると今回の車両が全国平均はもちろんのことJR西日本の車両の中でもいち早く監視カメラの設置を行っており、理屈の上では安全対策実施済みと言える状態だったことが読み取れますね。

すでに新幹線では東海道や東北、北陸、九州などで防犯カメラの設置をほぼ終えた。一方で在来線の設置率は全国平均で約40%(22年時点)にとどまっており、事業者によって対応にバラつきがみられる。

JR西は関西空港と大阪市内を結ぶ快速列車などの車両の約8割に防犯カメラを設置済みという。その他の京阪神地区を運行する在来線などの設置率は2〜3割程度。順次整備を進めていく考えを示している。

 

今回の事案は「安全対策実施済み」と言える車両内で一般の方がかなり重たい怪我を負う刺傷事案が起こってしまったものです。犯行に及んだ犯人が悪いのは言うまでもありませんし、ここまでの事案を想定していないというのは一理あります。それでもJR西日本を含む鉄道事業者が「コストをかけて監視カメラを設置したからこれで大丈夫だろう」と考えていたとすれば実効性のない安全対策で満足してしまい、結果として乗客の安全を守り切れなかった事案と捉えられなくはありません。

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監視カメラでは犯罪発生を防げない

実は、2022年8月にも今回の犯人と同様、刃物3本を所持したまま鉄道で移動し、都市部で一般人を襲撃した犯人がいました。この時の実行犯は埼玉県に住む中学生で被害者は渋谷の住宅街を歩いていた親子です、。こちらの事案はJR東日本の武蔵浦和駅から新宿駅まで埼京線と呼ばれる路線で移動していたことがわかっています。結果的に車両内や駅で切りつけなかっただけで、犯人の気持ち一つ、あるいはきっかけ一つでJR東日本でもりんくうタウン駅で起こったような事案が発生していてもおかしくはありませんでした。

 

そして読者の皆さんを含む一般市民が大勢乗っている鉄道で運ばれるのは刃物/ナイフだけではありません。手製の銃で殺害された安倍首相の事件も、和歌山県の港町で発生した岸田首相演説時の爆発事案も、犯人は誰もが乗れる公共交通機関で移動していました。そして、監視カメラを設置したところで、そうした殺傷能力のある銃や爆発物を公共交通機関に持ち込まれることは防げないのは間違いありません。

 

国の機関(例えば国土交通省)が安全対策のために監視カメラを設置しましょう、と指示を行い、各交通事業者がコストと労力をかけて監視カメラを設置する。この取り組みそのものは決して間違ったものではありません。しかしながら、監視カメラの本来の役割は犯罪や襲撃等が起こった際の様子を確認・記録することだけ。犯罪や襲撃を未然に防ぐ機能はありません。また、もし監視カメラが設置された場所で事件が起こり、その様子がカメラを通じてどこかのモニターに映っていたとしても、そのモニターを監視する人が十分に対応をとれない場合やそもそも監視している人がいない場合には、まったく役に立たないのです。

 

安全対策のための本質的な取り組みは事件を未然に防ぎ、そもそも被害を発生させないことにあります。監視カメラは目につきますし、予算の使い方としても明確で「安全対策を講じました」と記録を残すためには非常にわかりやすい対策です。ただし、犯罪や襲撃の予防効果は正直申し上げて限定的であり、監視カメラをつけて万事解決!というわけではけっしてないという不都合な真実があります。

 

公共交通機関での安全対策を見直す場合、今一度「殺傷能力のある武器等を持ち込ませない」「事件の発生を未然に防ぐ」という観点で議論を進めることが極めて大切なのです。そして、この不都合な事実は海外で事業展開される皆さんにも当てはまるといことをぜひ理解頂きたいと思っています。安全対策の本質は関連の設備や機器を買うことではありません。ハードウェアを活用する実践的な運用と仲間を守る側、守られる立場の人々の意識統一があって初めて安全対策は成立するということを今一度ご確認ください。

【参考コラム】企業・団体の安全対策 これだけはやってはいけない

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