台湾有事が発生する可能性を念頭に
2022年8月4日中国軍は台湾を取り囲む位置で大規模な軍事演習を開始しました。米国のペロシ下院議長が台湾を訪問したことを受けて、中国と台湾、ひいては中国と米国の緊張関係が高止まりしていると言える状況です。あくまで台湾は自国の一部とする中国の立場からすれば、アメリカの大統領・副大統領に次ぐ第三番目の有力者である下院議長が頭越しに台湾を訪問するのは許容できるものではありません。大規模な軍事演習は米国や台湾へのかなり強い警告措置として全世界にアピールするには十分な行動でしょう。
ただし、注意したいのは現時点で軍事的な衝突が発生しているわけではないということ。また、今の状況下で軍事的に台湾を支配下に置こうという動きが本当に行われるか、と言われるとそう簡単ではないのも事実です。更に中国国営メディアが大々的に演習の様子を公開・放映するのも不自然と言えば不自然です。なぜなら本当に軍事行動を行うつもりであれば、その戦力規模や戦闘技術等を隠しておいた方が有利だからです。
What has the PLA accomplished on the first day of live-fire drills? pic.twitter.com/6gZdqGgEbv
— CGTN (@CGTNOfficial) August 5, 2022
このため、当サイトとして今すぐに中国と台湾、あるいは中国と米国(+日本)の軍事的衝突が起こりえると考えるわけではありません。他方で、2021年末の時点で、ロシアがウクライナに対して軍事行動を行うと主張していたのはごくごく少数であったことを思い出してください。国家間の軍事衝突は何が起こるか予測は不可能です。ウクライナがそうであったように、また過去日本の真珠湾攻撃がそうであったように、戦争が始まる時は突然なのです。危機管理の観点から考えれば「最悪中の最悪」を想定して備えておくに越したことはありません。
国外退避を決断する要件
当サイトとして今すぐ中国による台湾侵攻が行われるとは考えていませんが、「最悪に備え、最善を祈る」という観点からすればできる限り備えをしておくことをおススメします。最低限必要なのは以下二点と考えます。
・飲食料品や生活必需品など、最低でも1週間は自宅やホテル等の生活拠点に備蓄しておくこと
・いざという時の緊急連絡先(連絡網)を確認し、連絡体制が間違いなく機能するするようテストしておくこと
この二点は追加の費用負担はほとんどかかりません。平時の事業活動や駐在・出張中の生活の中でちょっと意識すればできてしまうことです。過去に例を見ない規模・場所での軍事訓練が行われている状況下ですので、追加のコストをかけず、また大掛かりな決裁や書類作成も不要です。ぜひとも台湾や中国に従業員/関係者を派遣されている方はまずここから取り組みをスタートしていただければと思います。
その上で、「最悪中の最悪」を想定するのであれば現地にいる従業員/関係者及びその家族を日本もしくは安全な第三国に一時退避させる準備もはじめたいところ。当サイトとして設定している国外への退避の主な条件は以下の三つです。
治安情勢が関係者の生命の危険に影響するか(自宅待機等でも危険な場合)
企業として業務を実施できない状況になりえるか
駐在中関係者の生活に支障をきたす状況になりえるか(インフラ/物流等)
今回のケースでいえば、中国による台湾への軍事的行動が発生すれば一点目に該当します。また、周辺空域・海域の封鎖に伴い台湾で製造した物品を国外に持ち出せない、あるいは非常時の金融規制が発動し資金の移動がスムーズに行えないといった事態が発生すれば二点目もありえるかもしれません。
状況が悪くなってから慌てて航空券を確保しようとしても、既に売り切れていたり、航空券が高騰していたりというのはよくある話。ロシアによるウクライナ侵攻の時点でもロシア・ウクライナ両国から出国しきれなかった日本人がいたのは日本語でも報じられていましたね。準備をするならば有事が起こる前です。特に海外ビジネスの実務に直接携わるわけではない、駐在者のご家族などはいち早く日本への帰国を検討されるとよいかもしれません。
また、今のタイミングであれば日本の夏休みシーズンでもあります。正式な「退避」と言わずとも少し予定を早めて日本に帰国してもらい、出張あるいは休暇として日本に戻ってきてもらう方法もありえるでしょう。
日本・中国・台湾における事業実態、人員体制等はそれぞれの企業で異なるでしょうから、一概にこれが正解と言い切れるものではありません。ただし、どのような事業をやっている場合でも最悪に備えいち早く行動を起こせる企業・団体がより適切なリスク管理体制を有していることは言うまでもないのです。
ビジネスで「逃げて終わり」はありえない!
国家間の武力紛争であれ、テロ事案であれリスクが高くなってきたら国外に退避します、という対応策はよく聞きます。しかしながら、この「リスクが高くなってきたら国外に退避します」というのは「言うは易く行うは難し」の典型例です。
我々が考えるだけでも少なくともハードルは4つあります。
一つ目のハードルは「リスクが高くなってきた」ことを認識することが難しいこと。特に現地で生活していると急激に治安が悪くなったと感じることはまずありえません。また、上述したように戦争のような「ある日突然始まる」不測の事態の場合には一夜にして逃げなければならないという状況を突き付けられることになります。
二つ目のハードルは今から退避します、という決断をすることが難しいこと。事前に退避する基準をきっちり決めていなければ、何を根拠に事業拠点から離れるという判断すればよいのかわかりません。日本国内の事であれば政府や自治体からの避難指示を受けて避難所に移動する、ということはあり得るでしょうが、外国の出来事に対して日本政府外務省からの指示が速やかに来るケースばかりではありません。
三つ目のハードルはいざ退避すると決めたとしても、空港や港まで安全に移動できるか?また先述した通り、その国から逃げる「席」を確保できるかどうかという問題も残ります。例えば、市内に群衆があふれ、安全に移動できる状況ではない、というケースでは航空券があっても空港までたどり着けませんよね?また、日本人の多い香港で過去発生したように、デモ隊が空港を占拠するということだって起こりえるのです。
現在は感染症対策による入国制限やビザ発給制限などの影響もあり、机の上で計画した通りに移動できるかどうか、しっかりと確認しなければ逃げたくても逃げられない、という事態にもなりかねません。
四つ目のハードルは日本人が退避した後にどのように事業を継続するのか、また現地の設備や資産をどう扱うのかを短期間で決めるのは難しいということです。観光や旅行で来ている方とビジネスで海外に滞在する方の最大の違いはここにあります。単に国外に出ればOKという方であれば、無事にリスクが高くなった国・地域を離れれば終わりです。無事に帰国できてよかったね、でお話はおしまい。
他方で、ビジネス上の目的があり、ミッションがある方、そしてそのための設備や財産、あるいは関連する現地の人的リソース、契約関係がある方はどうでしょうか?日本人関係者が無事ならそれでOKといえるのでしょうか?無事にその国から退避できたとして、リスクが下がったので戻ってきた際に、前と同じようにビジネスはつづけられるのでしょうか?
海外で事業展開する際の非常事態対応は単にその国を離れればよい、というものではありません。事業の継続、資産の保全、現地雇用の維持など、将来的なビジネスの復旧を念頭に置きながら準備を進めなければ皆さんのビジネス上の目的やミッションは遠のくばかりです。
「鞄一つ」で出国するとき、何を持ち帰る?
そうはいっても、現地での事業継続に拘り過ぎると退避が遅れ、命に危険が及ぶこともあり得ます。そこで、当サイトとして海外事業展開されている方々に今般想定されうる台湾有事などが発生した際にこそ考えていただきたいことがあります。それは、皆さんが行っている事業の本当に、本当に重要なもの、海外事業の本質はなんでしょうか?というポイントです。
安全管理だけを考えれば日本人を危険な地域から退避させ、日本なり第三国に移動させればよいのです。しかしながら安全管理はあくまで皆さんの掲げるミッションや事業目標を担保するためのツールでしかありません。リスクが下がった後、退避期間を終えて事業拠点に戻った後に本来業務を継続できるかどうかも含めた検討は必須でしょう。その時に重要なのが、皆さんの海外事業で最も価値があるモノ。着の身着のままに加えて何か一つ、「鞄一つ」に入る範囲で何かを持ち帰るとすればそれはなんでしょうか?
その国で事業を行う上で欠かせない事業許可証でしょうか?特許や知的財産権の基礎となる書類でしょうか?あるいは、長年受け継いできた酵母菌や化学反応に必要な触媒のようなものでしょうか?あるいは工場の設計図でしょうか?その国で試行錯誤してきた記録かもしれません。いざ、事業を一旦停止し何か一つその国から持ち出して来るべき事業再開に備えるために何が最も重要か、是非考えてみてください。そして、それを持ち出せるように準備を整えることが、レジリエントな海外事業体制に繋がります。
現地の有力者との信頼関係や現地従業員の愛社精神といった形のないものが最も大事ということであれば、その信頼関係を維持するために、何をやっておくべきなのでしょうか?危ないので日本人は国外に逃げます、というスタンスで退避した場合、将来的に禍根を残さず事業は継続できるかも要検討です。
普段であれば、あれもこれも大事だ!となるかもしれませんね。しかしながら有事の際にあれもこれも持ち出せる余裕があるとは限りません。欲張ったがために準備の時間が足りずあれもこれも持ち帰れなかった、というのはもっとも残念な結果。本当に身に危険が迫る中、「鞄一つ」という制約を設定した上で、考えると皆さんにとって真に重要な事業の本質が見えてくるかもしれません。
リスクが高まったら逃げればいい、で思考停止するのはおススメしません。リスクが高まった際には中長期的にビジネスを継続するという観点で、できうる限りのことをやった上で、退避する。リスクが元に戻った際には「鞄一つ」で持ち出した事業の本質に加え、現地に残した設備や資産、人的リソース、無形の財産を総動員して事業を復旧させる。これが海外事業展開する場合の理想的なリスク管理体制ではないでしょうか?
中国と台湾/米国の直接的な衝突が起こらないに越したことはありません。しかしながら、現下の状況を踏まえぜひとも皆さんの海外事業のコアを突き詰めて考えていただきたいと思います。
この項終わり