安全対策強化としてやりがちなこと
企業・団体が海外の国・地域で
「安全対策を強化しよう!」
と考えられた際、どんな対応をされるでしょうか?
安全対策の強化方法にはいくつか取り組み方がありますが、これまで面談させていただいたお客様の多くが挙げられていたのは
・警備員を雇う
・監視カメラを設置する
・入場ゲートを設置する
・退避用の頑丈な部屋を設置する
といったやり方。もちろんいずれの手段も安全対策強化に資する重要な対応方法であることは間違いありません。こういった施設や設備の増強、追加購入は見た目からして「安全対策をやっている感」が出ます。このため、テロや襲撃、侵入盗等を計画する側も手を出しづらいという印象を持つので、間違いなくリスクを低減する方法と言えます。
また、こういった対策を講じた企業・団体の側からしても
「これだけお金をかけて施設・設備を整備していた。
それなのに被害が出てしまったのは想定外の事態であり、大変遺憾である」
といった形で説明責任を果たすことができるというメリットもあります。何も対策をしていなかったのならともかく、お金をかけて目に見える施設・機材を導入していたのだから、企業・団体としてそれ以上の責任はとれません、という意味合いも醸し出すことができます。企業・団体が負う安全配慮義務を果たしていました、という説明ができるため、まずは目に見えるハード面の対策を!と考えるのはごく自然なことでしょう。
安全対策機器の設置は安全を保証しない
安全対策の強化を行う際にまず思いつく施設・機材の整備。
イメージがわきやすく、
建設・設置した対策が目に見える、
実際にリスクも低減できる、
さらには安全配慮義務上の説明責任も果たせる、
なにもかもいいことずくしではないでしょうか?しかしながら、当サイトはこういった対策に落とし穴があると考えています。まずは日本の皆様であればご存じの事件を例に考えてみましょう。
2019年、都内中心部の中学校に男が侵入し、児童の机に刃物を置くという事件が発生しました。警備が不十分だったわけではありません。監視カメラも複数台設置してあり、警備員も常駐していた学校で、児童らが在校中に発生した出来事です。思い出した方もおられるでしょうか?これは秋篠宮殿下のご長男、悠仁さまの机に刃物が留置された事件です。同校に皇族関係者の方が通われるのは悠仁さまが初めてでしたので、当然学校側としては悠仁さま入学前から警備計画を見直し、何らかの強化策も講じていたのではないでしょうか?
その結果、一般論としては十分すぎる設備・機材が整っていた様子がうかがえます。それでも事件が発生してしまっているのです。今回は犯人が刃物を机の上に置く、という行為以上の違法行為を企図していなかったため、大事には至りませんでした。しかしながら、これだけの設備・機材が整っていても事件の発生が防げないということが浮き彫りになった事案と言えるでしょう。
よくよく考えてみれば、監視カメラがどれだけたくさん設置されていても、侵入を防ぐことはできません。警備員がいたとしても、「工事の者です」という発言に説得力があれば、敷地内に入れてしまうでしょう。どれだけ高い壁を用意しても、下見して乗り越えるための道具を用意すれば乗り越えられてしまいます。
監視カメラで犯罪が防ぐことができるのであれば、次の参考コラムでも取り上げているように各種犯罪の監視カメラ映像が残っている、なんてことはないのです。実際には自爆テロの直前の様子であったり、生々しい強盗事件の一部始終が映像で記録されているケースはごまんと存在します。
【参考コラム】犯罪被害者にならないために手口を映像で学ぼう
(ちなみに2024年3月モスクワ郊外のコンサートホールで発生した大規模なテロでも犯人らが現場に侵入する様子が複数のカメラでとらえられています。結果的に約140名が亡くなった同国過去最悪級のテロも監視カメラを筆頭に各種警備設備が整った場所で発生している点に注意が必要です)
安全対策のための施設・機材は間違いなくリスク低減に効果があります。が、誤解してはいけないことが一つ。安全対策に資する施設・機材を設置したからと言って100%安全になるわけではありません。事件の抑止や事件後の捜査に役立てるために施設・機材があるとご理解下さい。
他方で安全対策のための施設・機材の導入は目に見えるだけに「守る側」である安全対策担当者はもちろん、「守られる」人々にもある影響、それもネガティブな影響を及ぼすことがあることを最後に指摘したいと思います。
慢心こそ最大のリスク
安全対策のための施設・機材を設置することによって生じるリスク低減以外の影響とはなんでしょうか?それは安全対策担当者や施設・機材によって守られる人々が安心しきってしまう、油断してしまう、という負の影響です。
今回の御茶ノ水女子大学附属中学校の事案で言えば、学校側は
・警備体制が十分に働いていなかった
・危機対応意識に甘さがあった
と明確に反省点を表現しています。
今回の事案で最も反省すべきなのは犯人をやすやすと敷地内に入れてしまったこと。内部でどのような工事を行っているのか、誰が工事関係者として敷地内に入ってよいかを確認して初めて強固な門と警備員を配置している意味があるのです。
さらに、NHK等の報道によれば、犯人は自分の姿が監視カメラに映らないようカメラの配線をハサミで切断していたとされています。これが事実であれば、容易に監視カメラの配線が切断できてしまう設置方法がまず問題でしょう。さらに、監視カメラの配線が切断されたにも関わらず、異変を察知して警備員が迅速に映像が途絶えたカメラ周辺に駆け付けなかった(駆け付けられなかった)点も問題です。
「監視カメラを設置すれば誰も悪いことをしないだろう」
という慢心があったとすれば、それは安全対策に関する施設・機材に対する過信以外の何物でもありません。施設・機材がたとえ十分でなかったとしても、安全対策担当者や守られる人々が緊張感を持ち、不審な出来事に即応できればまだ被害を軽減することは可能です。しかし、安全対策に関する施設・設備を機材したことで関係者が油断し、自ら「ガード」を下げてしまった場合、万が一の際の被害を軽減することはできないのです。
警備員を雇えばOK
監視カメラをたくさん設置すればOK
頑丈な入場ゲートを設置すればOK
退避用の頑丈な部屋を設置すればOK
では決してありません。
安全対策に関する施設・機材の整備はあくまで安全対策強化の出発点。実際に関係者の命を守るためには、整備した施設・機材を適切に運用し、関係者自身の心構えも維持しなければならないのです。安全対策で絶対に避けなければいけないことはただ一つ。ハード面での安全対策強化によって関係者が慢心してしまうことなのです。
この項終わり