シナリオ予測は有効、予言/予想は不要

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アメリカ大統領選挙の予想合戦

代表の尾﨑です。

近年まれにみる混戦?乱戦?になっているアメリカ大統領選挙ですが、ようやく民主党のバイデン候補の勝利が見えてきたようですね。正式な決着は投票から一週間以上たってもいまだについていないのですが、共和党の支持者も半数以上がバイデン候補の勝利を認めている模様です。事前に大手メディアで報道されていたようなバイデン候補の圧勝ではなく、上下両院も含めた民主党の完全勝利(いわゆる「トリプルブルー」)でもありませんでしたが、ひとまず来年1月にはバイデン新大統領が誕生する見込みが高くなってきました。

民主党のバイデン候補(左)と共和党のトランプ大統領(ニューズウィーク誌のウェブサイトよりキャプチャ)

 

 

世界一の超大国アメリカの大統領が交代するのですから、当然いろんな形で世界各地の政治・治安情勢に影響が及びます。トランプ大統領が再選された場合の外交政策とバイデン候補が勝利した場合の外交政策で違う点が多々あるので、事前の公約や、過去の両者の発言などは当然チェックが必要です。個人的には少なくともイランやイスラエル、北朝鮮との関係は大きく変わると想定しています。

 

さて、今回の大統領選挙の前には一部メディアに登場する方の発言として

 

・バイデン大統領になることは決まっている

・民主党がすべての選挙で圧勝する

・トランプ大統領が99%再選される

・富裕層への増税が確実だが財政政策が拡大する

 

といった極端な予想(?)、予言(?)も散見されました。ワイドショー的と言いますか、娯楽番組として見ればある程度極端な意見も必要なのでしょうが、本当にそうなるかどうか、はまだ誰もわかりません。少なくともバイデン候補がトランプ大統領に相当な差をつけて選出されるという予想や民主党が圧倒的支持を集めるという予言は外れていますね。

 

事前に喧伝した予想があたると、「ほら、言った通りだろう!」と自己主張される方も多いのですが、予想が当たり続けるということはまずありません。逆に予想が外れた際に反省の弁を表立って述べる方はほとんど見かけないのも興味深い点ですね。

 

 

さて、今回の米大統領選挙で事前の世論調査通りの結果にはならなかったのはご説明の通り。世論調査の難しさや、なぜ世論調査通りの結果にならなかったのか、といった分析はその方面の専門家に任せることにしましょう。ただ、一連の報道や投票結果を眺めていて、尾崎が今回あらためて感じたのは予想や予言は本当に当てにならないものだなぁという点です。そして当然のことながら、「絶対にこうなる」「こうなるはずだ!」という決めつけに基づいた意思決定は危険です。なぜなら前提条件が崩れた場合、対応策が後手に回ってしまうからです。

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安全対策に必要なのは複数のシナリオ

我々がお客様からのご相談を伺う中で、非常に多い質問が

 

 ・(特定の国で)リスクは今後どうなりますか?

 ・(世界が注目するイベントは)どういう結末になりますか?

 ・(特定の事件の後)世界でどんな出来事が起こりますか?

 ・(想定されるリスクについて)どの程度拡散しますか?

 

といった未来予測に関する問い合わせ。こちらが未来を知っていることを期待しているかのようなご質問をいただくこともあります。

その質問にだけ回答しようとすると答えは常に同じ「わかりません」に帰結します。無責任なようですが、責任をもって結果を断言することはできないのです。しかしながら、なぜその国で想定されるリスクがこれなのか、なぜこの事件の余波が世界各地に及ぶのか、といった背景を説明することは可能です。なぜならこれは既に起こったことの組み合わせだからです。

 

 

未来についても過去の延長線上と考えればいくつかのシナリオを想定することはできます。ただし、それらがどの程度の確率で発生するのか、また新しいシナリオが生まれるのか等正確に読み解くのは至難の業。実際にはいくつかのパターンを想定し、それぞれどの程度の割合で発生しそうなのか、またある事象が発生した場合にさらにその後どのような分岐点が存在するのか、を考えていくことで複数のシナリオを想定することが可能になるのです。

 

volcano-scenario-tree
火山の噴火予知システムとして文部科学省が公開している資料に掲載されている噴火シナリオ

 

何らかリスクイベントが発生した際、結末がわかったように解説する方、絶対にこうなるから俺を信じろ!と主張される方もいらっしゃいますが、セキュリティコンサルタントは占い師や予知能力者ではありません。(いないとは思いますが)未来のことが分かるような発言をして、断定的な判断をするコンサルタントがいれば、むしろ事態の複雑性を理解していない証拠と言ってもいいくらいです。

 

正確な未来予測ができるとは言えないセキュリティコンサルタントが、なぜ安全に対するアドバイスができるのか、そして一般の方よりも安全度を高める方法を複数提示できるのか?それは正確な未来予測がなくてもできてしまう安全対策のコツを知っているからです。

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どんなことが起こっても対応するための「頭の体操」

セキュリティコンサルタントというと、あたかもスパイのように機密情報をたくさん持っており

 

 いつ

 どこで

 だれが

 どうやって

 どんな事件を起こすのか

 

などがよくわかっているからこそ、安全対策ができると思い込んでおられる方が時々いらっしゃいます。正確に未来予測ができるからこそ、的確な安全対策のアドバイスができるのだろう、と。

 

実際には上記のような情報がわかっているのであれば安全対策のアドバイスなどやっている暇があったら事件が起こらないよう未然に防ぐのが正しい人間というものでしょう。それがわかっていてなお安全対策アドバイスを有料で提供しているのであれば、もう実行犯の一味といっても過言ではありません。

 

 

話を元に戻しましょう。

今の複雑な世の中で正確な未来予測ができる人はいません。ただし、起こりうる最悪の状況を想像することはできます。本当に最悪の状況が起こるかどうか、はわからなくても、「頭の体操」はできるはずです。そして、最悪の状況でも場合に関係者の被害を最小化する取り組みを進めることもできるはずです。セキュリティコンサルタントとして皆さんの安全対策をアドバイスする立場に必要なのは、正確な未来予測よりもシナリオの想定とその対応策のイメージです。

 

安全対策という分野に限ると特殊な能力のように思われがちですが、日頃の企業活動に置き換えて考えてみるとビジネスにおけるリスク管理、シナリオ想定にも似ています。

 

 ・取引先の支払いが滞った場合の対応策は?

 ・景気の急激な落ち込みでも耐えられる財務体質にするには?

 ・複数の提携企業候補から業務提携先を決定するには?

 ・突然アクティビストから株主提案が来た場合の防衛策は?

 

こういった経営上のリスクを想定し対応策を事前に用意することと、海外で発生しうる事態に備えた安全対策を講じることは基本的には同じ。経営会議などで上記のような議論をされる場合には「100%こうなる」といったイチかバチかの前提条件を設定することはないはずです。

取引先がこうなった場合のオプションは1、2、3・・・。景気が悪化した場合の想定として、深刻な影響がある場合、中程度の影響がある場合、影響が軽微だった場合、それぞれ銀行や債権者、株主とどのような対話をするのか、また従業員の雇用はどの程度守れるのか、など複雑なパターン分けをして考えておられるのではないでしょうか?

 

海外における安全対策の素になるリスクシナリオの検討も基本は同じ。ただ、海外の安全対策においては、皆さんが普段考え慣れていないというだけです。正確な未来予測がないと何もできない、と立ちすくんでいては、危機が現実になったとき太刀打ちできません。また、絶対にこうなるから、こうすべきだ、という「一本足打法」ではその前提が崩れた際に対応ができなくなってしまします。

 

安全管理について言えばどのような事態が起こったとしても、皆さんが守るべき関係者の命や重要な企業資産を守り抜くために頭の体操を行うことが一番大切なのです。

 

アメリカの著名な投資家チャーリー・マンガ―は2002年、バークシャー・ハサウェイの株主総会でこんな発言をしています。

 

  「みんな計算ばかりして、考えていません」

  (People calculate too much and think too little)

 

安全対策にもこの言葉は当てはまるのです。大事なのは面白おかしく予想や予測する人の話を聞くことではありません。最悪に備えるべく、複数のシナリオを予測し、そして対応策を検討することなのです。

この項終わり