緊急事態訓練は被害が発生している前提で

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防災訓練の重要性

今年も9月1日ー防災の日が過ぎました。多くの方はご存じと思いますが、この防災の日は1923年に関東大震災が発生した日です。「政府、地方公共団体等関係諸機関をはじめ、広く国民が台風、高潮、津波、地震等の災害についての認識を深め、これに対処する心構えを準備する」ことを目的に1960年閣議決定がなされていることもあり全国各地で防災訓練が行われる一日となっています。読者の皆さんも9月1日及びその前後で職場やオフィスビル全体での避難訓練を経験されているのではないでしょうか。

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防災の日、防災週間について広報する東京都のパンフレットから

我々が指摘するまでもなく、日本は地震が頻発する土地柄です。また、9月は台風が次々と日本周辺にやってきて暴風、大雨による被害も頻発します。相手が自然災害であるがゆえに、いつ、どのくらいの規模の被害が発生するか誰もコントロールできません。そして人間一人一人になんの落ち度がなくとも被害に遭うのも特徴です。こうした自然災害が一年に一度だけでも自然災害の恐ろしさを再認識し被害を小さくするための取り組みを続けることは重要だと考えます。

 

リモート勤務などが増えた今日、職場での一斉避難訓練や防災訓練に参加できていない方もおられるかと思います。しかしながら、せっかくの機会ですのでこのタイミングで皆さんが多くの時間を過ごされる自宅での備えを確認してみてもいいでしょう。

 

近隣の避難所の場所を確認

散歩がてら避難所までの道のりをチェック

洪水や土砂崩れ危険度などをハザードマップで確認

緊急時の家族・親族との連絡方法、連絡先を確認

停電時にも使える電池式/ソーラー式ライトやモバイルバッテリーの準備

最低3日分の飲食料品の確保(消費期限のチェック)

避難用に持ち出せるカバンの準備

 

といった項目は皆さんが個人レベルでもできる備えです。

 

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被害が発生した中での防災訓練は行われているか

防災訓練の必要性は我々が改めて強調するまでもないと思います。しかしながら、その訓練の質は十分でしょうか?具体的にどこに、どのような被害が出そうなのか、を念頭に置いた訓練と単に、これまでやってきたことを復習しましょう、という訓練ではその成果に差が出るのは言うまでもありません。実際に出題されそうな入試問題を想定して応用力を磨いている受験生と基礎的な計算ドリルにしか取り組んでいない受験生では実際の入試問題に挑んだ時の対応力は違ってくるでしょう。

 

実は防災訓練や避難訓練にも訓練の「質」があります。特に被害想定を設定したうえで訓練に取り組んでいるかどうか、は訓練の「質」を判断するために必要な要素の一つ。1995年阪神大震災で深刻な被害を受けた神戸市に所在する「人と防災未来センター」で最近行われた調査によれば人口が5万人を下回る自治体で具体的な被害想定を設定した訓練を実施している割合が下がるという結果が得られています。本当は具体的な被害を想定し、より本当に災害に見舞われた際をイメージした状態で訓練が行われていることが望ましいのは言うまでもありません。ただし人的あるいは予算的制約でより質の高い訓練がやりづらいのはある程度理解できることではありますね。

 

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「人と防災未来センターの調査」を踏まえた神戸新聞の記事より

 

具体的な被害想定を設定する以外にも訓練の「質」を高める方法はあります。例えば災害が発生した際に最初に召集される危機管理担当部門所属の方が揃わないケースを想定することも一つの方法です。災害が発生した際、必ずしも普段勤務されている社員/職員の方全員が職場にいられるとは限りません。今であればコロナウイルス感染症の関係で出勤できない方がいる、あるいは自宅が被災しており自宅を離れられない方がいる、交通網が寸断されており職場にすぐ到着できない、などなど対応する人数が揃わず企業/自治体が定めているマニュアル通りの対応にはマンパワーが足りないというケースもあり得るでしょう。

そのほかインフラの寸断や通信網の障害が深刻で防災訓練の時(インフラや通信網は「平常」通り使えます)に想定してた通りの対応ができなくなる、地下に保管されていた飲食料品等の備蓄が浸水してしまって使えなくなるといった想定外の事態に見舞われる、という前提を置くこともできます。実際の災害が発生する際には、訓練をしていた時には再現できない制約条件が次々と発生します。そして被害が大きくなるのはこうしたマニュアルには記載されていない出来事が次々と起こり、対応が後手後手に回ってしまうから、というのが一般的な災害被害拡大のメカニズム。例えば、エレベータや携帯電話が使えなくなった前提で防災訓練をするだけでもかなり訓練の「質」が上がるなぁ、というイメージを持っていただけるのではないでしょうか?

 

避難用の経路を確認する、消火訓練をやってみる、飲食料品の備蓄を確認するという定型的な防災訓練にももちろん意味はあるのですが、より「質」の高い防災訓練を行うことの重要性を感じていただけると嬉しく思います。

 

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海外での緊急事態も「予想外」がいっぱい

海外での従業員・関係者が緊急事態に巻き込まれた際の対応も「予想外」がたくさん起こることが一般的です。ある程度緊急事態マニュアルを定め、対策本部の設置等組織的な対応方針を決めている企業・団体でも本当にそのマニュアルが実践可能でしょうか?また対策本部の体制は速やかに整うでしょうか?

 

日本に拠点のある企業・団体の場合、海外に駐在・出張している関係者が何らかの被害に遭うのは日本時間の夜遅くあるいは未明の時間帯(欧米の日中の時間帯)がほとんどです。日本では公共交通機関が動いていませんので、日本で支援を行う人々が本社に集まるには思っている以上に時間がかかるでしょう。また、判断の重責を担う経営幹部が寝ている時間帯でもありますが、報告・連絡・相談はスムーズに行われるでしょうか?

 

現地関係者と連絡を行うために携帯電話は必要不可欠ですが、その通信網は維持されていますでしょうか?例えば大規模なテロが発生した際には物理的に電波塔等が破壊されるケースのほか、政府の指示によってテロ対策を目的として携帯電話サービスの電波を止められることもあり得ます。現地の関係者と通信が途絶えた状態を想定して、別の安否確認方法を想定しているかどうか、だけでも対応能力に差が生まれるのです。

 

さらに確率が低い状態ではありますが、日本で災害が発生しているタイミングで海外で従業員・関係者が犯罪やその他トラブルに巻き込まれていた場合どうでしょうか?もしくは複数の国・地域でトラブルが発生し同時に二つ以上の緊急事態に対応しなければならない状態になった場合はどうでしょう?

 

たとえマニュアルが紙やデータ上揃っていたとしても、そのマニュアルが運用できる状態になっていなければ企業・団体としての「安全配慮義務」は満たせていないと言わざるを得ません。

 

被害の想定が不十分であり、かつマニュアルが十分に機能しなかった事例の最たるものが2011年3月11日~15日までの福島第一原子力発電所事故ではないかと思います。地震の揺れ、及び津波による直接的な発電所への被害そのものはある程度想定された範囲内でした。しかしながら、その後に発生した発電所内の自家発電施設の浸水及び全電源喪失、また地震翌日から順次水素爆発などが発生しマニュアルに定められた緊急工事等も中断せざるを得ない状態が続きました。この間、現場にいた東京電力の関係者は皆さん必死に対応を続けられたとは思いますが、結果的に「想定外」の事態が多すぎて事故を防ぐには十分ではなかったことは結果から明らかです。

 

海外での安全対策に備えるためには、単に緊急事態を想定した訓練をやっていればいいというわけではありません。訓練の「質」をあげること、そして直接的なトラブルから負の連鎖が起こることを想定したシナリオを用意しておくことが真に緊急事態対応訓練を実のあるものにするために必要なのです。

 

この項終わり