緊急事態発生直後の連絡は正確さより速さを優先し、正常性バイアスと受け手の過剰な情報要求を避けよ

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事件の第一報、安否確認からあなたの救助が始まる

日本でも大きく報じられていますが、ウクライナでは連日住宅街を含む一般市民の生活地域への砲撃や空爆などが行われてます。国家間の紛争の前には個人や一企業の取り組みで危機を完全に排除することは不可能です。戦争に比べれば備えができるとはいえ、テロや大規模な災害に巻き込まれた際の対応を知ることは安全対策として基本の一つです。

予想すらしたくないことではありますが、万が一爆発や銃撃戦の現場に居合わせた場合、どうしますか?以前お伝えした三原則の通り「RUN、HIDE、FIGHT」の実践が第一です。しかしながら、巻き込まれてしまってどうにもならない、という場合は誰かに助けを呼ばねばなりません。

所属している団体がある場合には、業務上現地事務所や本社に「自分が生きている」という安否確認を行うことも重要です。なぜなら、事件現場からある程度離れている現地事務所はもちろんのこと、遠く離れた日本にいる本社の関係者は第一報があるまであなたが緊急事態に巻き込まれてることはおろか、事件が起こっていることすらすぐには知りえないからです。

 

決して日本のメディアを貶めるつもりはありません。が、皆さんが日ごろ見ていて気付かれる通り、日本国内のテレビや新聞、日本語ニュースはあくまで国内の出来事が中心です。海外の事件はよほど大きな出来事でない限り、翻訳や情報収集の都合もあるのでしょう、一日乃至二日遅れて国内で報じられることも珍しくありません。また、たとえ日本人が巻き込まれている事案であってもニュースバリューによってはそもそも報じられない事件・事故もたくさんります。

 

こうした状況を踏まえて皆さんが事件や事故に巻き込まれた際に注意しなければいけないことを考えてみましょう。海外で事件や事件発生を知らない人はあなたや周辺にいるであろう人を「助けなければ!」、「緊急対応を始めなければ」、とは感じません。事件の第一報、安否確認からあなたの救助は始まるのです。

 

ただ、こういった安否確認や第一報の際、絶対にやってはいけないことが二点あります。一つは連絡を発する側のやってはいけないこと、もう一つは連絡を受ける側のやってはいけないこと。それぞれ順番にご説明していきましょう。

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「正常性バイアス」という罠

まずは第一報を行う側、事件に巻き込まれた側の「やってはいけない」です。

日常のコミュニケーションでは5W1Hをクリアにすることが好ましいとされています。確かに、

 

・誰の話かわからない

・いつの話かわからない

・なんのテーマかわからない

 

という話は聞いていても困ってしまいますよね。

新卒採用された新社会人のみなさんが最初に受ける研修でも5W1Hを整理して上司・先輩に伝えられるようにしましょう、と教えられるのではないでしょうか?この教えそのものは大変重要です。

 

しかしながら、これはあくまで爆発や銃撃などが一切発生していない平常時のお話。緊急事態の際は5W1Hを全部揃えることがほぼ不可能でしょうし、心の余裕もないはずです。それにも関わらず、普段通り5W1Hを整理してから救助を求めよう、と考えるのは人間としてとても自然な習性です。どんなに深刻な緊急事態が発生していても、普段と同じように行動してしまう、これは「正常性バイアス」と呼ばれる反応なのです。

 

ただ、上述の通り、緊急時には皆さんの第一報がなければ現地事務所や本社での情報収集すら始まらないのです。そのため、緊急時においては、自分が事件に巻き込まれたことを素早く伝えることが情報の正確性や網羅性よりも優先されるのです。

 

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緊急時には「●●に巻き込まれたようだ」だけでOK!

理想的(だけど自分が巻き込まれている時には非現実的)な緊急通報 (出典:茨城県警HP

 

上の図は茨城県警のHPに掲載されている緊急時110番通報のお手本です。5W1Hが網羅されており、通報を受けた警察が動きやすいように、情報提供をお願いしているものです。自分が事件に巻き込まれておらず、また、自分に更なる危機が迫っていない場合にはこういった通報は理想的です。

 

ただ、日本の警察の場合、爆発や銃撃が発生し、パニックになっており、今後いつ、どこで何が起こるかわからないすなわち「通報者も混乱し、通報者への危険も排除できない」といった事態は想定していないのだと思います。このため上に引用したような理想的な緊急通報をしてもらえるといいな、ということでご案内が作成されているのではないでしょうか?他方、海外でテロや襲撃事件等に巻き込まれた場合、日本で交通事故や暴力事件を目撃した、という状況とは異なるはず。その場合は5W1Hにこだわらず、情報を伝えるスピードを最優先して下さい。

そして、開口一番

 

「●●の事態が近くで起こって巻き込まれた。これ以上は今わからない!」

 

と伝えればOKです。そこから先は目前に危険が迫っていない海外事務所や本社担当者が多少は落ち着いて情報を収集すればよいのです。万が一海外で緊急事態に巻き込まれ、助けを求める時には、5W1Hの原則をひとまず横において、なにはなくとも

 

「こんなことがあった!」

 

の1Wだけでも素早く伝えることを心がけましょう。

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連絡を受ける側のやってはいけない

ここまで緊急事態に巻き込まれ、助けを求めるための連絡を行う側のやってはいけない、ということで、平常時のように5W1Hを揃えることよりも第一報のスピードを重視すべき、ということをお伝えしました。ここからは連絡を受ける海外拠点のリーダーもしくは日本の本社担当部門の方々、つまり支援する側のやってはいけないをご紹介したいと思います。

 

受動的な役割を果たす人々なのに「やってはいけない」ことがあるのか?と思われるかもしれません。しかしながら、連絡を受けた際、ついついやってしまうことこそ「やってはいけない」ことの代表例なのです。これもまた緊急時にも関わらず、平常時と同じ対応をしてしまう「正常性バイアス」が関係しています。

 

そのついついやってしまうこととは、海外で緊急事態が発生した際、現地にいる人から第一報を受けた時に

 

・詳細な情報を報告しろ

・新しい情報が入ったらすぐに報告しろ

・なぜそんなことになったのか、分析しろ

 

等々、追加の情報提供を現地に求めることです。平常時であれば、トラブルがあれば当然詳しい状況を知る必要があります。また、できるだけ早く原因究明を行い再発防止策を講じることも重要ですね。しかし、人命も関わるような事態ではこれらを後回しにしてでも人命を救わねばなりません。緊急事態が発生した現場では追加情報を揃える余裕はありませんし、場合によっては追加情報を取りに行って命を落とすなんてこともありえます。また、事件発生直後は様々な情報が錯綜し、どれが正しいことなのか、にわかにはわからないことも往々にしてあり得ます。

 

平常ではない、有事の状況下で本社ないし、海外の業務拠点が追加情報を求めた場合、

 

・現地の関係者が不必要なリスクを冒して情報を集める

・本社/海外拠点への報告は5W1Hが揃うまで遅らせる

・現地の避難/救助対応が後回しになってしまう

 

といった副作用も想定しえるのです。

 

悪い報告こそ受け止める

海外での緊急事態に限らず、一般的なビジネスの世界でも似たようなことが言われています。

 

「悪い報告ほど早く上司に伝える」

「悪い報告をした部下を叱ってはいけない」

「悪い報告に対してすぐに原因究明と再発防止策を求めてはいけない」

 

という話を聞いたことはないでしょうか?

 

悪い報告をすると不機嫌になる人には悪い報告がなかなか入ってこなくなります。また、悪い報告をするとさらに詳細な情報を求められる、反省を要求される、というのも悪い報告が入りにくくなる要因になってしまいます。

 

前回お伝えしたように、海外での緊急事態は最悪の場合人命が失われる事態です。内容や網羅性はさておき、事件に巻き込まれたことすら把握できなければ、現地拠点も本社も対応はどんどん遅れる一方で、人命のリスクも拡大してしまいかねません。

悪い報告こそ、第一報を受け止め、その情報の範囲で速やかに対応を開始する、これが海外での緊急事態対応の基本です。

(以下参考事例。第一報は「〇〇の模様」という非常にあいまいな情報だが、これがあったがゆえに、日本政府も大使館もすぐに対応できた。)

アルジェリア 日揮プラント襲撃事件発生時の政府内連絡体制(同事件検証委員会検証報告書より)

大きく構えて、コツコツ動く

海外で緊急事態が発生した際、どのように現地の仲間を助けるのか、は組織全体の総合力が問われます。特に全体を俯瞰して対応するトップマネジメントのみなさんには、緊急時だからこそ、「大きく構える」ようにお願いしたいと思います。

平常時であれば、詳細な情報を出すように指示を出し、緻密な思考と入念な議論を経て決断することがリーダーの役割です。しかしながら、緊急時、それも自分が現地にいない場合に、自分一人でできることは極めて限られています。映画のように一発逆転ですべての問題が解決する対応策もありえません。緊急事態に直面したリーダーだからこそ、現地で対応している仲間を信じ、彼ら/彼女らが無事に帰国するために、今目の前でできることをコツコツと実践していただきたいのです。

起こってしまったこと、それも皆さんの従業員/関係者が巻き込まれてしまったテロや災害に対して慌てても時すでに遅し。そうした事態に巻き込まれないための取り組みは、緊急事態が発生する前に取り組んでおかなければならないのですが、それができていなかった、ということであればまずは従業員/関係者の救出に必要な取り組みを一つずつ着実に遂行しましょう。

 

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日本政府の設置した緊急災害対策本部の様子(参考事例、内閣府HPより)

 

日本の場合地震や津波といった自然災害に対する行政の「対策本部」立ち上げは極めてスムーズです。そして、行政は非常事態にも浮足立つことなく、冷静に被害状況をまとめ、住民の支援を行っています。海外でのテロや襲撃事件等に巻き込まれた場合に、本社がどう対応すべきか、行政の対応も参考になるはずです。

この項終わり