ロシアあわや「内戦」の一報から急転直下
2023年6月23日、ロシアの民間軍事組織ワグネルの創設者であり、指導者であるプリゴジン氏はSNSサービスの一つテレグラム上でプーチン氏率いるロシア政府に対する武装蜂起を呼びかけました。「軍上層部の誤った情報に基づいてウクライナへの軍事侵攻が始まった」としてロシア軍幹部を厳しく批判、ウクライナに近いロシア南部からこれまでとは反対の北側、つまりモスクワに向けて進軍することを発表したのです。
ワグネルの一団は南部ロストフのロシア防衛省拠点を占拠。そこから幹線道路を北上し、一時はモスクワまで残り200キロのほどの地点まで、かなりのスピードで「進軍」することに成功しました。
こうしたワグネル勢力の動きを受け、プーチン大統領は国民に対し約5分の緊急演説を実施。ワグネルの動きはロシア国家に対する反逆であると明言。武力蜂起を準備する者は厳しく罰する方針であり、速やかにロシア軍に投降するように呼びかけました。23日時点ではプーチン大統領が指揮権を掌握するロシア軍とプリゴジン氏が指揮命令系統の頂点にいるワグネルの二つの軍勢が全面対決するのではないか、という様相を呈したのです。
ところが、翌日24日になると事態は急転直下。プリゴジン氏はモスクワへの進軍・武装蜂起を停止すると発表。ワグネルの一団は再びウクライナとの軍事衝突が激しい地域に復帰することになりました。対するプーチン氏も武装蜂起に参加しなかったワグネルメンバーはロシア軍に合流できる旨発表するとともに、武装蜂起を呼び掛けていたプリゴジン氏に対しては「ベラルーシへの出国までの安全を個人的に保証する」旨発言しました。プリゴジン氏は近々ロシアと同盟関係にある隣国ベラルーシに向けて出国すると報じられており、ベラルーシのルカシェンコ氏による何らかの仲介があった模様です。
全世界が注目するロシア・ウクライナ間の軍事衝突の最中突如発生したロシア国内の武装勢力による動き。そして急転直下の事態急変は日本はもちろんのこと、欧米メディアも中東メディアも多くの耳目を集めたといえるでしょう。
飛び交うフェイクニュースやジョーク
さて、大きなニュースが飛び込んでくると今の時代、フェイクニュースが飛び交う、というのはお決まりの様子。また、おそらく最初に投稿した方はジョークのつもりであっただろうSNSの書き込みなども多く拡散していました。当サイトでフェイクニュースやジョークを広めるのは本意ではありませんのでリンク等は貼りません。あえて言葉で書くとすれば
・軍事衝突地域のウクライナ兵がタブレット端末でロシアの内紛を映画のように楽しむため、ポップコーンを食べている
(派生形として欧米がウクライナにポップコーンを支援物資として送ることを決めたというものもありました)
・英国の政府機関がインテリジェンス情報として「Ha Ha Ha Ha」(日本語で言えば「wwww」のニュアンス)と発表
・プーチン氏がロシア軍人に追いかけられ走って逃げている写真
などがこの一日間で飛び交っていたのが実態です。ごく一部の方にしか注目されない地域のニュースなどではめったにフェイクニュースが飛び交うことはなく、事実を報道する正規メディアの記事が目立つのが一般的。ところが、今回のように多くの人が注目するニュースの場合は、もっともらしいけれども嘘をそれっぽく投稿してみる、昔の写真や別の場所の写真をあたかも今回の事案に関連したものとして投稿する、あるいはウケ狙いで投稿したジョークが異常に拡散される、といった事態が発生してしまうのが怖いところ。
ロシアの件では「え、そんな投稿ありましたっけ?」という方は新型コロナウイルス感染症拡大中のことを思い出してみてください「もっともらしい」けれど根拠のはっきりしない情報が拡散したのは記憶に新しいのではないでしょうか?
この食品がウイルスを殺す
ぬるま湯を飲むとよい
このサプリメントを飲むと免疫が高まる
という個人レベルの話もあれば、
どこそこで感染者が大量発生している!
〇〇病院で医療崩壊が起こっている
医療関係者の情報では、こうすると診断/治療が受けやすいらしい
ワクチンの副作用が隠蔽されている
という医療面の情報も多く飛び交いました。特に医療面の情報は一般の方が専門知識を持っておらず、「もっともらしい」情報が独り歩きした事例が多かったようにも思いますね。
今回もロシアとウクライナの軍事衝突が特に欧米諸国で注目される最中発生したことで、フェイクニュースやジョークが多く生まれることになったと言えるでしょう。こういう時こそ、冷静に情報の真偽を確認し、実際に起こっていることは何か、またそれが自分たちにどのような影響を与えるのか、を整理することが「情報リテラシー」の意味合いです。
情報リテラシーを底上げするための5つの質問
では、このコラムの最後に、フェイクニュースやジョークが飛び交う中で「情報リテラシー」を最低限担保するために皆さん自身に問いかけて欲しい5つの質問をご紹介します。これだけですべての情報の真偽を見分けられる、というわけではありませんが、フェイクニュースやジョークを鵜呑みにして振り回されることはかなり少なくなるはずです。
その5つの質問は以下の通り。
1.本当に?
2.他には?他の見方はないかな?
3.得したのは誰?
4.次どうなると思う?
5.自分だったらどうすると思う?
大手メディアであれ、SNSであれ、流れてくる情報を鵜呑みしないために速報やニュースに接した時にはまず「本当に?」と自問自答することをおススメします。BBCが言っているから、NHKが言っているからではなく、ご自身の常識に照らして「ん?」と思う部分があるならば、そこから事実確認を開始することをおススメします。結果的に大手メディアの場合は事実であることが多いですが、なんでも間でも鵜呑みにするよりはずっとリテラシーが上がりますね。
もう一つ、今回取り上げたいのは3番目の「得したのは誰?」という問いです。今回の事態、これまでプーチン氏と手を組んできたプリゴジン氏が急に反旗を翻し、そして一日で態度を反転させる、という一見意味不明の状況です。ただ、意味不明!と理解を放棄してしまっては、次々と流れ込んでくるニュースをそれ以上解釈できなくなってしまいます。そういう時に、一つの判断軸として「誰が得をしたのか?」という質問を使ってみるのはおススメです。
今回の場合、一番得をしたのは誰でしょうか?当サイトではあえて答えは出しませんがいくつかの考え方をご紹介します。
ウクライナ政府/軍?この一日でウクライナ軍が大幅に支配地域を拡大したという報道は見かけませんでした。ウクライナとの前線を一時離れモスクワに向かったのはあくまで民間軍事組織であるワグネルの部隊のみ。正規のロシア軍はウクライナ軍と対峙していましたからウクライナ政府や軍はそれほど得をしたとは言えません。むしろ、24日に実施されたウクライナ首都キーウへのミサイル攻撃では少なくとも5名が死亡し、この数か月で最大規模だったとの報道があります。
ウクライナが得をしていないということであれば、だれが本事案によるメリットを享受したのでしょう?プーチン氏の指導力低下が指摘されていますが、それを客観的に測定する方法はないように思います。他方で、例えばプリゴジン氏、及びワグネルについては米国による経済制裁が遅れるという「利益」がありました。ワグネルとロシア軍が対立する中でワグネル関係者に経済制裁を行うと、間接的にロシア政府を支援することになる、というのが米国政府のロジックです。また、今回プーチン大統領率いるロシア政府とワグネルを率いるプリゴジン氏の双方を仲介し、「手打ち」に導いたのは隣国ベラルーシのルカシェンコ大統領と言われています。さて、彼もまた何か利得があったのでしょうか?
このような質問を経て、さらに4番目の質問「次どうなると思う?」、そして5番目の質問「自分だったらどうする?/自分だったらどうした?」といった自問自答をしてみるとどうなるでしょうか?
この5つの質問を活用することで、皆さんご自身の情報リテラシーは間違いなく引き上げられるはずです。特に海外事業のリスク管理を担当するような方は、フェイクニュースに振り回されていては仕事になりません。皆さんの業務を全うするためにも代表的な「自問」テクニックを身に着けていただければと思います。
【参考コラム】安全対策担当者は情報に踊らされてはいけない
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