組織としての安全管理 ‐安全配慮義務‐(前編)

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安全配慮義務の観点で問題になる事例

 

では、具体的に海外での安全管理に関連し、安全配慮義務違反と指摘される恐れのある事例はどのようなものがあるでしょうか?

具体的に4つを挙げてご説明したいと思いますが、長さの関係でコラムの前編では2つをご紹介したいと思います。

 

1)海外勤務中、不慣れな業務を大量に担当し、過労死、心身の不調が生じた

海外展開している企業・団体の中には、海外拠点をごく少数の人数で運営しているケースが多くみられます。現地駐在員への手当や拠点維持にかかるコストを考えれば、経済的な理由で人数を最小限に絞りたい、という意図は理解できます。

他方で、現地での業務量に対し、人数があまりにも少なすぎる場合は労働時間が長時間におよび、過労死のリスクが生じてしまいます。

 

加えて、海外拠点と日本の本社では時差があります。このため、日本の本社とのやり取りが海外拠点のワーキングアワー外となることもしばしば。海外のワーキングアワーはいつも通り仕事をしていながら、日本からの連絡にも日本の時間に合わせて速やかに対応する、といった対応を続けれいれば労働時間が長くなるのは当然です。

 

労働時間が長くなれば、日本国内での過労死事案同様に、

 

・予見可能性=雇用者が健康を害することを予測できたかどうか

・結果回避性=企業・団体として雇用者が健康を害することを回避できなかったか

 

を問われる可能性があります。

 

2)海外勤務で現地に適応できず心身に不調が発生した

 

日本での勤務と海外での勤務で大きく異なる点が二つあります。一つは駐在者、出張者を取り巻く環境・文化が異なること、そして二つ目は場合によって人間関係が極めて限られることです。

 

日本ではある程度計画通りに仕事が進むことが多いですし、公共交通機関や生活インフラも整っているため、よほどの自然災害等がない限り、業務の前提が崩れることはありません。他方で、海外では先進国と呼ばれる国でも列車の遅延は日常茶飯事ですし、水が出ない、停電が発生する、といったトラブルもしばしば。場合によってはストライキなどで、そもそも会社にたどり着く方法がなくなってしまった、といった事例も当然おこりえます。また、文化的な背景や労働への考え方の違いによって、日本的な仕事の進め方が全く通用しないこともあります。

日本では当たり前だったことが、海外で仕事を始めると当たり前ではない。にもかかわらず、日本の本社からは「なぜ計画通りに進められないのか」と問われる。こんな環境で行われるのが海外での業務なのです。

さらに、日本の本社であれば、たとえ上司や先輩、同僚と反りが合わないことがあっても、他部署の友人もいれば、社外の友人もいますし、自分の趣味を思う存分楽しめる居場所もあると思います。仕事でうまくいかなくても「逃げ場」がありますね。

他方で、海外の拠点では同じ企業・団体の駐在者が限られること、また社外のコミュニティに入りにくいこと、趣味を思う存分楽しめる居場所も作りにくいこと、などから人間関係がほころび始めると、解決策がほとんどない、という事態にもなりかねません。

本社からのプレッシャー、現地での人間関係など、思うに任せないことが重なると普段快活な方でも心身に不調が生じてしまうこともあり得ます。こうした状況下で最悪の場合、自殺に至ってしまい企業側が賠償責任を負った事例もあります。

 

 

1)、および2)の複合要因ではありますが、1996年に判決が下された事案をご紹介して、前編を終えたいと思います。

 

加古川労働基準監督署長(神戸製鋼)事件

safety-consideration-verdict

在ニューヨーク日本国総領事館HPより

 

この項終わり