グローバルテロリズムインデックスとは
オーストラリアに拠点を持つInstitute for Economics & Peaceという団体が毎年発表しているGlobal Terrorism Index(グローバルテロリズムインデックス以下「GTI」と略します)という指数があります。これは世界各地で発生したいわゆる「テロ」に分類される事件の数や被害規模を指数化して、ランキングしたものです。
このインデックスの特徴として
・世界中のほとんどすべての国・地域が評価されること
・同じ基準に基づき、国別に0~10の間で指数が算出されること
・毎年発表されるため指数の変化や順位の変化が見えやすいこと
・色分けされた地図が公表されるため、本文を読まずともテロ危険度が把握しやすいこと
などが挙げられます。
このインデックスの最新版となる、2025年版が3月5日付で公表されており、こちらからダウンロードが可能になりました。全体で約115ページの英文レポートとなっており一般の方が通読するにはちょっと大変かもしれません。当サイトでは例年最新版が発表されるたびに内容を確認し、過去分とも比較した上で、概要をお伝えしていますので以下是非ご一読下さい。
なお、2018年版から各国のランキング順位の変動が明記されるようになりました。代表の尾崎は2016年から
「テロリズムインデックスの各国順位の変動、特に急に順位が上がった国ではそれまで起こらなかったような大きなテロが起こることが多い。『アノマリー』ではあるものの、先行指標として有効かもしれない」
と発言していました。本稿の最後にランキングが急上昇(インデックスが悪化)しており、リスクの高まりが示唆されている国を三つ挙げていますのでご確認下さい。日本人が多く活動する欧州の国も含まれています。
2025年版報告書の概要
まず目につくのは、世界全体でのテロによる死者数は2024年一年間で7,555人であり、前年2023年と比べ13%増(2022年比では8%増)となったという報告です。他方で、テロの件数は一年間で3,492件となり、昨年2023年と件数ベースでは横ばいと言えます。前年2023年のテロ発生状況を踏まえた2024年版GTI概説コラムでは「テロ一件当たりの死者数が増加している」「テロ事案がより致死的になっている」ということをご説明しました。特にイスラエルを取り巻くテロが件数のわりに死者数が大きかったのですが、2024年はテロ一件当たりの死者数がやや改善しています。
ちなみに、2021年のテロ一件当たりの死亡者数は1.3人、2022年では1.7人、2023年は2.5人と過去3年でテロ一件当たりの死者数はほぼ倍増していたのですが、2024年の統計によれば2.2人となりました。テロ一件当たりの死亡者数は前年から減少したとはいえ、過去数年の中では依然として多い水準となっていますので、テロの巻き添えになって死亡している方が多いことがうかがえます。
テロの発生場所の特徴についてご説明しましょう。本報告書では欧州におけるテロ件数が2023年の34件から2024年の67件へと倍増していることが明記されています。昨年の報告書では「2024年には欧州でのテロが増加する可能性がある」と明記されていましたが、まさにこの記載通りの状況となっています。実際に例えばフランス政府は2024年3月25日に自国内のテロ警戒レベルを3段階中最も高いレベルに引き上げました。同国政府は現在も高い警戒態勢を維持していますが、欧州各国が自国内のテロ警戒を高めている点は日本ではあまり報じられていないため、日本人の欧州における治安認識と実際のリスクレベルは乖離があると言えなくもありません。
もう一つ地域的要因で特徴的なのは、中国におけるテロインデックスが3年連続で上昇していることです。2023年版で93位と「テロとほぼ無縁の国」の一つだった同国は、2024年版で73位、2025年版では49位とランキングがかなりあがってきてしまっています。中国でビジネスを展開されている日本企業にとっては中国におけるテロ傾向の変化も本報告書から示唆を受け取るべきポイントの一つと言えるでしょう。
テロの実行犯別の分析に話を進めましょう。過去数年間、組織別のテロ実行数トップだったグループはアフガニスタンタリバンでしたが、同組織は2021年8月以降アフガニスタンでの権力を事実上掌握、現在はタリバンが「統治する側」に回っていますのでテロの実施主体としてはカウントされていません。このため本年もIS系組織がテロ実施主体別のテロ実行数ではトップとなっています。具体的にはIS関係組織、JNIM(アフリカ北部・中部を拠点とするアルカイダ系組織)、TTP(パキスタンタリバン運動)、アルシャバーブ(ケニアを拠点とする武装勢力)の4つの組織によるテロの死者数が多い状況です。この4つの組織が実行するテロの犠牲者は、テロによる死者全体の約80%に達します。これらの組織が活動を活発化させている地域ではテロリスクに特に警戒が必要であることがうかがえます。
こうしたテロ組織・武装勢力を含めテロ組織の活動が活発化している地域は欧州に加え、南アメリカ、そしてサブサハラアフリカの3つです。これら以外の地域では2014年以降の平均的なテロ被害度合と比べるとインデックスは回復傾向にあると評価してもよいかもしれません。ただし、地域で一括りにするのではなく、国ごとにテロ発生状況を見ていくと少し意外なことがわかります。
例えば、テロという単語を聞いて日本人が思い浮かべやすいイラクは昨年テロ発生件数の上位10か国から外れたことに続き、本年もインデックスの改善が続いていることも印象的です。また、昨年急激なインデックス上昇が観測され、世界で二番目にテロ被害が深刻だったイスラエルは今回8位までランクが下がっていること、アフガニスタンやモザンビークもインデックスが改善しています。その反対に、ブルキナファソ、パキスタン、ニジェール、ナイジェリアが上位に定着しつつあります。つまり、数年~十数年前の「テロと言えばこういう国」という肌感覚と最新のテロ情勢はかなり変わってきているのです。
ご参考までに2024年版インデックス上位10か国は次のとおりです。先ほどお伝えした通り、イラクが10位以内に入っていないことやアフガニスタンが9位というのは長くこの分野で仕事をしている我々からすると大きな変化です。
1位 ブルキナファソ(昨年1位)
2位 パキスタン(昨年4位)
3位 シリア(昨年5位)
4位 マリ(昨年3位)
5位 ニジェール(昨年10位)
6位 ナイジェリア(昨年8位)
7位 ソマリア(昨年7位)
8位 イスラエル(昨年2位)
9位 アフガニスタン(昨年6位)
10位 カメルーン(昨年12位)
当サイトが注目するテロの傾向
ロシア/ウクライナあるいはイスラエル/パレスチナのような事実上国家間紛争に近い状態に陥っている国への渡航を控える方は多いと思いますが、それ以外の国に海外渡航する際、テロを警戒している方はそれほど多くないのではないでしょうか?前述の通り、テロ件数そのものはここ数年減少傾向にあると言っても差し支えありません。ただし、テロが発生する地域は少しずつ変化してきており、海外経験が豊富な方でも「これまでテロを警戒する必要がなかった」国でもテロを警戒しなければならない点に注意が必要です。
前年よりも改善したとはいえ、テロ一件当たりの死者数が2、3年前と比べれば50%以上多い水準であることをにご注意ください。これはひとたびテロに巻き込まれた場合命を落とす可能性があるという事でもあります。テロが発生しそうなタイミングを避ける、テロが発生しそうな地域を避けるといった基本的なリスク回避策を徹底してください。
【参考コラム】テロ被害のリスクを大幅に下げる4つの鍵
また、冒頭ご紹介したように、当サイト代表の尾崎はグローバルテロリズムインデックスの各国ランキング変動やその他各種治安情勢を踏まえて、近い将来どういった国が危険か毎年検討しています。残念ながら警戒していた国で大きな事件が発生することもありますし、注意して情報を集めていたものの特段なにも起こらなかったという国もあります。あくまで現時点ではご参考まで、という位置づけですが当ウェブサイトが考える向こう一年間のテロ要警戒地域、またテロ発生傾向を提供します。
・インデックスの順位が上がっている国のうち治安に関係する情報などを踏まえ特に注意が必要ではないか、と当サイトが考える国はドイツ(37位⇒27位)、オマーン(89位⇒37位)、マレーシア(81位⇒52位)
(ブルキナファソあるいはパキスタンのような大規模なテロが次々と起こるという意味ではない。小規模ながら現在の警備状況では防ぎきれない無差別テロなどによって、一般人に被害が発生しても驚かないという意味合い)
・上記の他、特にインデックスの順位が悪化している国はヨルダン、オーストラリア、中国、スウェーデン、マレーシア等
・隣国との紛争や自国内での民族的/宗教的対立が発生している地域ではテロへの警戒を下げる理由がない。現在大きなテロが発生している国・地域はいずれも紛争がテロ続発のトリガーになっていると言える
・米トランプ大統領の発言や政策はもとより、排他主義を強める欧州の政治情勢などを踏まえ、組織に属していない一般人でも急速に過激化し、テロ実行犯となりうる点に十分注意
・ヨーロッパ及び欧米では引き続き銃の乱射や車両の突入といった「誰でもできてしまう」単独犯によるテロへの警戒を解いてはいけない。過激派組織、国際テロ組織に属さない犯行主体によるテロが増加している点要注意
最後に一点目で指摘した要注意国に対し、日・米・英・豪各国がそれぞれの国民向けにどのような旅行前アドバイスを提供しているかまとめたぺージのリンクをご紹介しておきます。
ドイツ治安最新情報
オマーン治安最新情報
マレーシア治安最新情報
弊社では過去のGlobal Terrorism Indexレポート及びその別冊をストックしています。皆さんが進出済みあるいは今後進出予定の特定の国・地域ごとのインデックスの経年変化、直近のテロ発生傾向、今後の要注意点等を取りまとめて提供することがも可能です。海外展開中の国・地域のリスクが気になる方や、ポストコロナの新たな海外事業展開を計画中の方、進出先候補を比較検討されている方などには是非ご活用頂きたいサービスです。
簡易な分析であれば一か国54,000円(税別)から承ることが可能です。ご要望の方はコチラの問い合わせフォーマットよりお気軽にお問合せ下さいませ。
この項終わり