緊急時対応訓練を 「実践的」にする方法(前編)

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緊急事態対応の基本は対応策と訓練

想像を絶する台風19号の被害に当サイト関係者一同驚いています。広い範囲で河川の氾濫や浸水被害、土砂崩れが発生しているとのこと。お亡くなりになった方のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様にお見舞い申し上げます。

 

人生にはさまざまなトラブルがつきものですが、台風は数少ない

 

 いつ頃災害がやってくるのか、

 どこに災害がやってくるのか、

 どのような災害が発生しうるか、

 

がある程度把握できるトラブルの一つです。これだけ事前に情報が揃っていても被害を完全には防ぐことができないのが自然災害の恐ろしいところ。人類という存在のちっぽけさを痛感します。

 

そしてもっと恐ろしいのはいつ、どこに、どのようなトラブルがわからない状況です。自然災害で言えば地震や津波、竜巻などは現時点で発生を正確に予測できない種類の災害です。また、人間が人為的に起こすトラブルの代表格としてはテロや大規模な事故が挙げられますね。

 

事前に備える時間が一定程度確保されている台風でも万全の対策を構築するのは容易ではありません。事前の準備が計画的にできない台風以外の災害、テロ、事故等では緊急事態への対応がより難しいのは言うまでもありません。

 

このため、様々な緊急事態に備えて対策を決めておくこと(マニュアル作成や役割分担の明確化等)と実際に緊急事態を想定した日常的な訓練(避難訓練や消火訓練等)が重要になってくるのです。

 

ただし、今回の台風でも、

 

 避難しようとしたときには既に夜になっていた、

 避難しようと思っていた道が冠水していた、

 急に周辺の水位が上がって避難できず2階に逃げるのが精一杯だった、

 

という避難プランが実現できないケースもままあったようです。単に対応を決めておけばよい、というものではないこともご理解いただけるのではないでしょうか?

 

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マニュアルを読むだけでは意味がない

大きな企業・組織ではBCP(事業継続計画)の一環として何らかの突発的なトラブル、災害、テロ等が発生した場合の対応が定められていると思います。ケースごとのマニュアルが定められていれば、立派な企業・組織と言えるでしょう。

 

しかしながら、一つ質問があります。そのマニュアルは本当に役に立ちますか?

 

 

我々が海外に展開しているお客様の相談を受けた際、よく目にするのは

 

 マニュアルはあるけれども関係者が読んだことがない、

 

もしくは、

 

 マニュアルを一通り読んではいるけれども一度もマニュアルが機能するか訓練したことがない、

 

というパターン。立派なマニュアルがあるのに誰も読んだことがないというのは非常に皮肉な状況です(立派すぎるから誰も読まないのかもしれませんが)。こうしたケースではなによりも既存のマニュアルを読んでいただき、まず基本的な対応方法が現時点でも活用できるかを再確認していただくことが第一です。

もし、担当者が既に異動されたり、退職されたりしている、社内体制が再編されており、担当部門が変わっている、といった基本的な情報の更新が必要であればアップデートをしてもらいます。また、想定されている災害やトラブルの規模が最新の事業環境にマッチしているかも確認が必要です。

 

 

その上で、マニュアルを読んではいるけれどもマニュアルが機能するかわからない、というお客様には、一度とにかく実地訓練を行うようおススメしています。人間だれしも、文章を読んだだけでその通り行動できるわけではありません。教科書を読むだけで試験問題が解けるわけでもなく、スポーツの解説書を読んで上手にプレーできるわけでもありません。また、交通ルールを学び、自動車の仕組みを勉強しただけの人に路上で運転してもらいたくはないですよね?

 

頭で理解していることと、実際に体を動かしてやってみることの間には大きな差があります。理論上スムーズに緊急事態の対応ができるように書かれていても、実際にやってみると

 

 連絡先が分からない

 避難経路が荷物でふさがっている

 定められた場所に備蓄品がない(足りない)

 必要な物資を運ぼうとしたら、担当者が力が足りず持ち運べなかった

 打ち合わせ用の会議室に人が入りきらない

 

といった不具合がたくさん見つかるのです。

 

こうした不具合を修正しておかなければ本当に緊急事態が発生した際、ただでさえ焦っている状況下で適切な対応は期待できません。とにかく一度でもいいので実際に体を動かしてマニュアルを実践してみる。「机上の空論」になっていないか確認してみることを強くお勧めします。

 

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「実践的」な訓練から教訓を学ぼう

話をもう一度台風19号に戻します。

 

台風19号が上陸する約一か月前に台風15号が似たような進路で日本に襲来していました。台風そのものの勢力、大きさが違うため台風19号での被害は15号のそれを圧倒的に上回っていますが、行政や消防、公共交通機関、各民間企業、そしてメディアに至るまで少なくとも人間ができうることは力を尽くして対応策を講じたように思います。これは台風15号という実際の危機的状況を経て、実際に発生しうる事態をシミュレーションできていたからではないでしょうか?

 

実際に台風15号への対応では国や千葉県の初動の遅さ、また各行政機関同士の連携が不十分だった、といった問題点を指摘する声もあがっていたようです。台風15号による甚大な被害とその対応への反省を踏まえ、台風19号への対応にその教訓が生かされて多少なりともスムーズかつ適切に行えていたということであれば、似たような対応を経験することがより深刻なトラブルへの備えとして実践的に機能することをお分かりいただけるはずです。

台風19号に備え、10月11日から関係の大臣が会議を行っていた(首相官邸ウェブサイトよりキャプチャ)  台風15号の時には行われていなかった事前の対応

 

台風15号の場合はいきなり本物の緊急事態に対応しているため、初動の遅れや関係者間の連携不足は現実の被害を伴う結果になってしまいました。もしかしたら、事前の準備が不十分だったことで被害が深刻化してしまった面があるのかもしれません。

 

しかしながら、訓練は本番の緊急事態ではありません。実際にトラブルは何一つ起こっていないのですから、失敗しても被害が深刻化することはあり得ないのです。実際に大きな被害が発生しそうなシーンを想像し、緊張感をもってマニュアルに沿って対応をしてみる。これが「実践的」な訓練の第一歩です。

 

具体的に体を動かして、多くの関係者と連絡を取り合ってみるとマニュアルには書かれていない対応の必要性やマニュアルに書かれている対応が不可能なこと、等様々な気づきがあります。電気が使えない、担当者が出勤できない、海外の事業拠点で携帯電話が不通になった等、マニュアルが前提としている状況が緊急事態発生時には崩れてしまっている場合にはどうするか、なども課題の一つです。

 

単にマニュアルを読むだけでは気づけない教訓がたくさん得られるのが実地訓練のよいところ。訓練ですので、失敗してもよいのです。教訓が得られることが何よりも大切であり、教訓を得てその経験を実際の緊急事態発生時に生かすことが訓練の目的。一度目の訓練で教訓を得て、二度目の訓練ではより上手に緊急事態に対応できるようになれば、本番ではもっとスムーズに対応できるかもしれません。これこそが「実践的」な緊急事態対応訓練を実施する意義と言えるでしょう。

 

次回はより「実践的」な訓練とするための緊急事態対応訓練の組み立て方をご説明したいと思います。

 

この項終わり